第24話 死亡フラグの死神(1)

 ブラウンは、落胆するシーザーの肩をつかんで揺さぶる。


「どうしたんだ、シーザー? こいつは俺に襲いかかってきた敵だぞ!?」


 しかしシーザーの代わりにロックが答える。


「シラを切ろうとしても無駄だ。シーザーにも伝えたことがあるが、俺たち〈物語の精霊〉は、『自分のことを物語の登場人物だと自覚した』奴にしか見えないんだよ。現にお前さんには、はっきり俺のことが見えてるわけだ。

 裏切り者を捜し出すために一芝居打たせてもらったったのさ」


 もう騙し通すことはできないと悟ったのだろう。ブラウンは芝居じみた笑い声を上げると、シーザーたちに背を向け、観客のいない劇場に向かって肩をすくめるように声を上げた。


「全てお見通しってわけか……。

 しかしこんなことをしちまっていいのか? 物語の登場人物ではないハッピーエンダーが、物語内に登場して干渉しちまって」


 ブラウンの抱いた当然の疑問に対し、ロックはそれらは全て心配無用だと答える。

 〈物語の精霊〉が登場したり喋ったりしても、それは作者の描く物語には認識すらされず描かれない。さらにはハッピーエンダーと『自覚した登場人物』の会話も、周りの『無自覚な登場人物』には一切聞こえないし、認識されないということだった。


 へぇ、そんなもんなのかと納得したブラウンに向かって、シーザーはいよいよ本題を尋ねる。


「なぜこんなことをしたんだ? 死ぬ必要は無いはずだ。こんなことをする意味がわからない……」


 だがブラウンはその質問に答えず、逆に尋ねた。


「シーザー、お前は俺たちの登場してる作品に人気投票があるのを知っているか? そして自分が何位になってるのか知ってるか?」


「変な話だが、聞いたことはあるよ。もちろん勇者一行のほとんどは読者からも人気があるとのことだ。だがそれがいったい、どう関係あるっていうんだ?」


 気を使ったシーザーの話しっぷりが、余計にブラウンの神経を逆なでする。


「俺は『物語の登場人物』だと自覚した上に、作者の描く巻末おまけ漫画にも登場したからはっきり知っているんだよ。

 お前ら勇者一行は1位から3位を独占だよ。だけど聞いて驚くなよ、俺の順位は38位だ。仲間キャラの一員なのに作者のおまけ漫画に出てきたペットにすら順位で負けてんだよ……。編集者のサイトーさんにも負けてるんだぞ?

 人気投票だけじゃねぇ、万年人気は低位置、むしろ読者からは金にがめつい、すぐ逃げる、ずる賢くてコスい、嫌いなキャラとして叩かれまくりさ。

 俺だってシーザーのように立派に戦いたかったさ。だが元々のキャラクターもあるのか、それとも俺に勇気がないだけなのか、俺にはお前みたいに挑むことができなかったんだ。お前は憧れであり嫉妬の対象であり、お前と一緒にいると自分が矮小わいしょうな人間だって思い知らされるばかりだったんだよ!」


「そんなことは無い、僕たちはブラウンの実力も、本当は常に周りに気を配ってくれている人柄もわかっている。もしそれが物語の中でうまく伝わっていないのなら、それは君の責任じゃない」


「だとしたら、作者先生の責任か?

 大体さあ、普通勇者の仲間なら『ビッケンバーグ』とか、『ショーンベルガー』とか、もうちょっとカッコいい名前になるだろうよ。よりによってブラウンなんてウンコくせぇ名前を適当につけられて、おまけになんで出っ歯の小男に描かれなくちゃならねぇんだよ。作者は俺のことが嫌いなのか?」


 声を荒げるブラウンの指からは、わずかに火傷の煙が上がっている。今のやり取りは単に売り言葉に買い言葉となっているだけなのかもしれない。ブラウンの本心ではないのかもしれない。いや、シーザーがそう思いたいだけで、多分にブラウンの魂の叫びが混ざっているのだろうか。


「それでもまだ『邪魔だ、消えろ』と罵られて嫌われているうちはましだ。いまや空気のように忘れ去られ、そろそろ物語盛り上げるために死んでくれ、死んでも別に困らなくね……と読者や作り手側に思われてるってわかったら、俺は生きてる意味があるのか?

 そんな気持ちが、恵まれたお前たちにわかるのかよ?」


 ブラウンは自分が八つ当たりしているということを充分承知していた。だがその言葉を押しとどめることはできず、次から次へと溜め込んでいたいた鬱憤をぶちまけた。


「読者に忘れ去られたキャラクターほど悲しいものはない。俺みたいな不人気キャラが記憶に残るのは死ぬか、裏切り者になって嫌われるかさ。

 けどなぁ、いくらたかが物語のキャラクターだって自覚しても、お前たちとの楽しかった思い出までフィクションにして、裏切り者にはなりたくなかったさ。それならまだ華々しく死んだ方がましだと、そう思ったのさ。

 それに作者は俺たち勇者一行の物語を盛り上げるため、誰かを殺したがっている。誰か一人の犠牲ですむなら、それなら俺が一番適任だ。それで人々の心に、そしてお前らの心に残ってもらえたらって思ったんだよ」


 指先の火傷は止んでいた。ブラウンはそこでいったん言葉を切ると、静かに悲痛な叫びのように最後の独白をするのだった。


「だから、俺はお前たちに隠れて、ある一人の〈物語の精霊〉を呼び出した。俺を殺してくれるという『ハッピーエンダー』を――」


 そのブラウンの言葉とともに、天井の開けた旧劇場の青空から、ぽつぽつと雨のようなものが降り注いで地面にかつかつと当たり始める。


 それは小さな十字架だった。

 まるでブラウンの独白の悲しみを象徴するように、現実でもこの物語内でもありえない、大量の十字架の雨が降り注ぎ始めたのだ。そしてその天井の先から唄を歌う一人の男がゆっくりと舞い降りてくる。


「ハアアァァァレルヤッ!ハァァレルヤァ!ハレェルゥヤッ!ハレェルゥヤ! キ~ングオブキィングス! アンローズオブロオォ~ドォズ、アンヒーシャルレ~インフォ~エェ~バ~アンエェバ~エエェェエエエェバァ~!」


 それはこの物語の世界の曲ではなかった。

 まるで頭のおかしなヤツが、ミュージカルでも披露するように、観客のいない劇場で大音量で歌い始めたみたいだった。

 天から降って来た奇人は、壇上にふわりと降り立つと自己紹介し始めた。


「久しぶりですねぇ、ロックさん、ミスサロメ。ブラウンさんよりご紹介をたまわりました、『ハッピーエンダー』のギガデスです。さて、今更ではありますが以後お見知りおきを。ちょっと登場シーンを派手に演出し過ぎちゃいましたかねぇ。ははは」


 ギガデスと名乗った男は、まるで十字架にはりつけにされた道化師のような容姿をしていた。

 背中には天使の羽が付いた十字架を背負い、その羽をはためかせて宙に浮いている。足元まで隠れた、てるてる坊主のようにすっぽりと身体全体をおおう黒いマントに、白黒の菱形の格子柄ハーリキンチェックのマフラー。頭に被った頭巾は二股に分かれて垂れている。頭巾から覗くのはおかっぱで丁寧に切り揃えられた黒い前髪。

 そして、口が裂けているのではないかと見まがうほどに、唇の端を吊り上げて不気味に笑っている。張り付いたお面のような笑顔だ。


 ロックが忌々いまいましそうに、シーザーに説明する。


「この男は『死亡フラグの死神』と呼ばれる、ハッピーエンダー界のつまはじき者さ。奴の能力は『死亡フラグデスフラグ』、誰彼構だれかれかまわず死亡フラグをぶち込み、殺しちまう、『物語改変』の殺人鬼だよ」


「随分なわれようですねぇ。思想性の違いですよ」


「思想性の違いだと⁉ キャラクターを平気で殺しちまうお前にどんな思想があるというんだ⁉」


 珍しく憤るロックに対し、ギガデスはくつくつと笑って返答する。


「僕がというより、世の中がですが――多くの作品は、物語を盛り上げるためなら、キャラクターの死もいとわないものなんですよ。むしろキャラクターが死亡して傑作となった作品なんて山ほどあるでしょう?

 いや、むしろ粗雑な脚本のクソな物語を盛り上げるために、意味もなく脇役キャラクターが殺される――いいことじゃないですか」


「良いわけが無いだろうが。たとえ物語といえど、その登場人物は現実と同じように戦っているんだよ」


 激高するロックは、シーザーとブラウンを見やりながら反論するのだが、ギガデスは意に介した様子もなく語り続ける。


「しかし観客はそうじゃありませんよ。観客はそれだけやっすい『感動』を求めてる。あくせく働く辛い現実から逃避して、手頃な物語の手頃なキャラクター死亡で『感動』してスッキリしてる。現実世界では全く戦わず誰も助けず惰性で生きてる観客が、物語の中で必死で戦うキャラクターを見て『感動』する。

 むしろキャラクターの死亡は、物語の中だけでしか泣けない人々を救ってるわけですよ。安っぽい感動、最高じゃないですか~! みんなカップラーメンみたいに手軽に喰えるインスタントな感動を欲しがってるんですよ。僕は観客のその欲望の手伝いをしているだけなんですよ」


「俺はお前のその思想って奴を許すわけにはいかない。真っ向から否定してやる。必死で生きようとしている登場人物を、感動のために気軽に殺していいわけが無い!」


 死亡フラグの死神は「ダメな物語を盛り上げるために安易にキャラクターを死亡させることを良しとする」信念の持ち主だった。決して相容あいいれない信念を持つロックとギガデス。

 しかし今回ばかりはロックの分が悪かった。何しろ作者は『皆殺しの鈴木』と呼ばれる、悪名高いキャラクター殺しの常習犯なのだから。

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