第69話

触れて、離れて。また触れて深くなる。口移しで食べ物を与えるためだとか、そういう理由もなく、深いキスをするのは珍しい。口内から頭の中に響く、いやらしい音。優しく触れ合う舌と舌。


「んっ……っ、……ふぁ……」


 体の芯がじんと痺れる。心ごと、全て蕩けそうだ。長いキスが終わると、夜の薄暗闇の中理央と目が合う。彼は小さく微笑んだ。


「おやすみ」

「あ……」


 あっけなく向けられた背中にしゅんとする。先程までは抱きしめてくれていたのに、これでは逆効果だ。落ち込みかけた自分を叱咤する。


(キスはしてくれた。望みはまだある。きっかけがないと、理央くんも今更手を出せないよね)


 翌日、理央が出かけてすぐ、乃亜は一人で気合いを入れた。


「本気の色仕掛け、決行だ!」


 意気込んで部屋を出て、買い物に向かう。いつもは着ないようなセクシーな服を買い、新しい化粧品も揃えた。勝負下着もしっかり買って、帰ってから着替えてメイク。


「この傷跡さえなければ、完璧だったんだけどな」


 鏡を見ながら苦笑する。


(化粧したら、抉れてる分余計目立つんだよね)


 化粧をして肌を綺麗に見せれば見せるほど、隠しきれない大きな傷跡が目立ってしまう。カバーするのは非常に難しい。そんな理由で、乃亜は普段、あまり化粧をしない。


 でも今日ばかりは、そんなことを言っていられない。時間と手間をかけて、傷跡を最大限カバーする。


(時間かかったけど、これなら……!)


 なんとか納得のいく程度には仕上げて、完全な戦闘体制で理央を待っていると、彼はいつもの時間に帰ってきた。

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