第82話

(そっか。夢って、奥さんとデートを楽しむ、だっけ。私もいつか帰るんだし、ただの思い出作り?)


 複雑な心境だったが、断る理由も見つからない。乃亜が指輪を外して渡すと、理央は乃亜の右手を取った。つやつやと輝く指輪を、滑らせるようにしてはめる。再び薬指の付け根に収まった指輪は、今やそこにないと違和感があるほどに馴染んでいた。


(たった数ヶ月で、こんなに好きになってしまうものかな)


 理央をじっと見つめる。背後のキラキラしたネオンに飾られた彼の姿が、信じられないほど魅力的に見えて、なんだか泣きたくなった。


 次は乃亜が指輪をつける番だ。恐る恐る、理央の薬指に指輪を滑らせる。


(理央くんの指、冷たい……)


 もしも叶うならば、握りしめて、熱を分けてやりたかった。


 指輪をはめ終わった瞬間、理央は乃亜の腰をグッと強く引き寄せた。不意打ちで与えられるキス。一瞬唇に触れて、すぐに離れて行った冷たい唇。


「な……なに、急に?」

「誓いのキス」


 薄く微笑みながら、さらっと言ってのける理央。


「…………」


 乃亜はうつむいた。いくらなんでもやりすぎだ。理央が乃亜に対してどんな感情を抱いているかはわからないが、確実に言えることは、理央にとって乃亜は女ではない。これだけロマンチックなシチュエーションで思わせぶりなことをするなんて、残酷だと思った。


「なんでそんなことするの……?」


 押し殺した乃亜の声を聞いた理央は、ハッとしたような気配を見せる。


「ごめん……」


 人々の幸せな笑顔が溢れるツリーの前で、乃亜達の周りだけに気まずい空気が流れていた。

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