第34話 ロックとシーザーの別れ(1)

 最期を迎えたシーザーは、〈物語精霊界〉の図書館にやってきていた。彼なりの最後のけじめをつけるためだ。物語上ではぼろぼろに傷ついた彼も、この別世界では普通に動くことができるようだった。


 目の前には、いつものように長椅子ソファに座る黒いフロックコート姿のロックと、表紙にマイナス99と描かれた本のサロメがたたずんでいる。しかしロックの顔にはいつものような精悍せいかんさはなく、疲労と苦悩の入り混じった感情をあらわにしていた。


 重い空気が漂う中、ロックの方が先に口を開いた。


「お前さんは初めて会ったときから俺をだましていたんだな……。俺と出会う前から死亡フラグの死神ギガデスと出会っていたんだろう……?」


「なぜ……わかったんですか?」


「お前さんの師匠がシェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』の名台詞を知っていたのは、単に作者が流用してるだけだと思って聞き流していた。しかし気になってもう一度お前さんの物語を読み直しても、そんな台詞はどこにも出てこない。おかしいじゃないか。

 だとすれば、お前さんの師匠はシェイクスピアの名言を初めから知っていて、そのうえ物語に描かれていない中でお前さんに伝えたということになる。

 だとすれば答えは一つだ。お前さんの師匠は自分が物語の登場人物だと認識していたんだ。だから現実世界の知識を得ていた。

 そしてここからは推測だが、その師匠は『死亡フラグの死神』ギガデスに『物語改変』を依頼したことがあるんじゃないのか? だからお前さんもその話を聞いて、ハッピーエンダーのギガデスを知っていたんじゃないのか?」


 そしてよくよく思い返してみれば、旧劇場でのロックとギガデスの再開時も、ギガデスはシーザーに対し「またお会いしましたね」も「初めまして」も何も挨拶していなかった。あの死神が必要以上にシーザーに触れなかったことも、引っかかっていた要因だった。


「流石ロックさんですね。全てその通りです……。

 まずは順を追って、僕の師匠の話から始めましょう。実は作中で明言はされていませんが、師匠はこの物語『カースドヒーロー』の作者の、前作の登場人物です。『皆殺しの鈴木』の異名で呼ばれるようになった原因の作品でもある。

 作者は連載漫画の人気低迷の打開策として禁断のキャラクター殺しに手を出し、やがてその手法から抜け出せなくなってしまったんですよ。そして主人公の男性勇者以外は、師匠である女勇者も含めて全員死ぬ物語展開になるはずでした。

 けれど自らが登場人物であることに気づいた主人公と師匠は、苦渋の決断の末、師匠の代わりに主人公が死ぬよう、ギガデスに依頼したんです」


「まさかそんな裏話があったとはな……」


 ロックは陰鬱な表情で呟いた。シーザーはさらに話を続ける。


「一人生き残った師匠は主人公勇者の子を宿しており、一人の女児を産み育てた。しかし師匠は自分の選択をずっと後悔していました。一生罪をつぐなうつもりだとも。

 生まれた少女が呪いを持っていたことも、師匠は自分に罰が下ったのだと思っていたようです」


 シーザーは師匠についての話を悲し気に語り終えると、最後に告白した。


「そしてハッピーエンダーを知っていた僕は、ロックさんに依頼する前に、『死亡フラグの死神』ギガデスに依頼しました。自分を殺してもらうように――」


「なぜそんなことをしたんだ。最終的にはお前さんの覚悟ある行動によって、勇者一行に死者が出ないように『物語改変』できたはずだ。最後に渡した『物語改変』のページでも、ダークを倒してシーザーは生き残るようにしていたんだ。

 お前さんが死ぬ必要はなかったんじゃないのか?」


 シーザーは全てをあきらめたように告白する。


「理由はいくつかあります。

 確かにこれまでの『物語改変』によって、作者自身も少しは変わったんだと思います。でも作者以外の作品作りに関わる人たちにとってはそうじゃなかった。結局誰かが犠牲にならないといけないとしたら、僕一人が犠牲になるのが、一番誰も傷つかなくてすむ……。

 それに、僕も作者に復讐したくなったんですよ。師匠はずっと苦しんでいた。僕らもずっと物語を盛り上げるためだけに何度も殺されそうになった。

 でも僕らが必死で戦ってるのは物語を盛り上げるためじゃない……。僕らだって生きてるんだ……。

 所詮しょせん僕らは物語を進める駒でしかないと思われているのだとしたら、一度くらいは逆襲したいと思ってしまったんですよ」


 ロックにもその気持ちは痛いほどよくわかった。今まで彼の元に依頼にきた物語の登場人物たちは、作者の筋書きにあらがうように、みな必死に生きようとしてきた。その姿を最も多く見てきたロックには、シーザーのことを責める気にはなれなかった。


「そして、僕は敵とはいえダークを殺すことを躊躇ためらってしまった。自らの手で殺せば殺すほど、僕はどんどん押しつぶされそうになるんです。自分の弱さが嫌になるくらいに――

 物語の登場人物のくせに、おかしいと思いますか?」


「いいや、お前さんのことをそんな風に思ったことは一度もない。お前さんは間違いなく生きているし、なんなら俺はお前さんのことを友人だとさえ思っていたんだ……」


「そう言ってもらえて嬉しいですよ。ただ友人にしては、少しばかり年が離れすぎてる気もしますけどね」


 少し苦笑したシーザーは、話はこれで終わりだと言わんばかりに話を切り上げようとするが、真実を見抜いた本のサロメがさらにうながした。


「理由はそれだけではないのでしょう? ロックや私のためでもあるのではなくて?

 シーザー、あなたは作者の筋書きにあらがいこれ以上の『物語改変』を行い続けたら、私たちが〈物語精霊界〉の禁忌に触れ、再び大罪人として罰せられる可能性があると思ったのではなくて?」


 ロックはその可能性に気づいていなかった。だが、もしこの勇者シーザーが窮地きゅうちおちいったときには、大罪を犯してでも「物語改変」を行ってしまっただろう。ロックは「必死で生きようとする主人公たち」を「たかが物語の登場人物」だと割り切れないことも自覚していた。

 そんな戸惑うロックをいたわるように、シーザーが静かに答えた。


「サロメさんには頭が上がらないですね。だけどそれは理由の一つであって、ロックさんたちが責任を感じることじゃないですよ。全て僕が決めたことなんです」


「なぜだ……。俺は……納得できない。俺はお前さんには、幸せな結末を迎えて欲しかったんだ……」


 握り締めた拳を震わせて、ロックが絞り出すように言葉を口にする。

 すると、唐突にロックたちのいる図書館の広間にどす黒いオーラが渦巻き、黒いオーラを放つ扉が出現した。中から出てきたのは、招かれざる客――「死亡フラグの死神」ギガデスだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る