第18話 魔竜と聖剣(1) 封竜門

 勇者シーザーたちは、国王の御布令おふれの上に、人魚救出の功績もあって、港町「封竜門ドラゴン・ロック」を治める老領主の屋敷に招待されていた。


 人魚の救出は単なる人道的理由だけでなく、政治的な意味もあった。もし人魚を事故死させてしまった場合、人魚族との軋轢あつれきが生じる可能性もあったからだ。そんなわけで領主からしてみれば、シーザーたちはまさしく港町全体の恩人でもあるのだ。


「とにかく長旅で疲れたじゃろう。今日はごゆるりと休まれるがよい。まことタイミングの良いことに、明日は年一回の『聖剣引き抜き祭り』じゃ。まるで勇者殿が運命を引き寄せているようじゃな。聖剣引き抜きも試しに楽しんでいかれるがよかろう」


 握手を交わしながらそう言ってくれた老領主チェスターは、ただの貴族ではなく、元々は英雄として戦っていた人物とのことだった。好々爺こうこうやそうな見た目と違い、その眼の奥には、長年戦い続けてきた者が持つ、老獪ろうかいそうな経験と知恵が刻まれていた。


 シーザーたちはそれぞれ男女別で客室を割り当てられ、久しぶりのベッドでゆっくり休むことができた。

 就寝間際、盗賊魔術師のブラウンが、シーザーに雑談を振った。


「あの爺さん、まるで『お前には聖剣抜けない』って言ってるみたいだったぜ」


「そうだね。でも嫌味や想像で言っているわけじゃなく、僕には『聖剣を抜けない』ってのを見抜かれているんだ。彼には確信がある。それは多分彼の持つ『祝福』の力なのかもしれない」


「まじかよ。それが本当だとしたら、聖剣は抜けず、聖剣無しで魔王と戦うしかないってことか?」


 ブラウンはその状況を想像するだけで絶望を覚えた。聖剣は魔を払い、「祝福」を与える力を持つ故に、魔王最大の弱点という話だ。その力が無くても魔王と対峙することができるのだろうか?


「僕たちの最終目標にはあの聖剣が必要なんだ。けれど、絶対に抜けない聖剣を無理矢理にでも抜く方法がたった一つある。明日はそれを試してみるまでさ」


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 翌日になり、シーザーたち四人は港町の祭りに参加する。

 元々港町は、普段から市場や多くの人々が行きかう活気に溢れていたが、祭りの季節はさらに賑やかだ。「聖剣引き抜き大会」についてはずっと達成者がいないはずなのに、賭けまで行われているほどの盛況だった。


 聖剣大会までの待ち時間、戦いの日々の一瞬の休息日を満喫するように、アンは祭りを練り歩いて楽しんだ。それに付き合わされるシーザーたち。普段は戦い以外に興味の無さそうな女騎士ジャンヌも、この日ばかりは笑顔で街の活気を堪能しているようだった。


 そうこうするうちに大会参加となる。

 実際の聖剣の刺さった魔竜の石像は、港町の波止場付近にあった。身体の半分以上が海の中に隠れているが、上半身と首から上が波止場にもたれかかるように出ていて、その頭の眉間に深々と聖剣が突き刺さっている。

 魔竜は元々炎を吹く火竜で、いにしえの勇者はその火竜を海に引きずり込むことで何とか辛勝を収めたとのことだ。魔竜は想像していたより数倍は巨大で、数人を丸呑みできるほどのあぎとを持ち、シーザーが今まで見たどの竜より大きかった。


 早速参加者による聖剣の引き抜きが行われていく。屈強な戦士たちが次々と挑戦していくが、やはり誰も抜くことはできない。いよいよシーザーの順番となると、皆がシーザーに注目する。

 曲がりなりにも勇者シーザーは、魔王軍と戦う英雄としてその名だけは有名だった。ただし多くの人は彼の名を聞くと、「岩を砕いて絞りつくしてジュースにしてしまうような怪力の大男」を想像していたに違いない。シーザーが女性のような涼やかな容姿をしていることに多くの観客は驚いているようだ。

 中にはあからさまに「あんな女みてえな弱そうな奴に剣が抜けるわけがねぇ」と揶揄やゆする輩もいた。


 と言っても、「こっちはお前に賭けてんだから、とにかく何でもいいから絶対抜けよ!」というブラウンの応援があることにはあったわけだが。


 竜の頭に乗り聖剣の前に立ったシーザーは、そんな周りを気にせず落ち着いていた。力で抜くものではないことはわかっているのだ。大きく息を吐き出し心を落ち着かせたシーザーは、聖剣に手をかけるがやはりびくともしなかった。

 聖剣を抜くために再び精神を集中する。思考を止め、頭の中から全ての色を消し去り、まるで虚無虚空の中で鼓動だけをするように、ゆっくりと深く落ちていく。

 しかしその精神集中でも結局は聖剣は答えてくれなかった。逆に聖剣は、ばちばちといかずちを放つようにシーザーを拒否したのだった。


「なかなか強情だね……」


 シーザーは悟る。やはり自分にはこの聖剣を抜く資格はないのだということを。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 聖剣引き抜きの挑戦前に、シーザーは例の〈物語精霊界〉の図書館でロックと話し合っていた。


十中八九じゅっちゅうはっく、作者はお前さんには聖剣が抜けない展開にするだろう」


「せっかく物語上に出した聖剣を、勇者に持たせない展開なんてあるんですか?」


 シーザーの疑問にロックはにやりと笑って答える。


「勇者の証である聖剣を抜くとか、聖剣に選ばれるってのは、アーサー王物語を筆頭に英雄譚えいゆうたんでは頻出する展開の一つだ。ところが――」


「ここ最近は勇者が聖剣を抜けない方のパターンが増えてきているみたいね」


 引き継いだ本のサロメが二つほど作品名を上げて、さらにロックが語る。


「古典ギリシア悲劇のイーリアスに代表される古い英雄譚えいゆうたんは、選ばれし者の物語だ。しかし『勇者の証である聖剣を抜けるのは、所詮しょせん出来レースだろ、むしろ勇者の証を得ていないのに勇者として戦う主人公の方がカッコいい』的な流れがあるのかもしれないな。

 それにプラスして、そもそもお前自身の持つ能力ゆえに、聖剣に認められない展開になるだろう」


「では、聖剣を抜けず、そのまま魔王と対峙する展開になるってわけですか……」


 『皆殺しの鈴木』の異名を持つ作者なら、その展開からキャラクター皆殺しになりかねない……とシーザーは悲観した。


「だが、そうは問屋がおろさない。抜けない剣を無理矢理抜かさせてもらう。こっちは抜くのは得意なんだ」


「若い男性ですものね。聞かなかったことにしてあげるわ」


「『物語の精霊』がそんな欲まみれに生きてないっつーの!」


 サロメが茶々を入れ、力いっぱい否定するロック。さらにシーザーが追い打ちをかける。


「こないだは、やれ女騎士の鎧がとろけて……とか言ってましたけどね……」


「男同士の秘密をなぜ喋るんだ? そんな口の軽い奴に、このあとの展開を教えられると思うのか?」


 かなり話がそれてしまったため、シーザーが軌道修正する。


「それで、結局聖剣は抜かない展開となるのですか」


「いや、聖剣を抜け。無理矢理にでも抜く方法があること、既にお前さんにもわかっているはずだ」


「……けれどもう一つ懸念があります。もし聖剣を抜けるとしても抜いてしまってよいのですかね。古の勇者は聖剣に認められ、竜を倒すほどの力を持っていた。にもかかわらず竜にとどめを刺して殺すことができず、封印するしかなかったってことになります。

 だとしたら、聖剣を抜いて竜が復活した場合に、誰も竜を退治することができない……という状況になりかねない。人々に被害が及ぶことになります。

 それに僕らの旅の目的は古の勇者と異なり、竜退治ではなく、魔王討伐なので、竜を倒したうえで聖剣を持って行かないといけないわけです」


「竜を倒せばいいだろう」


「簡単に言ってくれますね……。色々戦術を練ってみましたが、どうやっても勝つ方法は見つけられませんでした」


「まだまだだな。『物語改変』は作者との戦いでもある。作者の想定した隙を狙って『物語改変』を行えば、作者すらあらがうことができない。強引に作者すら納得させる方法を、主人公自らの命懸けの行動で描くんだ。

 とはいえ今回俺のせいでお前さんを巻き込んじまっているし、乗り掛かった船ということもある。そこで二つの『物語改変』を用意してある」


「二つですか?」


 一つあれば充分ではないかと疑問をていするシーザーに、ロックは答える。


「二つだ。一つは竜を倒す方法。そしてもう一つは基本的には使う必要がない。ただし、もしお前さんの仲間に異変があった場合に使え」


 ロックは覚悟するように一つ長い息を吐くと、シーザーに向かって言うのだった。


「ただし、二つ目の『物語改変』が必要となった場合は、そこから俺とお前さんの長い挑戦が始まることだろうよ」と――


 シーザーには当然ロックの懸念していることはわからなかった。ただ物語上の試練とは別の戦い――ハッピーエンダーの「物語改変」の力を借りた、「自分が物語の登場人物と気づいた主人公」特有の戦いが始まるのだろうと予感していた。

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