第62話

(でも、本物の夫婦じゃない。私じゃ、理央くんと本物の夫婦になれない)


 だから理央を選べない。だから、好きになってはいけない。


「なんで泣いてるの? 身体が辛いの?」

「え?」


(あれ? 私、いつの間に泣いて……)


 頬に涙が伝っていたことに、触ってみて気づく。理央は唇を乃亜の頬につけて、涙を拭った。そして乃亜を抱き寄せて、いつものように後ろ髪を撫でる。


「よしよし。寝てれば治るから心配しないで……」


 数分もせず、乃亜の後頭部からぱたりと落ちる手のひら、聞こえてくる寝息。乃亜は恐る恐る体を離し、理央の顔を覗き込んだ。


(理央くん……辛かったのね)


 辛いのは理央の方だったのか、どうやら寝落ちしてしまった様子だ。


「寝顔、見るの初めてかも」


(いつも私より後に寝て、朝は料理のために早起きだし)


 無防備な寝顔にきゅんとしながら、乃亜は理央の胸板に顔を寄せた。


(熱い……どっちの熱なのかわかんない)


 理央が眠っているのをいいことに、乃亜は聞き手のいない文句を口にする。


「可愛い寝顔なんか見せないでよ。勘違いさせないでよ。好きに……なっちゃうじゃない」


 咳を一つしてから、理央にぴったりと寄り添う。彼に想いを抱いても、成就はしない。それでもそばにいるだけで、心が仮初の幸せに満たされた気がした。

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