第5話

「ちょっ、なにを」


 乃亜に覆いかぶさるように倒れ込んできた健は、ひどく慌てているようだが、有無を言わさず抱きついた。すりすり頬を寄せて、思う存分くっつく。


 彼が転勤になってから、会うのは実に一年ぶり。花嫁修業に加えて、半年前からはダイエットに必死になり、ろくに電話もできなかった。募る想いを吐き出すように、口から出て行く甘えた声。


「お願い、一緒に……」

「え……」

「来て……あなたが欲しいの」

「……!!」


 いつものように強請っただけなのに、健はなぜか息を呑んだ。


 それから再び意識が浮上した時、乃亜は健とベッドで絡み合っていた。適当で乱暴ないつもの抱き方とは正反対の、優しく丁寧な愛撫。


 甘く切なく、身体中が痺れる感覚。全身に落ちる熱いキス。強い刺激に翻弄されて、自然と高く甘い声が漏れ出た。


(どうしたんだろう。今日の健ちゃん、すごく優しい)


 こんな健は初めてだ。今まで、ふくよかな身体に、健はあまり触れたがらなかった。交際二年目に入り更に太ったことで、求められることもなくなった。冷たい扱いに泣いてばかりだった。


 なのに、今はどうだろう。しばらく離れていたから、彼は優しくなったのかもしれない。大きな愛を感じて、きゅんとする心と身体。上がった息と共に、乃亜は一気に上り詰めた。


「健ちゃん、大好き……」


 幸せいっぱいの乃亜が脱力しながら呟いた瞬間、健はぴたりと動きを止めた。離れていく熱。途中で終わった行為への言い訳のように、触れるだけのキスが唇に落とされる。


 相変わらずの眠気に、深く考える余裕のない乃亜だ。暖かい腕に包まれて、そのまま本格的な眠りに沈んだ。

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