第23話 暗殺者(2)

 「聖牧杖セントバルクス大聖堂街」へ着いたシーザーたちは、この街の領主であり大司教でもある、元英雄のバーンの元に通された。


 バーンは大司教に似合わぬ大柄屈強な体格で、豪放磊落ごうほうらいらく、若い頃からバキバキの武闘派で知られた英雄だ。老いたとはいえその益荒男ますらおぶりは顕在で、一行を見渡しジャンヌがこの中で最強と見るや、


「堅苦しい話は抜きだ。用意してあるので早速試合といこうじゃないか! なあに、ごちゃごちゃ話すより、拳で語らう方がわかるってものだ! ガハハ」


 と、試合を挑んできた。一方のジャンヌも馬鹿正直にそれに乗ってしまう。


「お受けいたします。しかし本気の試合となれば、私も手加減はできない性分しょうぶん。武勇で知られた猊下げいかの名を傷つけることになってしまうやもしれませんが、よろしいですか?」


「言いよる。親父さんそっくりだな。かつてお前の親父とは、何度も戦い合った仲よ。憎らしいことに勝数は互角で終わってしまってな。ジャンヌ、娘のお前の力がどこまでのものか試させてもらおうか」


 出会って数分で戦いが決定するというとんでもない展開に、アンとブラウンは驚愕しっぱなしであったが、シーザーはなんとなく事情を承知していた。

 バーンは「鋼の英雄」と呼ばれ、その「祝福と呪い」は「鋼鉄化」と「鋼鉄化による『体力消耗と怪我』」である。ジャンヌに自らの力を引き継がせるために、時間を惜しんで訓練をつけようとしているのだろうと思われたからだ。


 結局勇者一行はそれぞれ別行動をとることとなった。アンは試合をするジャンヌの付き添いと治癒係に、シーザーは皆に事情を説明しなかったが裏切り者の対策調査のために閉鎖中の劇場へ、一方のブラウンは街の調査のため、それぞれ夜まで別れて行動することとなったのだった。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 ブラウンは盗賊の職業病からか、初めて来た場所は虱潰しらみつぶしに調査し、全ての道と危険地域などを記憶するのが習性となっていた。逃走経路の確保や、有利な地形での戦いなど、その習性によって救われたことは一度や二度ではない。

 地道で目立たない仕事ではあるが、ブラウンはそれこそ自分の役割だと考えていた。


 だが、今回そんな仕事の最中に、不審な追跡者がいることに気づく。振り向いて確認したわけではない。そんなことをすれば追跡者にばれてしまうからだ。あくまで気づいていない風を装いつつ、追跡者の正体を探らなければいけない。

 人通りの多い大通りを移動している最中であるとはいえ、ブラウンは雑踏の中でも追跡者の違和感を察知し、物音をかぎ分けることができた。


「ど素人かよ。下手くそな追跡者だな」


 足音も追跡もばればれのため最初はそう思ったのだが、すぐに考えを改めなければいけなかった。その追跡者がただの素人ではなく、異常な能力を持った素人だということに気づく。

 人ごみにまぎれ自然な形で追跡者を巻こうとしたのに、一向に追跡者が巻かれることは無かった。それどころか、ブラウンの盗賊としての技量をもってしても全く追跡を切ることができないのだ。相手は盗賊としては素人でも、特殊な能力を持った者としか考えられない。


 こうなったら、追跡者にばれる危険を侵しても、人通りの少ない場所に誘い込み直接相手を確認するしかない。

 ブラウンは裏道の迷路のように入り組んだ小道に入り込み、小道の曲がり際に、道の左右に渡されたアーチの横柱の上にくるりと飛び乗ると、追跡者が真下を通るのを待った。


 そしてついに追跡者の姿を確認する。急にブラウンの姿が消え失せたことに慌てているようだ。黒いフード付きのマントを被っているため顔まではわからないが、長身の体格から男性だと思われた。だが「真上よ!」と発せられた声は女性のものだった。


 絶対に見られていないのに、簡単に居場所がばれた。殺さないまでも、痛い目を見てもらわなければなるまいと、ブラウンは抜刀するとアーチから飛び降り追跡者に一気に襲い掛かる。

 白刃を閃かせ瞬く間に手首と足の腱を切り裂いた……はずだった。しかしその攻撃はまるで手応えがなく、まるでかすみに向かって剣を振っているような感覚だ。明らかに生身の人間ではない。


「てめぇ、何者だ!?」


 だが黒い追跡者は答えず、ただフードの奥でくつくつと笑い始める。唐突に狭い裏路地の壁に手をつくと、するりと水面に入るかのように壁の中へ消えてしまう。

 まさか、こんな力まで持っているとは――裏路地に誘い込んだと思っていたのに、逆に誘いこまれていたのはブラウンの方だったのだ。三方を壁に囲まれたこの状況では、全く逃げ場はない。

 流れ出る汗をぬぐうことさえできず、ブラウンは見えない攻撃に備えて全神経を集中する。


 壁から無数の白刃が飛び出すとともに、再び追跡者が現れる。ブラウンは切り札である炎の渦をてのひらから噴き出し、追跡者を燃やそうとするが、それも一切効果はなかった。業火に包まれているのに、まるで涼し気な風でも吹いているかの如くたたずんでいる。


 もはやかなう相手ではないと悟ったブラウンは、人間業とは思えぬ素早さで壁を蹴り上げ駆け登ると、建物の屋根を伝い競走馬のような勢いで逃げ出した。どんな攻撃さえ効かない敵に対して、どのような戦い方があるのかブラウンには全く思いつかなかったが、ひとまずシーザーたちと合流し、そのうえで戦うしか勝機はない。


 理由はわからないもののシーザーが閉鎖中の旧劇場に行くと言っていたのを思い出し、とにかく全速力で屋根と道とを飛ぶように駆け劇場を目指した。

 ようやく劇場に辿り着き、扉を開けて転がり込むように劇場内に入る。そこは一部の席と壇上にしか天井の無い、中央から青空の見える形の劇場だった。その劇場の階段を下った壇上に、シーザーが一人たたずんでいるのを見つけた。

 ブラウンは、ぜいぜいと息が上がり、からからの喉を振り絞り叫んだ。


「話は後だ、やべぇ追跡者に追われている。剣も炎も効かない、攻撃を全く受け付けない無敵の追跡者――」


 しかしその言葉を言い終わる前に、まるで瞬間移動したかのように、黒いフードを被った追跡者がシーザーの真後ろに現れたのだ。


「シーザー、奴は後ろだ! 逃げるんだ!」


 少しでもシーザーを守るため、階段を飛ぶようにすっ飛ばし一気に壇上に駆け登ったブラウンは、剣を構えて、シーザーの真横に立った。


 けれどシーザーは全く慌てることなく、むしろこのような状況なのに冷静なままだった。いつもは涼やかな表情を浮かべているはずのその顔も今は暗い双眸そうぼうと悲痛な面持ちで、そこから絞るように言葉を吐き出した。


「ブラウン、君だったのか……」


 その言葉とともに、黒いフードの追跡者が被っていたフードを投げ捨てると、そこから現れたのはハッピーエンダーのロックと本のサロメだったのだ。


「まさかブラウンを殺そうとしている裏切者が、本人自身だったとはな」

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