第35話 ロックとシーザーの別れ(2)
十字架を背負い、足元まですっぽり包み込む黒いマント姿のギガデスが、相変わらずの仰々しい身振り手振りで挨拶する。
「予想通り、またすぐにお会いできましたね。
そして僕らの決着もつきました。前回ブラウンさんの時には素直に負けを認めましたが、その時からすでにこの展開を思い描いていたんですよ。あなたは全くシーザーさんの気持ちが理解できていないみたいだったので、あなたを
「俺がシーザーの心を理解できていないだと?」
「そうですよ。あなたは何でもかんでもキャラクターが生き残って、無理矢理ハッピーエンドになればよいと考えているようですからね。ですが、その信念はただの傲慢だ」
「それのどこが悪いっていうんだ⁉」
「もう物語は一段落したんだ。もういい加減、駄々をこねるのはやめて、シーザーさんを解放してあげたらいいじゃないですか。
大体ロックさんがどう
ロックさん、あなたは負けたんだ。それ以上はただの我儘でしかないんですよ……!」
そう吐き捨てられたロックは、感情に任せてギガデスの頬をぶん殴った。
吹っ飛ぶように倒れたギガデスは、音を立てて床に激しく叩きつけられる。その際に彼の身体をすっぽりと
それを見たロックたちは、驚愕の表情を浮かべ思わず声を漏らす。
「まさか……お前自身も大罪人だったのか……」
黒いマントから
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
顔から下は全身本と化しており脚すらないギガデスは、背負った十字架の羽で浮かぶように立ち上がると自嘲気味に語った。
「僕もロックさんと同じように、過去に無理矢理『物語改変』を行い、大罪を犯したんですよ」
ギガデスは語りだす。かつて行ったその大罪の内容を――
ギガデスの元にやって来たその依頼人は、あどけない少女だったが、全身に拷問のような傷を受けていた。
彼女はシェイクスピアの「タイタス・アンドロニカス」も驚くような、残虐性に満ちた作品の悲劇の主人公だった。作者と読者の
そして少女は依頼してきたのだ。「もう生きていたくない、私を殺してほしい」と。
「死亡フラグの物語改変」の使い手であるギガデスは、唯一物語の登場人物を殺すことのできるハッピーエンダーだったが、しかし彼には彼女を殺すことができなかった。なぜなら、彼はあまりにもその少女が可哀想だと、感情移入してしまったからだった。
ギガデスは少女を生かすための方法を模索し、他のハッピーエンダーに協力を求めたが、マイナー作品であり、なおかつ大罪に繋がるリスクしかないこの依頼に協力してくれる者は皆無だったのである。
登場人物を殺す能力しか持たないギガデスは、自らに残されたたった一つの方法で、少女を救うことにしたのだった――
「僕は、その物語の少女を救うために、物語に出てくる何十人もの敵たち全てを死亡フラグで殺しまくったんですよ。
もちろんそれは〈物語精霊界〉における大罪で、僕には裁定者の罰が下った。だが僕はその罪から逃げはしなかった――その結果がこの姿ですよ。あなたのようにサロメさんに罪を被ってもらい、自分の罪から逃れ、今ものうのうと生き続けている人とは違うんですよ。
僕は自分の魂が正しいと信じる限り、ずっとこの死亡フラグを使い続ける覚悟がある!」
ギガデスはいつものような張り付いた笑顔を浮かべていたが、その瞳の奥には孤独に戦い続けてきた者だけが持つ、苦悩と葛藤と覚悟の入り混じった激しい感情がくすぶっていた。
もはや、ロックには言い返す言葉も出なかった。
今まで「依頼さえ受ければ誰でも彼でも殺してしまう殺人鬼」だと思っていた男が、実際には逃げずにずっと信念の元に行動していた男だったのだ。
かつて自分の犯した罪から逃げ出したロックは、完全に自分の負けを悟ったのだった――
「だが俺は……俺は……それでもシーザーに生きて欲しかったんだ。こんな最後でいいはずがない……!
それまで静かにハッピーエンダーたちのやり取りを見ていたシーザーが、沈黙を破りロックに感謝を告げた。
「もちろんハッピーエンドになるのが一番よかったのかもしれない。ただそれでもロックさんには感謝しています。僕一人が犠牲になることで、誰一人仲間が欠けることなく生き残ることができたのはロックさんのおかげです。この後の物語はきっとアンたち三人が何とかしてくれると信じています。
だからロックさんも、もうこれ以上自分を責めないでください」
自らが死を迎えようとする最後の最後まで、優しい言葉を掛けるシーザーに、ロックは苦悶の表情で謝罪した。
「すまない……本当にすまない……。俺にはお前さんを救ってやることができなかった……」
そう言われたシーザーはにこやかに微笑み返すと、覚悟を決めてロックに背を向け、出現した光り輝く扉に向かって、死亡フラグの死神と共に去っていく。
その扉の向こうは、本当に物語の最後、シーザーの最期に続いているのだった――
〈物語精霊界〉の図書館に残されたロックは、立っていることさえできず倒れるように膝をつく。瞳の奥に悔しさの涙が
それを見ていた本のサロメが、
「ロック……。でもきっとこのままでは終わらないわ。必ず、あなたの力がまた必要になるときが来るのよ。だからあなたはこれからも戦い続けなくてはいけないのよ――」と。
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