第21話 死の予言と裏切者

 勇者シーザーには扱えないものの、無事聖剣も取得し、竜との戦いの傷も癒えたため、翌日には港町『封竜門ドラゴン・ロック』を旅立つことにした。その出発の日にシーザーとアンだけが、老領主の部屋に呼び出された。


「お前さんたちには、人魚救出、竜退治、さらには呪いを持つ少女まで救ってもらって、三つも借りを作ってしまったな。わしからもせめて一つくらいは借りを返しておかないと、と思ってな」


 そう言うと老領主は羽織を脱ぎ自らの上半身をさらけ出した。そこには左胸から肩、左腕に掛けてどす黒く変色し毒に侵された呪いの肌があった。


「わしの『祝福』は予知夢、『呪い』はその予知夢を人に話せば、猛毒に侵され自らの命を削るというものじゃ。未来が見えるのに自分で変えることなどほぼできない……苦しみしかない能力じゃよ。

 わしにはかつて妻と娘がいてな。そのとき二人の運命を変えようとしてできたのがこの傷痕じゃよ。だが結局、そうまでしても運命は変えられなかった――」


 老領主の言葉からは、まるで昨日起こった出来事のように、未だに深い悔恨の念が感じられた。

 とはいえ老領主が予知能力の持ち主というのは、合点がいった。シーザーには聖剣が抜けないと確信していたこと、竜退治の際の手際の良さ、これらはいくら老領主が元英雄といえど、経験則だけで導き出せる次元ではなかったからだ。


「ところで、お前さんの師匠はかつてこの国の危機を救った女勇者グラディスじゃろう」


「ご存知なんですか? 僕の師匠を」


「知ってるもなにも、一緒に戦ったこともある。ただし、わしはかつてその勇者一行の未来を見ることができたが、呪いの恐怖から伝えることができなかった。ずっと後悔していたんじゃ」


「そうですか……。師匠は自身の娘さんと共に僕も育ててくれてました。師匠だけが生き残ったその戦いも、大変苛酷だったと聴いています。仕方ないことだったんだと思います……」


 話の流れとは異なるが、唐突に出てきたシーザーの幼なじみの少女について、アンは「そんな設定聞いてないわよ!? 追求の必要ありだわさ!」と小声でぶつくさ呟いていた。

 老領主が続ける。


「今回お前さんには、聖剣は抜けないと予知していたのだが、その予知はよい意味で裏切られた。お前さんにはわしの想像の及ばぬ、特殊な運命の力が働いているようじゃ。

 だからわしもお前さん方に賭けたくなったんじゃ。どうか今から話す運命をくつがえしてくれ。老人からの依頼じゃよ」


「いえ、その予言を聴くわけにはいきません。聴けばチェスターさんの命を削ってしまうことになる……」


「いいんじゃ。どうせ老い先短い命じゃ。真の勇者のために使えるならこんなほまれなことはない」


 老領主チェスターが伝えてくれた予言は二つ。

 一つはブラウンの死。そしてもう一つはシーザーの死だった。


「ブラウンは光の見えない暗闇の中で亡くなる。一方のお前さんは光り輝く十字架の元で亡くなる。それがわしの見た予言だ」


 そう言うが早いか、老領主の肌が恐ろしい勢いで黒ずんだ猛毒に侵されていく。上半身はほとんど毒でおおいつくされ顔の半分まで浸食が進み、彼は喀血かっけつしながら膝を屈して杖にもたれ掛かった。何とか踏みとどまると、シーザーの手を握り締める。


「老人の願いを背負わせてしまってすまん。だが、お前さんには運命を変えて、生き残ってほしいんじゃ。わしはお前さんを気に入ったんじゃよ。それとお前さんは何でも背負しょい込みすぎなんでな、アン王女殿下にも一緒に聴いてもらいたかったんじゃ」


「わかりました。しかと受け止めました」


 シーザーは倒れ掛かる老領主を支えつつ、彼の願いを聞き届けてうなずくのだった。その後、命を取り留めた老領主を寝かしつけると、シーザーたちは決意を胸に旅立つのだった。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


「さて、答え合わせと行こうじゃないか」


 シーザーは再び〈物語精霊界〉の図書館に呼び出されていた。シーザーは物語の中で死の予言をされたのに、ロックはそんなことには全く興味はないようだった。

 いつもと変わらず、ロックは本のサロメを抱えながらソファにもたれ掛かって、シーザーの答えを待っている。仕方なくシーザーは話し始めた。


「人魚救出のために『液体化の魔法』を覚えたように見せかけて、実際は聖剣を抜くために『物語改変』を行った。さらに竜討伐とブラウンと呪いの少女の救出。全て読み切っていたというわけですよね。流石ハッピーエンダーと言わざるを得ません」


「作者という敵を騙すにはまず味方から、と言うわけだ。褒めたってなにも出ないがな。

 だが俺が気にしているのはそこじゃない。シーザー、お前さんの物語には初めから嫌な予感があった。だから今回のエピソードを差し挟むことで試させてもらっていたんだ。

 今回の竜退治では明らかにおかしな展開が二点あった」


 ロックは姿勢を変えシーザーに向き合うと、鋭い眼光で語り始めた。


「一つは必然性のない聖剣の取得だ。

 『チェーホフの銃』という作劇手法がある。『物語に登場する物には全て必然性がある』べきだという話だ。それに当てはめると、『物語改変』の力を使ったとはいえ、聖剣を取得したのに、勇者に使えない展開に無理矢理されたことは相当におかしいはずなんだ」


「『物語改変』をされて聖剣が抜けてしまったから、本来の展開に戻そうとしたってことなんじゃないでしょうか。抜けたけど使えない、そうすれば少なくとも辻褄は合いますよ」


「確かに作者本人で竜退治の方法が思いついていたのなら、それもあり得なくはない。だが『物語改変』の力を借りなければ、竜討伐はもっと深刻な酷い展開になっていたんじゃないか? それは実際に竜と戦ったお前さんの方がわかるんじゃないかね」


 シーザーは思案するが、ロックの推測以上の答えは出せそうになかった。さらにロックは続ける。


「それより気にしているのは、二つ目のおかしな点だ。

 俺が『どんでん返しリバーサル』の能力を使っていなければ、ブラウンってヤツは間違いなく竜退治で死んでいた」


「全滅エンドに向かって、ここで一人キャラクターを殺そうとしたのは作者の意図じゃないんですか?」


「いや、この竜討伐自体、俺が改変して突っ込んだエピソードだ。元々聖剣は抜けないし、竜と戦うことも想定外の展開なんだ。

 そんな適当なところで咄嗟に大事なキャラクターを殺そうとする作者がいると思うか? 本来ならあり得ないはずなんだ。

 さらにおかしいところがある」


 ロックはサロメに語り掛けて、調査作業を依頼する。


「サロメ、調べてくれ、ブラウンの妹に関する記述だ」


「ブラウンに妹がいるって設定は初出ね」


 調査後にサロメはそう回答し、さらに自身の見解を述べる。


「今回ブラウンを死亡させる物語展開のために、後付け設定として妹の話を差し込まれた可能性が高い……というわけかしら」


 シーザーやブラウンにとっては、それらは全て現実で、実際に起こった事件であり過去の記憶なのだが、〈物語精霊界〉や作者、読者からみれば、それは一つの作品の設定にしかならない。なんとも不思議な感覚ではあるのだが。

 ただ、シーザーにもロックたちが何を言いたいのか徐々にわかり始めていた。


「だとするなら、作者が望んだ展開とは違うってことですか? じゃあどうしてキャラクターが……ブラウンが死にかけてるんですか?」


 ロックは大きく息を吐き出すと、声に力を込めて告げるのだった。


「この物語の中に、裏切り者がいるってことだ……」

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