第45話

「あの……理央くん、そろそろ離して?」

「君、危なっかしいから駄目。このまま家まで帰るよ」

「え。でも」

「いいでしょ、夫婦なんだから」


 自分を抑えるべきなのに、恋人のようにぴったりくっついた状態で、彼を意識してしまってどうしようもない。


(ただのごっこ遊びなのに……)


 二人で家に帰り、先にシャワーを浴びてベッドに入る。理央は乃亜の後にシャワーを浴びに行った。そして彼はやがてここに、同じベッドに入って来るだろう。そう思うだけでそわそわ落ち着かない。


(何を緊張してるんだろう、私)


 右手の薬指の指輪に触れてみる。ツヤツヤで美しいプラチナ。対になったシンプルなデザインの指輪は、まるで結婚指輪のよう。


 期間限定の夫婦。愛されているという錯覚。それは失恋で傷ついた心を、じわじわと侵食してくる。


(フラれて寂しいから、縋りたくなってる。ただそれだけ……)


 ぼんやり考えていると、理央が部屋に入ってきた。慌てて寝たふりをする。


「乃亜ちゃん? もう寝たの?」


 そう言いながらベッドに入ってきた理央は、当然のように乃亜の背中にくっついてきた。瞬間、驚きで体が強張る。


「っ!!」

「なんだ、寝てないじゃない」

「…………」

「こっち向いてよ。何もしないから」


 お決まりの台詞に、乃亜はまたムッとした。何もしないと宣言する度に乃亜が気を悪くしているなんて、理央は気づいていないのだろう。


 微動だにしない乃亜の肩を、理央がトントンと叩く。

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