第20話 魔竜と聖剣(3) 物語改変

 竜退治は過酷を極めていた。

 聖剣を抜いたものの拒絶されたシーザーは、女騎士ジャンヌに聖剣を手渡し、なぜか竜に「祝福」を与えるよう指示する。


 一方の盗賊魔術師ブラウンは、逃げ遅れた少女を救おうとして、彼女の持つ「呪い」によって身体が全く動かない状態となっていた。


 ブラウンは覚悟する。再度竜の炎の息ドラゴンブレスに攻撃されれば、炎を操るブラウンと言えど、少女ともども消し炭状態となってしまうだろう。

 だが、せめてこの妹に似た幼い少女だけでも救おう、「反人間カースド」とさげすまれ誰からも愛されず生きてきたであろう少女を、せめて俺だけでも守ってやろうと誓うのだった。


 そして今まさに、竜は再び炎の息ドラゴンブレスを吐き出そうとしていたのである。竜は深く息を吸い込み大きくあぎとを開くと、喉奥で炎の渦を作り出していた。あと数十秒の内に、再び辺り一面業火で焼き尽くされるだろう。

 そんな中、勇者シーザーが、ブラウンたちに向かって全力疾走してくるのがわかった。青いマントをひらめかし、低い姿勢で直走ひたはしる。


「馬鹿野郎! シーザー、こっちに来るんじゃねぇ。お前まで巻き込まれて死んじまうぞ!」


「巻き込まれるのは覚悟の上さ。だが誰も死なせない。全員救う!」


 シーザーはロックから譲り受けた二枚目のページを取り出し、「どんでん返しリバーサル」の「物語改変」能力を使う。

 ロックの想定通りの展開となっていた。とはいえあのロックの物語展開の先読み、洞察力は尋常じゃないと舌を巻くのだった。


 ブラウンの元に辿り着いたシーザーは、竜の火炎の息から二人を防ごうとする形で、竜の前に立ちはだかった。

 その瞬間、竜の咆哮とともに大きく口が開かれ、渦巻く炎が噴き出された。燃え盛る灼熱の炎が一瞬で辺り一面を赤く染め上げる。以前戦った獄炎姫と比べ物にならない火力――いくらシーザーと言えども、この炎ではひとたまりもないはずだった。


 だが灼熱の炎の息が止んでも、シーザーはひとかけらの火傷すら負うことなく、無傷のままだったのだ。


「な、なぜ? どうやったんだ?」


「どうやらジャンヌの攻撃が間に合ったようだね。僕はどんな『祝福や呪い』も受け付けない力を持っている。だから祝福を与える聖剣をジャンヌに使ってもらって、竜に無理矢理「祝福」を与えてもらったのさ。今や竜の攻撃はすべて「祝福」が付与されたもの。

 竜の吐く炎は、もはや僕にとってはただの水浴びと変わらない」


「まさかそんな解決方法があったとは……」


 驚いているブラウンに対し、さらにシーザーは語る。


「この程度で驚いてもらっちゃ困る。ここから君が動けなくなっている原因、少女の『呪い』も解いて、全員で一気に竜退治をするつもりだからね」


「馬鹿な、どうやるってんだよ⁉」


 ブラウンの疑問に答える前に、シーザーは膝をついて幼い少女に向かい合うと優しく声を掛ける。


「怖い想いをさせてしまってすまない。君の『呪い』を一瞬だけ解除したいんだ。ただそのためには今から君をほんの少しだけ剣で傷つけなくちゃいけない……。申し訳ないけれど、それにほんの少しだけ我慢してもらえないだろうか」


「ご……ごめんなさい、ごめんなさい。わたし『呪い』を止めることができないの。でも、わ……わたしも、がんばりたい……誰かの役に立ちたい」


 少女はそう言うと、シーザーの服の裾を強くつかみながらうなずいた。

 シーザーはその言葉を聞くと、「獄炎姫」インゲボルグが使用していた例の魔剣「祝福殺し」を取り出す。この魔剣は一時的に相手の「祝福や呪い」を奪う力を持っていた。

 シーザーはなるべく少女を傷つけないよう細心の注意を払いながら、魔剣の刃を少しだけ少女の二の腕に押し当て引くと、一筋の赤い傷ができあがる。シーザーは精神を集中し、魔剣の魔力を流し込むと、瞬く間に少女の「呪い」を解除してしまうのだった。


 「よく頑張った。えらいぞ」シーザーはそう言って、少女の頭を撫でる。一方のブラウンは「う、動く、動けるようになったぞ⁉」と解呪されたことを喜んだ。


「この子は『呪い』の効かない僕が安全な場所まで避難させる。ブラウンは一足先に竜との戦いに参加して、ジャンヌたちを援護フォローしてあげてくれ」


 そういうが早いか、シーザーは少女を抱きかかえ炎の渦でこちらに近づけなかった騎士隊のいる後方へ走り出していた。逆にブラウンの方も「ああ、任せた」と言って、安心して竜に向かって走り出すのだった。


 残りの竜退治は、もはや難しい戦いではなくなっていた。ロックの「物語改変」によって、ここまで戦術が整ってしまっていることもあり、また「祝福」の効かないシーザーの活躍によって、数刻後には無事竜は倒されたのであった。


 竜を退治した勇者一行に、見守っていた人々は感謝と喝采を送った。ただシーザーにとって、その人々の声はありがたいものではあるものの、重要ではなかったようだ。

 シーザーたちは、戦いが終わってから真っ先に「呪い」を持つ幼い少女の元へ訪れた。


 少女の名はココと言い、両親はおらず孤児を預かる修道院のようなところに住んでいるということだった。

 この少女は「獄炎姫」と同じように、その「呪い」の力で、生まれてからずっと誰からも触れ合えずに生きてきたのだろう。元々「呪い」の力を受け付けないシーザーはもちろんだが、先ほどの一時的な解呪によって、今ではブラウンやアンたちも少女に触れることができるようになっていた。


 シーザーは膝をついた姿勢で少女ココと目線を合わすと、「さっきは偉かったね。君の助けのおかげで、僕たちは竜を倒すことができたんだ」そう言って彼女を抱きかかえる。

 ココは人と触れ合っても大丈夫なことに驚きつつ、今度はブラウンにも抱きつき、「助けてくれてありがとう」とお礼を言うのだった。赤面するブラウンは相変わらず嘘を付いたときに出る指の火傷をぶすぶすとくゆらせながら、「べ、別に助けたくて助けたわけじゃねーし。たまたま俺の妹と似た歳だったんで気になっただけさ」とうそぶいた。


 今のシーザーたちには、少女の「呪い」を永久に解除することはできない。だがアンの見立てでは、


「彼女は極度な不安状態に陥ったときに、『呪い』を発動しちゃうみたいね。『呪い』を上手く抑制コントロールできるようになれば、誰彼構だれかれかまわず動きを止めてしまうことは無くなるかも。私が少し教えてあげれば、多分できるようになるわよ。こう見えて、『呪い』の抑制コントロールにかけては天才なのよ」


 と言って、彼女の「呪い」である骸骨化を隠している仮面を軽く叩いた。


 竜との戦いでは奇跡的にわずかな怪我人を出しただけで、死者はいなかった。

 シーザーたちの活躍のおかげだけでなく、老領主チェスターのまるで攻撃される場所が予知できていたかのような手際の良さと、練度の高い騎士隊によるところが大きかった。

 さらにこんな大事件があったというのに、祭りはまなかった。それどころか、逆に勇者一行の聖剣引き抜きと竜退治の知らせが瞬く間に港町全体に広まり、むしろ祭りはよりヒートアップしていたのだった。


 そんなわけで、老領主が自ら引き受けてくれたこともあり、竜退治の後始末は街の衛兵たちに任せて、シーザーたちは引き続き少女ココと一緒に祭りを楽しむことにした。


 何を察したのかはわからないが、幼い少女は両手をそれぞれアンとシーザーに手を繋いでもらい、まるで子連れの親子のように歩き回って祭を楽しんだ。


「ココ、パパもママもいないから、まるで二人同時にパパママできたみたいで嬉しい!」


「ねえ、聞いた、シーザー? 困っちゃうわぁ、本当に困っちゃう……。まだ結婚すらしてないのに、いきなりママだなんて。子供はほんと、もう、素直ですっごい可愛いわね。私も子供好きになっちゃったわ」と、アンは全然困ってなさげにチラチラと視線を送り、逆にシーザーを困惑させるのだった。


 とはいえアンは意外に子供と接するのは得意のようだった。

 アンの教え方レクチャーによりココがある程度「呪い」を制御できるようになる頃には、すっかり暗くなっていた。最後は少女を送り届け、「いつか必ず呪いを解ける方法を探して戻るよ」と言って別れを告げたのだった。


「全ての人を救えるわけではないけど、僕はせめて、自分が関わった人たちの願いくらいは背負って生きていきたい。自分さえ良ければいい、所詮しょせん偽善者なのさ」


 と、シーザーはいつものようにらすのだった。だが、仲間たちは誰もそんな風には思っていない。寡黙なジャンヌが珍しく口を開く。


「シーザーはいつも背負い過ぎだ。私たちにも荷物を任せて少しは背負わせろ」


「ははは、流石に女性には重い荷物は背負わせられないよ」


「……私を女扱いするのはお前くらいのものだ。まあ、自分を偽善者だというのなら、そんな偽善者なら幾らでも多い方がよい。私たちも混ぜろ」


「そういうことならお願いしようかな」と、シーザーは苦笑する。ただし、「ジャンヌを女性扱いしているのは僕だけじゃないと思うけどね」と最後の言葉だけは小声で独り言を呟くのだった。

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