第19話 魔竜と聖剣(2) 魔竜との戦い

 港町「封竜門ドラゴン・ロック」で、シーザーは魔竜を封印した聖剣を抜こうとしたが、聖剣から拒絶されるのだった。


 しかしシーザーは抜けない聖剣を強引に引き抜く、たった一つのとても簡単な方法を知っていた。彼は苦々しく笑うと、そのたった一つの呪文を唱える。

 それはあの人魚救出のために覚えた「液体化――固体を液体に変える魔法」だったのである。


 聖剣が突き刺さる竜の額に対し、刃の触れ合う竜の石像個所をバターでも溶かすように徐々に液体化させるのだった。一度に液体化できる量や、液体に変えられる物体には制限があったが、石像化した竜はもはや生物ではなく完全な固体でしかない。

 突き刺さっている箇所がすっかり液体に変わるころには、剣はぐらぐらになり、ついには簡単にすっぽりと竜の額から抜け落ちてしまうのだった。


 なんとも情けない方法だが、シーザーは魔剣を抜くことに成功したのだ。抜いた聖剣を高々と頭上に掲げると、大会参加者と観客から大歓声が沸き上がる。おまけにブラウンも賭けに勝って大儲けできたようで歓喜の声を上げていた。


 しかし聖剣が抜き放たれたのとともに、石像の竜から地響きのようなひび割れ音が響き渡る。竜の石の体に亀裂が走り、それが徐々に広がっていく。

 竜の眼に燃え盛るような炎の色が戻ると、身体全体に再び生命が宿り始める。永い眠りから覚めた竜は巨大な咆哮を上げると、ついには完全に復活したのだった。


 初めは何が起こったのかわからず立ち尽くしていた観客たちだったが、竜が復活して動き出したことに気づく。恐怖に襲われた彼らは、「逃げろぉ!」という悲鳴とともに、我先に波止場から逃げ出そうとする。


 勇者シーザーは手にした聖剣を振りかぶると、雄叫びを上げて竜の眉間に一気に振り下ろした。しかし聖剣の力は全くシーザーに呼応することなく、むしろいかずちのようにばちばちと弾けて、シーザーの手を焦がして拒絶するだけだった。

 結局聖剣は強引に抜けたものの、シーザーには全く使いこなせないものだったのだ。


「これじゃあまるで骨折り損だ……」と独りちたが、落ち込んでいる暇などない。


「竜は僕たちが必ず倒します。警備の皆さん、まずは人々の非難を優先してください」


 実はシーザーは事前に老領主に相談していた。万一聖剣を抜いた場合、竜が復活する危険があり、その際の防衛対策を依頼していた。

 その警備のために元英雄の老領主チェスター自身と、いつもの港町の衛兵の他に追加で主力騎士団も揃えてくれていたのである。

 日頃から相当訓練されているのだろう、兵は的確に人々を避難させると連隊による大盾で人垣による防御壁を作り出していた。


 シーザー自身には竜退治の方法は思いつかなかったが、ここから先はロックの「物語改変」の力を借りるしかない。シーザーはロックから渡された封のされた光り輝くページを胸元から取り出すと、その封印をがして、「どんでん返しリバーサル」の能力を発現させる。


 シーザーは、起き上がろうとする竜の首から飛び降りると同時に、手にした聖剣を女騎士ジャンヌに投げ渡す。


「すまない、僕は聖剣から拒絶されたみたいだ。だがジャンヌ、君なら使いこなせるはずだ。

 この聖剣は相手に『祝福』の力を与えたり、『祝福』の力を増幅したりすることができる。これで竜に『祝福』を与えてほしいんだ」


「竜を倒すのに、なぜ『祝福』を与える必要があるんだ? 逆に竜を強化することになってしまうんじゃないのか?」


「すまない、今詳しく説明している暇はない。僕を信じてくれ。アンはジャンヌのフォローを頼む」


「了解した!」「わかったわよ!」


 ジャンヌが抱いた疑問は当然のものだが、今はシーザーを信じるしかない。そしていったん覚悟が決まれば、決して揺るがないのがジャンヌの信念である。

 彼女はシーザーから投げられ地面に突き刺さった聖剣を手にすると、竜に向かって駆け出していく。

 聖剣からは、まるでジャンヌを見定めようとするような識別の魔力が流れてくるのがわかった。不思議と不快感はなかったが、ただ聖剣から「お前を勇者と認めるのは早すぎるが、ほんの少しだけ力を貸してやらんでもない」と語られている気がした。

 ジャンヌはシーザーに伝える。


「多分一時的には使うことはできそうだ!」


「それは良かった。よろしく頼むよ」


 一方、盗賊魔術師のブラウンは、逃げまどう人の波に揉まれて竜退治に参戦するのが遅れていた。自分もすぐさま駆け付け、戦いに参加するつもりで走るが、その途中で逃げ遅れた幼い少女を見つける。

 ぼろぼろのつぎはぎだらけの服を着たその少女は、足をくじいてしまい完全に倒れ込んでいた。なおかつ目前まで迫っている竜に対して、恐怖で悲鳴を上げることもできないほど、完全に固まってしまっていたのだ。

 自分が助けなくても、放っておいても避難活動している騎士隊が助けてくれるはずだ――と一瞬脳裏をよぎるのだが、突如竜の吐き出した獄炎の息が辺り一面に吹きかかる。ブラウンや少女に直接炎の息がかかりはしなかったが、辺りの建物に炎が飛び火して火事が広がっていく。


「くそっ、俺はシーザーと違って少女を守るようなタイプじゃねえんだよ!」


 そう憎まれ口を叩きつつ、炎を操る能力で彼は自分と少女の周りの炎を鎮火させると、少女のそばに駆け付けた。

 だが、少女を抱えて安全な場所まで運ぼうとしたところで初めてブラウンは気づく。自分の足が一歩も動かなくなっていることに、それどころか指一本動かせなくなっていることに。

 そう、彼女は救助が遅れていたのではない。誰も救助することができなかったから、見殺しにされようとしていたのだ。


「まさか、この少女、『反人間カースド』か……⁉」


 ぼろぼろの服を着た貧困層の少女は、触れた相手を固まらせる「呪い」を持っている、虐げられた人間だと、ブラウンは気づくのだった。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 ブラウンには歳の離れたカーマインという名の妹がいた。両親は若くして亡くなっていたが、ブラウンは英雄としての「祝福と呪い」も持っていたし、二人で質素に暮らす分には困ることは無かった。

 しかし妹が高熱を出し始め、どのような薬や治療魔法でも治らないため、高名な治療魔法を使える医者を呼んで診てもらったのである。

 医者の診断は、死刑宣告に値するものだった。


「これは『反英雄病』ですね……。彼女も英雄としての素質『祝福と呪い』を持っていますが、『祝福』の力が弱すぎるんです。このままいけば彼女はやがて『祝福』を失い、『呪い』のみが残ることになります。つまり『反人間カースド』になってしまうということです……」


 「反人間カースド」という言葉を聞いたブラウンはおののく。この国で「反人間カースド」とばれれば差別され、場合によっては魔女裁判に掛けられ死刑になることもあるからだ。


「嘘だろ……。だって、カーマインが『祝福と呪い』を持ってるなんて初耳だし、それにその『反英雄病』なんて病気も聞いたことがねぇよ。

 何か治療方法があるんだろ⁉ 治してくれよ!」


 医者は力なく首を振った。


「治す方法はありません。あきらめるしかないんです」


 ブラウンはやるせない怒りをぶちまけ、医者の胸ぐらをつかむと激しく詰問きつもんした。


「なんか方法があんだろ⁉ せめてこれ以上悪くならない方法とかが!」


「……強力な『祝福』を持つ高名な司教や英雄にかかれば、進行を遅らせることくらいはできるでしょう。ただ……莫大な金がかかります……」


 金――そんなもの有るわけがなかった。そして金がなければ誰も自分たちを救ってくれないことも痛いほどわかっていた。

 意識を失っていると思っていた妹が声を掛ける。今までの会話が聞こえていたのだろう。


「お兄ちゃん、私のことはいいから。お兄ちゃんは英雄になれる素質があるんだから、私のことは気にせず好きに生きてほしい。私のことは運命だったんだって、あきらめられるから」


「大丈夫、絶対救ってみせる。金なんてどうでもいいんだ……お前が生きて元気でいてくれるなら、それだけでいいんだ。カーマイン、あきらめるな、たとえどんな罪を犯そうと、俺が運命なんてぶっ壊してやる!」


 ブラウンは仄暗ほのぐらい炎を宿した眼で、そう誓うのだった――

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