第43話

ウェイターが下がり、二人になってからコソコソと理央に尋ねる。


「ねえ理央くん、椅子、引いてもらって座ってよかったんだよね?」

「うん」


 冷や汗ダラダラの乃亜がおかしいのか、理央は少し笑っている。彼が飲み物を注文し、ボトルを持ったソムリエによりワイングラスに注がれる。一連の流れの中、乃亜はいっぱいいっぱいのまま固まっていた。


 そんな乃亜の目の前に、美しい前菜が運ばれてきた。


「な、なにこれ……芸術?」


 花のような食べもので飾られた牡蠣、赤と白の色合いが綺麗なビーツとチーズ、食べられる花や葉野菜で、美しく盛り付けられたサーモンタルタル。相変わらず少し笑っている理央の前で、料理に見惚れてお腹を鳴らしながら、乃亜はハッとする。


「私、ダイエット中……食べていいの?」

「今日は特別ね。明日から本気出してよ?」

「!! うん、もちろん!」

「声が大きいなあ、もう」

「あ、ごめん……」


 しょうがないなと言わんばかりに、あくまで少し笑っている理央だ。


「理央くん、ナイフとフォークは外側から取るんだったよね?」

「そうだよ」

「い、いただきます……!」


 思い切ってパクついた乃亜の瞳が、ライトアップされた木々よりもキラキラと輝く。


(ええー!? なにこれっ!? 美味しすぎて気絶しそう!)


 乃亜が感動していると、ついに理央が吹き出した。


「君ってさ、可愛いよね」


 クスクス笑われながら、乃亜はバツ悪く頬を染める。可愛い、なんて甘い言葉に一瞬騙されかけたが、理央からは女性として見られていないはずなのだ。彼の言う可愛いというのは、動物やキャラクターなどに対して言うそれと同じ意味だろう。


「可愛いって、ブタさんとして?」

「そんなんじゃないよ。奥さんとして可愛いなってさ」

「え……からかわないでよ」

「からかってない。さっきの美味しくてたまらない顔、もう一回やってよ。写真撮るからさ」


 理央がスマホを取り出して構えるので、乃亜は顔の前に両手を広げて顔を隠す。


「やめて、そんなの撮らなくていいってば」

「待ち受けにしたいんだよね。スマホ触るたび、君のあの可愛い顔が見たい」

「なっ、そんなの絶対ダメ!」

「ほらほら、早く食べて。またあの顔になるんでしょ」

「別にならないから……!」


 そう言い張る乃亜だったが、その後スープやメイン、デザートなど、前菜以上のものが次々運ばれて来たので、結局「美味しくてたまらない顔」の写真を何枚も撮られてしまった。乃亜のその顔を見るたび、嬉しそうに笑う理央だった。

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