第17話 人魚救出

「『固体を液体に変える魔法を習得しろ』って、いったいどういうことなんですか?」


 唐突にハッピーエンダーのロックに呼び出されたシーザーは、その「物語改変」の内容があまりに意味不明で聞き返していた。


 前回ハッピーエンダーの「物語改変」の力を借りて、勇者シーザー一行は誰一人犠牲者を出すことなく、一つの戦いを終えることができた。その借りは確かにあるのだが、いったん物語は落ち着いたのである。

 今更「物語改変」を追加する必要もなかったし、おまけになぜ「固体を液体に変える魔法」などという話が出てくるのかも、さっぱりわからなかった。


 黒いフロックコート姿のロックは、いつものように本のサロメを抱え、図書館の広間にある長椅子にもたれかかりながら演説する。


「言った通りさ。大体お前たちの物語は漫画のくせに暗すぎるんだよ。やれ『呪い』だ、やれ『反人間カースド』だと。だから作者もついつい皆殺し展開へと筆を進めてしまうわけだ。

 そこで作品にほんの少しだけユーモアのスパイスを入れることによって、今後のキャラクター死亡展開を未然に防止しようというのが目的だ」


「言いたいことはわかりましたよ。しかしそんな内容で、いきなり僕の冒険途中に光の扉開いて、〈物語精霊界〉に強引に呼び出す必要なくないですか。おまけになぜその変な魔法を僕自身が習得する必要があるんです?」


「これは最高難易度の任務ミッションだからだ。それにお前さん、一応勇者だから魔法も使えるわけだろ?」


 シーザーの世界にももちろん普通の魔法はあるが、英雄たちの持つ「祝福と呪い」の力が強力すぎるため、あまり取り沙汰されることはなかったのだ。


 前回「物語改変は安易に行ってはならない、禁断の最後の手段」だと言っていたのに、ロックはこんなわけのわからないことに「物語改変」能力を使おうとしているのだ。

 シーザーは、やはりロックという男は〈物語精霊界〉の大罪人であり、前回その力を借りたのは間違いだったのではないか――と後悔し始めていた。


「次の目的地は港町『封竜門ドラゴン・ロック』だろう、その到着までに覚えてくれれば問題ない。ついでにその港町でもう一丁、『物語改変』を発生させる予定だ」


「そんな頻繁に『物語改変』してしまって影響無いんですか? それに、そうまでして意味のない改変をする必要も無いと思うんですが……」


 渋るシーザーに対し、ロックはサロメをテーブルに置くと、「こっから先は男同士の話だ」と、シーザーの肩をつかんで、サロメから離れた場所に移動して耳打ちする。


「いい加減わかるだろ、『固体を液体に変える魔法』を使ってお前さんにやってもらいたいのは、ちょっとムフフな展開だ」


「ムフフ?」とシーザーは目を見開いて聞き返す。何を言ってるんだ、こいつは?


「どこぞの伝説のレジェンド編集長もインタビューで熱弁してたぞ。『今時の少年が求めてるのはエロとバイオレンスだ』って。

 女戦士の金属鎧を液体化、あらわになる艶めかしい肢体したい。まさしく求められてるエンターテイメントよ。男のロマンだ」


「バイオレンスの方はどこにいったんですか……」


 ロックの熱弁にあからさまに呆れ果てるシーザー。


「それとその際には、俺もお前の世界に呼んでくれ。大丈夫、ハッピーエンダーの俺は『自分が物語の主人公だと自覚したキャラクター』以外には見えない存在なんだよ」


「この人、滅茶苦茶悪用してそうだな……」


「大丈夫、大丈夫。グレーゾーンだ、問題ない」


「……たとえそれを了承したとしても、いきなりそんな変な魔法の修行始めたらおかしいじゃないですか。それと……僕一応、さわやか系勇者でやらせてもらってるんですけど……女性人気に影響出ないですかね?」


「お前さん、俺を誰だと思っているんだ? 最強のハッピーエンダーロック様よ。その辺の展開は抜かりなしよ。

 港町の水門に人魚が挟まれたというトラブルが発生し、そこを勇者が命懸けで水門の一部を液体に変える魔法を使って救うという、一番おいしい展開で改変しておくから。むしろ人気爆上がりよ」


 なんか急にキャラクター変わってないか、この人……と別の意味で不安が押し寄せるシーザーだった。

 ロックのいかがわしい提案にシーザーは難色を示すものの……結局、無理矢理承諾させられるのであった。


 広間に戻ってきた二人にサロメは、「男同士の下世話な話は終わったのかしら」と呆れた様子で声をかける。

 シーザーはため息をつき、「僕まで変な目で見られてるじゃないですか……」と嘆くのだった。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 封竜門ドラゴン・ロックは、いにしえの勇者が聖剣で魔竜を封印したという伝説の地だ。港町の河口の出口には、未だに突き刺さる聖剣と共に封印された魔竜の石像が残っている。

 聖剣は売れば親子三代どころか国一つ買い取れる国宝と呼ばれており、強力な魔力により祝福を与え魔を退ける力を持つという。

 「真の勇者であれば聖剣を引き抜くことができる」という伝承が残されており、多くの英雄たちが挑戦したが、結局誰一人抜くことはできなかったのだ。今では竜を封印した英雄の伝説も風化し、年一回の「聖剣引き抜き祭り」が開催される、観光名所の一つ、程度になっていた。

 しかし魔王討伐を目指すシーザーたちにとってみれば話は別だ。勇者の証である聖剣を手に入れるのは、重要な使命でもあった。



 ロックの話していた通り、「封竜門」へ向かう街道途中ですれ違った隊商から、「湾に迷い込んだ幼い少女の人魚が、壊れた水門に挟まれている」という噂を聞くのだった。

 シーザーは持ち前の器用さを活かし、たった一日で「固体を液体に変える魔法」をマスターした。


 実際のその事故現場に辿り着くと、人魚を助けるのが容易よういでないことはすぐわかった。

 封竜門は大河の流れ込む湾と、貿易船の発着する物揚場ものあげばが入り組んでいる地形だった。かつそこにある水門は河川の防衛の役割も担っており、簡単に取り壊せるものではなかったのだ。

 先日の豪雨で水門の一部が壊れ、さらに潮流が激しくなったせいで幼い人魚が迷い込んでしまったのだろう。不幸な事故としか言いようがない。深い水域の壊れた水門に挟まれ、人魚は相当に衰弱していた。


 とはいっても、やはりそこは勇者シーザーたちである。シーザーと女騎士ジャンヌが海に飛び込み連携して救助することにした。シーザーが魔法で人魚の挟まった鉄製柵の一部を液体に変え彼女を救い出すと、ジャンヌが人魚を抱きかかえ引き上げる役をにない、瞬く間に人魚を救出するのだった。


 助けられたあと浅瀬で横になっていた美しい少女の人魚が、朦朧としていた意識を取り戻すと、彼女は泣きじゃくりながらかたわらで見守っていたシーザーに抱きついた。


「私怖かった……。助けてくれてありがとうございます。ご迷惑をかけてしまってごめんなさい」


「いやいや、助かってよかったよ。僕たちは助けるのが仕事だし気にしなくても平気さ。もう大丈夫。これでおうちに戻れるかい」


 しかし人魚は首を振ると、シーザーにぎゅっと抱きつくと頬を赤らめながら彼の頬に接吻する。


「私帰りません。あなたのこと好きになりました。結婚してください!」


「はああああぁぁぁ~~⁉ この人魚、なに泥棒猫みたいなこと言い始めてんのよ⁉ あんたなんかとシーザーが結婚するわけないでしょうが! 大体人魚なんだから人魚同士で結婚しなさいよ!」


 困惑するシーザーを尻目に、なぜか激高しまくくし立てるアン。だが人魚の少女も負けてはいなかった。


「今時種族で分けへだてるなんてナンセンスですわ。愛は種族を超えますのよ。それにシーザーさんがどうしてもというなら私人間になります!」


「人間になったところで、シーザーがあんたみたいなあばずれ女を選ぶわけないでしょ! シーザーに相応ふさわしいのは、優しくて品があって、それこそ良いとこの貴族の血を引くような上品な女性よ。まぁ王家とか、王族とか、そんな感じのやつよ……」


「へええええぇぇぇ。アンさんは人を生まれで判断するタイプなんですね。ちなみに私、人魚族の王女なんですけどぉ! それにこう見えて私、身持ちも固いし一途で尽くすタイプなんです!」


 まぬ舌戦、ヒートアップする二人、頭を抱えうずくまるシーザー。数々の問題を解決してきた彼にも、乙女心は解決できそうになかった――


 結局シーザーに求愛を断られた惚れっぽい人魚は、今度は同じく自分を救ってくれたジャンヌの方に求愛するという始末で、「二人の愛は性差も超えますわ」という人魚の言葉になぜかジャンヌも言いくるめられそうになるのだが……。

 とにかく最終的には、なんとかかんとか人魚を海に返すことに成功するのだった。



 一つ想定と違っていたのは、ロックの言うムフフな展開などひとかけらも存在していなかったことである。

 人魚救出のエピソード自体が作者本人によるもののなのか、それともロックの物語改変によって差し込まれたものなのか、シーザーははかりかねていた。ただロックは過去に「人魚姫」の物語を改変しようとした大罪人という噂だ。だとすれば、今回の物語を知ったロックが何らかの罪滅ぼしに、ハッピーエンドを求めた――ということもあり得るのかもしれない。

 ただ、あのロックの性格では真実は教えてもらえないだろうと、シーザーは思うのだった。

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