第2話

「健ちゃん、待って……!」


 乃亜の必死の呼びかけも虚しく、健の背中は人混みの中に消えていった。


「3kgしか、って……苦労して痩せたのに。花嫁修行もして、みんなに婚約者と同棲するって……」


 一人取り残され、呆然と立ち尽くす乃亜。空っぽのお腹が、ぐうっと高い音を上げた。まさに、お腹と背中がくっつきそうだ。


(お腹すいた……)


 もう痩せる必要もなくなった乃亜は、とぼとぼと歩き出す。


 駅の近くにある、名の知れた重厚な雰囲気のバー。飛び込むように入ったその店内は、まるで異空間だった。高い天井、漆喰の壁にステンドグラスの窓。絶妙な加減に採光を落としてあり、美しい内装をシックに引き立てている。


 そんな中、ヤケクソの乃亜はお通しのスナック菓子を一気に平らげ、ビールを飲み干した。


「結婚前提で呼び出しといて、その場で捨てるなんて。いくらなんでもひどすぎるよね!?」


 一人呟き、赤い顔に据わった目で頭を抱えては、次から次へと注文したおつまみを貪り、またビールを煽り……飲んで食べて飲んで食べて、好きなだけお腹を満たし、やがて乃亜はすっかり深酔いしていた。


(眠たい……ここのお酒、強いみたい)


 元々酔うと寝てしまうタイプなのもあり、強い眠気に襲われる。気を抜けば眠ってしまいそうだ。店を出ようと、ふらつきながら立ち上がり歩いていたら、不意に何かにつまづいた。


「大丈夫ですか?」


 倒れかけた身体を、咄嗟に支えてくれた男性の声に、乃亜はいつの間にか閉じかけていた目をうっすらと開ける。


(誰……?)


 今まで経験したこともない強烈な眠気の中、男性と目が合った。なかなか見ないほどに整った顔だ。彼はひどく驚いた様子で、乃亜を凝視している。しかし乃亜はそれどころではない。


「もうだめ……」


 そう呟くのと同時に、乃亜は眠り込んだ。

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