第58話

「いいよ、私、自分でやるから」

「教えて。書いてある通りにやってあげるから」


 引き下がる様子を見せない理央、結局折れる乃亜。乃亜が開いたスマートフォンのページを見ながら、理央はマッサージを始めた。


 手のひらで太腿全体から内腿を押して、乃亜をうつ伏せに。太腿を両手で包み込んで、三本の指で太ももの裏を押す。


 ひざの裏からお尻の境目まで押した後、乃亜を再び仰向けに戻して、脚の付け根のそけい部を親指でぐっと押す。


「っ!」


 際どい場所に感じる指の感触に、思わずビクッと反応してしまう乃亜。バスタオルと下着だけなのが余計に良くない。


 口に手を当てて、声を押さえながらしばらく繰り返された後、赤い顔で見上げると、理央の瞳も熱を孕んでいるように見えた。


「気持ちよかった?」

「うん……」

「毎日やってあげる」


 頬に落ちるキス。パジャマを着せられ、抱きしめられて、理央の胸に顔を埋めて眠りに入る。どうやらこれは、すでに当たり前のことになってしまったようだ。


 眠りに落ちて、夢を見る。


 それはずっと昔、遠い記憶。寒さも真っ盛りの季節だった。吐く息が白く、ふわりと流れては消えて行く中、怖い顔で乃亜を引き止めてきた、声変わりしたばかりの少年の声。


 他高の制服を着た彼は、太りかけの上事故に遭い憔悴しきった乃亜を見て、苛立ちをあらわにした。


「なんでだよ……。僕はずっと、おまえのこと見返してやろうって……それだけだったのに」


 目の前で顔をしかめている知らない美少年を、乃亜は虚な眼差しで見つめる。


「誰……? 何言ってるの?」

「昔みたいに、自信満々に笑ってみろよ。そしたら、ざまあみろって言ってやったのに……」


 乃亜は力なく首を横に振った。


「もう自信なんかどこにもないよ。昔の私とは違うの。私は……今の私が大嫌い」


 白んだ空から、粉雪がふわふわと舞い落ちてくる。少年はやりきれないと言った様子で言葉を投げてきた。


「そんな顔するなよ。全然らしくないじゃないか」


 見慣れた田舎の風景が、軽やかな白に飾られて幻想的な景色に変わる。少年はぶら下げた手で拳を握り締めると、悔しそうな顔で頬を染め、小さく漏らした。


「僕は……好きだよ、君のこと」

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