可愛い奥さん

第39話

複雑な気持ちのまま部屋を出て、理央と共に観光へ。軽く昼食を摂ってから、定番の観光地を二人で歩く。


 そして乃亜のたっての希望で、ヨーロッパの街並みを再現したことで話題になった、テーマパーク型商業施設へ向かう。結婚式もできるので、乃亜はこちらにくる前からチェックしていた。


 施設中心部にある噴水広場は、想像していた以上に幻想的な空間だった。照明を抑えた室内で、天井のイルミネーションが映えている。


 先程までの機嫌の悪さもすっかり忘れ大興奮の乃亜は、思わず満面の笑みで隣の理央に話しかけた。


「ねぇ、すごいね健ちゃん、私感動しちゃっ……」


 言いかけて、ハッと口に手を当てる。お決まりの反応とばかり、表情を消す理央。気まずい雰囲気の中外に出ると、理央は道の隅に寄り、乃亜の両肩に手を置いた。


「乃亜ちゃんさ、俺の名前知ってる?」

「もちろん。ごめんね、つい間違えちゃって……」

「いいけどさ……もう間違えないでよ、仮にも君の旦那さんだよ? ちゃんと呼んでみて」

「……理央くん」

「うん。あと三回ね」

「理央くん、理央くん、理央く……」


 言い切る前に、唇に落ちる軽いキス。


「!」

「お仕置き」


 短くそう言った理央は、拗ねたような顔をして、乃亜の手をぎゅっと握った。乃亜は複雑な気分で、むっつりと黙り込む。


「…………」


(どうせ子豚くらいにしか思われてないんだし。ちょっとキスされたくらいで……)


 そう思うのだが、赤面していく顔を止められない。先程部屋で良い雰囲気になったせいか、どうにも意識してしまうのだ。


 包み込むように乃亜の手を握る、大きな手。隣を歩く綺麗な横顔。失恋で弱った心は、あっけなく落ちていきそうだ。


(私、不毛な片想いをするつもりなの? 理央くんは二度も途中でやめた、それが答え。絶対に報われないのに)


 理央と離れたい気持ちとは裏腹に、乃亜の手は彼の手を強く握り返した。

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