第64話

「理央、大丈夫? おかゆは食べれる?」

「……千夏? どうしてここに」

「あなたが心配で来たのよ。以前一緒に論文を書いたでしょう。その時に借りた合鍵、返してなかったもの」

「ああ。わざわざ来なくてよかったのに」

「……迷惑だった?」

「そういうわけじゃないけど……後から食べるよ。ありがとう千夏。とりあえず今日は帰って。休みたいんだ」

「……わかったわ」


 力尽きたように目を閉じる理央に、千夏は渋々引き下がった。彼女に腕を掴まれた乃亜は、引っ張られるようにしてベッドルームを出る。千夏は乃亜をきつく睨みつけた。


「あなた、理央の休息の邪魔をしないでちょうだいよ」

「邪魔なんて、そんな」

「彼、勤務医とクリニックを掛け持ちしてるの。あなたみたいに暇じゃないのよ」

「…………」


 なんとも言い返せず、乃亜は気まずく目を伏せる。千夏はまだ言い足りない様子だ。


「だいたいあなたは理央の何なの。あなたの名前を聞いてまだ一カ月よ。いきなり出て来て理央を奪おうっていうの?」


 詰め寄られ、乃亜は困惑する。と、寝室の扉が開いて、ボーっとした様子の理央が姿を現した。


「! 理央くん!」


 慌てて駆け寄って支える乃亜。理央は具合の悪そうな様子ながら、まっすぐに千夏を見た。


「乃亜ちゃんは俺の奥さんだよ、千夏」

「えっ!?」

「正確には婚約者ってとこかな。乃亜ちゃんも風邪を引いてて、二人で休んでるんだ。彼女を責めないで」

「……そう。突然お邪魔して悪かったわ。理央

、またね」

「うん」


 千夏は部屋を出て行った。怒涛の展開に疲れを感じながら、乃亜は理央とベッドに戻る。と、理央は乃亜に言い聞かせるように、強めの口調で話し出した。


「彼女、同僚医師の神田千夏。急に来られて俺も驚いてるんだけど、ただの友達だからね」

「同僚……友達……」


(でもあの人、絶対理央くんのこと好きだよね……美人でスタイル抜群だし)


 モヤッとする心を持て余す。複雑な心境だった。理央は相手にしていないように見えたが、実際はわからない。


 第一、彼女を差し置いて乃亜が選ばれるなんて、不自然極まりないのだ。乃亜の心を劣等感が埋め尽くす。

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