第14話

理央が何を言っているのか理解できず、乃亜は怪訝な顔をするしかなかった。そんな乃亜に、笑顔を崩さない理央が何かを差し出す。


「これ、君のスマホと航空券。君のポケットから落ちてしまって。まずは俺のこと知ってほしいな、乃亜ちゃん」

(え……私、名前言ったっけ? 航空券を見たの?)


 困惑する乃亜にスマホを手渡すと、理央は唐突に身を寄せてきた。乃亜はぎょっとする。


「ほら、固まってないでさ。これで検索してみて。き・さ・ら・ぎ……り・お。そう」


 至近距離でスマートフォンの小さな画面を一緒に覗き込み、指でタップさせられているおかしな状況にたじろぐ。名前を入力すると、パッと画面が変わった。


「わ、こんなにたくさん」


 乃亜は驚きながら画面を凝視する。名前ひとつでヒットした、沢山のページ。誘導に従い、一番上に出てきた如月美容外科のホームページを開く。医師一覧のページを見れば、院長の次に顔写真付きで出て来た。確かに目の前にある顔と同じだ。


(如月理央医師って書いてある。この人本当に、有名な美容外科の跡取りなんだ。29歳……同い年)


「俺の素性は見せた通りだよ。どう?」

「どうって?」

「彼を見返す結婚相手として。実は俺も困ってるんだ。恩師の娘さんと結婚しろって父がうるさくてさ。この子なんだけど」


 理央のスマートフォンの写真を見せられた乃亜は、眉を顰めた。


(スタイル抜群の美女……)


 明らかに乃亜とは格が違う。


「君が代わりに結婚してくれたら助かるよ」

「その娘さんは、性格に問題があったりとか……?」

「いや、いい子だよ」

「…………」


 全く腑に落ちない。若い美女を蹴って、乃亜を望む意味がわからない。顔が良くて長身で、有名なクリニックの跡取り息子。女性にはまず困らないだろう。そんな人が、出会ったばかりでぽっちゃり体型の乃亜に、求婚などするはずがない。


「あの、一応確認しますけど、先生はデブ専ですか?」

「そんなことないよ。こだわりはないけど、強いて言うなら細い方が好きかな」

「…………」


(そっか、からかわれてるんだ。間に受けて恥をかくとこだった!)


 ハッと気づいた乃亜は、一人で納得してからにっこり微笑む。


「最高ですね! 前向きに検討させていただきますっ!」

「本当? 良かった。じゃあ検討してくれてる間に、何としてもイエスと言ってもらわないとね」


 冗談だと笑い飛ばされると思ったのに、理央は嬉しそうだ。乃亜は首を捻った。


「あの、冗談ですよね?」

「まさか、違うよ。本気」


 予想外の返答、ますます混乱を深める乃亜。


(あの娘さんと結婚するなら、私の方がマシってこと? あの娘さんが嫌いなのかな?)


「ところで、乃亜ちゃんはいつ帰るの?」

「彼と同棲する予定だったけど、事情が変わったから、飛行機取って帰るつもりです」

「そうなの? でも、彼はこっちにいるんでしょ? 痩せて会ってから帰る方がいいんじゃない?」

「え? でもお金ないし、居場所が」

「ここに住めばいいよ」

「……ここって、先生の部屋ですか?」

「うん」


 先程からぽかんとしてばかりの乃亜は、まじまじと理央を見つめた。理央は涼しい笑顔で続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る