第9話

鼻をくすぐるいい匂いに、喉がごくりと鳴った。食べたい、と主張するようにお腹がぐうっと鳴り響き、慌てて手で押さえる。美味しそうな料理達の誘惑にあっけなく負けた乃亜は、思い切ってかぶりついた。


(エッグベネディクト最高! パンケーキも美味しい! 久しぶりの甘いものっ!!)


 感動すら覚えて夢中で食べる乃亜を、男性は正面に座って食べながら、満足そうに見守っている。あっという間にペロリと平らげた乃亜は、感嘆のため息を吐いた。


「すっごく、美味しかったです。料理上手なんですね!」

「料理、趣味なんだ。気持ちのいい食べっぷりだったね。ついてるよ、頬に」

「へっ?」

「クリーム」


 彼は手を伸ばして、乃亜の口の横についた生クリームを指先で取った。その指先は彼の口元へと運ばれ、ぺろりと舐められてしまったので、気まずく目を伏せる。


「すみません……ついてました?」

「うん。夢中で食べてくれて、作った甲斐があったよ」

「こんなの作れちゃうなんてすごい。健ちゃんは全然料理できないから、感心しちゃっ……」


 うっかり出したフラれた男の話題に、慌てて口を抑える乃亜。男性はふと表情を消した。


「……自己紹介がまだだったね。俺は如月理央。医者やってる」


(お医者さん……)


「父が開業した『如月美容外科』に勤めてるよ。専門医とるため、大学病院の勤務医も続けてるけど」

「『如月美容外科』って、CMやってるあの?」

「ああ、見たことある? うちの知名度も上がってきたのかな」


 理央はにっこりと笑う。乃亜はその笑顔に釘付けになった。テレビの中でもなかなかお目にかかれない美形だ。


(フラれて弱ってるとこに、タイプの顔はまずいってば。うっかり好きになったら取り返しつかない!)


 乃亜は勢いよく立ち上がる。


「わ、私そろそろ帰ります。お世話になりまし……きゃっ!」


 二日酔いの足がよろめいて、理央に抱きとめられた。平均的な身長の乃亜よりも、随分と背が高い。力強い腕に、乃亜は思わず赤面する。

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