第12話 強襲(3) 決着

 勇者シーザーにとどめを刺したブラウンに、獄炎姫はねぎらいの言葉を与えつつ、愚弄ぐろうした。


「よくぞ勇者にとどめを刺した。だが仲間を平気で裏切るやつを信用できるか。貴様も死ね」


 そう吐き捨てると、獄炎姫は身体から再び炎を噴き出させる。勇者シーザーによる魔剣「祝福殺し」の攻撃では、彼女の「呪い」を消し去ることはできなかったようだ。多少違和感はあるものの、炎は繰り出せる。彼女は再発火後の試し切りとばかりに、ブラウンを炎の火柱で焼き尽くす。

 しかしその矢先、ブラウンを焼く炎を止めさせようと、うつぶせに倒れていたシーザーが、這いずりながら彼女の足にしがみついてきたのだ。そして傷だらけの身体を引きずりながらよろよろの姿で立ち上がると、最期の一振りを放ってきた。


 獄炎姫は、「どうせこいつは死にたいだ。この一撃も身体から噴き出す炎で刃ごと溶かしてやる!」と考えていたが、その慢心が命取りとなった。


 突然獄炎姫から噴き出していた炎がぴたりと止むと、シーザーの全体重を乗せた最後の一撃が彼女の右腕を切り飛ばし、胸まで達した。

 獄炎姫は断末魔の悲鳴を上げて、くずおれ倒れるのだった。


「な、なぜ……」


 自分の炎が突然消えたことに納得がいかない獄炎姫が、疑問を口にする。立ち上がったシーザーがぜえぜえと息をしながら答えた。


「君は魔剣『祝福殺し』で、ブラウンの『祝福』は消し去ったが、彼の『呪い』までは消し去れなかったんだ。

 ブラウンは、『僕を殺しかける』という罪による『呪い』の力で、炎を操った。

 逆に、炎の『呪い』が封印されている君に、まだ力が残っていると勘違いさせて騙したのさ。さっきから君が操っていると思っていた炎は、全てブラウンが『呪い』で操っていただけだ。

 君のたったこの一瞬の隙を作り出すために、僕たちは命がけの芝居を打ったんだ。ブラウンの勇気のおかげで僕たちはからくも勝利できたんだ……」


 だがブラウンは心の中で否定する。「本当に勇気があるのは、シーザー、お前だよ」と。


「貴様らのような三文芝居の大根役者どもにまんまと騙されるとは……。だが、ただではやられはせん!」


 獄炎姫は勇者シーザーに片腕で絡みつくようにしがみつき、消え去った自らの「呪い」をもう一度噴き出させようと、まるで祈るように咆哮を上げた。神か悪魔かは知らないが、その願いを聞き届けるように失われた彼女の「呪い」が徐々に戻り、ついには殻を破るように全身に再び火炎をまとい始める。


「勇者シーザー、お前は先ほどの魔剣『祝福殺し』での攻撃で、まだ『祝福』を失ったままだ! 今ならお前をこの呪いの炎で殺せる。人間からさげすまれる『呪い』の力で貴様は殺されるんだ!」


 最期の命の灯をかけてごうごうと燃え盛る身体の炎。しかしシーザーは服が焼け焦げるだけで、全く火傷することもなく、業火の中、静かにたたずむだけだった。

 シーザーは「祝福」も「呪い」も効かない、唯一「呪い」を持たぬ勇者ということだった。だが今は魔剣の攻撃により、その「祝福」は失われたはずなのに……なぜ炎が効かないのか?


「まさか、お前……いやそんなはずはない、お前ももしかして……」


 獄炎姫はこの勇者と呼ばれる男の秘密に気づく。なんて勇者だ……なんて男だ……。こいつは自分のことを平和主義者だなんだと言っていた。戦いたくないと言っていた。それは真実なのだろう。

 この男は、この世界でただひとり、勇者ではない勇者なのだと。


 シーザーは瞳の奥に悲しみをたたえながら、話し始めた。


「僕はずっと君たちのことを調べていた。君がなぜ解呪の力を持つ魔剣『祝福殺し』を使っているのか、謎だった。単純な戦闘力ならもっと強い魔剣はあるし、完全に使いこなせていない魔剣を持つ理由がわからなかったんだ。

 それに君の左腕には同じ個所に同じようにつけられた三本の刀傷がある。君は自らの身体でその魔剣の能力を試そうとしたんじゃないだろうか」


「いったい何が言いたい、最期にお前のくだらない講釈など聞きたくない……」


「すまない、だけど聞いてほしいんだ。間違いかもしれないけれど、君は自分の『呪い』の力こそ消し去りたかったんじゃないか?

 『呪い』を消し、人間になりたかった、自分が人間として認められたかったんじゃないかな」


 獄炎姫は否定しなかった。ただ目をつむって震えていただけだった。シーザーは悲しい声でさらに伝える。


「君と僕との違いはほんの些細な差でしかない。たまたま僕は運がよくて、愛してくれる人たちに恵まれただけなんだ。

 だから最後に僕のわがままを聞いてほしい。せめて君に人間として生きてほしかった。人の温もりを感じてほしかったんだ……。最期に触れるのがこんな僕ですまない」


 シーザーはそう言うと、炎の中で息を引き取りゆく獄炎姫を、ゆっくりと抱きしめるのだった。

 獄炎姫の肌に、炎の熱と違う人の温もりが伝わってくる。自然と彼女の頬を涙が流れていく。


「お前ともう少し早く出会えていれば……いやもうよそう。『反人間カースド』が差別されない世界を作ってくれ。お前のような勇者ならそれができるかもしれない……」


 そう言い残し、獄炎姫は完全に命の灯を終えたのだった。



 一方の女騎士ジャンヌと聖女アン、死神卿の戦いも終わりを告げていた。壊れかけの腕を治してもらったジャンヌの三発目の『一撃必殺』を囮に、アンは自らの「祝福」の治す力を不死の化物アンデッドの死神卿に叩き込んだのである。

 負の生命力を持つアンデッドにとって、治癒魔力の力は治す力ではなく魔法による攻撃に他ならなかった。ましてや選ばれし英雄であるアンの治癒の「祝福」は、最大級の力を持っているのだ。

 その一撃によって、死神卿の魂は浄化され、再度の死を迎えて倒れたのだった。


 戦いを終え防壁上に集う四人は、皆ぼろぼろの姿だった。言葉にせずとも誰もが勝利を噛みしめているのがわかったが、ただ一人ジャンヌだけが顔色が悪く、思わずシーザーに寄りかかると、うなだれるように倒れ込んでしまう。


「大丈夫か?」


「見て、これ……!?」


 アンが慌ててジャンヌの服を捲り上げると、脇腹に血の滲む大きな刀傷があり、おまけにそこから肌がぼろぼろに腐り落ちて、あばら骨が見え始めていた。完全にアンデッド化が始まっていたのだ。


「死神卿の魔剣『アンデッドメイカー』で斬られていたのか……。なぜ我慢していたんだ……。アン、治療をお願いできるかい」


 だが、アンは仮面で表情は見えないものの、震える悲痛な声で答えた。


「だめ……。いまは完全に『祝福』の力を使い切っていて残っていないの。もしジャンヌを治そうとするなら、私も自分の『呪い』でアンデッド化してしまうわ……。シーザー……私、どうしたらいいの……?」


 その声は最後にはすでに泣き叫ぶような響きに変わっている。ジャンヌに駆け寄り抱き上げるブラウン。彼が必死にジャンヌの名前を呼ぶが、もはやジャンヌも意識が朦朧としているようだった。ただ、ゆっくりと絞り出すように願い出る。


「しくじってすまない。私を人間であるうちに殺してくれ……」


「馬鹿野郎! そんなことできるかよ、シーザー、お前なら何とかする方法が思いつくんじゃねぇのかよっ! 頼む!」


 シーザーには解決策はなく、決断もできるわけがなかった。

 ――どうしてこうなったんだ……。戦いには勝利したはずなのに、これではあまりに犠牲が大きすぎる。

 そうシーザーが困惑していると、突然防壁の床を突き破った刃がブラウンに襲い掛かり、そのままの勢いで彼の右腕を切り落とすと、ブラウンを壁際まで吹き飛ばした。


 床下をぶち壊して飛び上がってきたのは、倒したはずの死神卿だった。斬り落とされた骸骨の左腕も完全に再生しており、デスマスクの兜の下に不気味な笑みを浮かべている。


「なんで、なんで生き返っているのよ⁉ 確実に『祝福』の力で『浄化』したはずよっ……。アンデッドが生きているはずないわっ」


「確かに生粋のアンデッドならな。だが人間には『浄化』の力は無意味だ。私は元人間だよ。」


「人間だと?」


「そうだ。元は人々を守ることに誇りを持って戦っていた人間の騎士だ。

 ましてや私の『祝福と呪い』は『生者と死者』をつかさどるもの」


 それを聞き、アンはがくがくと震えていた。『生者と死者』の力は、全く彼女と同じ能力だった。王家の血を引くものだけが持つという力――かつてその『祝福と呪い』を持っていたのは、アンの他にはたった一人だけだった。


「アン、お前は自分可愛さに、仲間に『祝福』の力を使い切ることを躊躇ためらっているようだが、私はお前と同じ状況になったときに、迷わず『祝福』の力を使い切り人々を救ったぞ。

 お前にはその覚悟があるのか? 人間を信じ切れる覚悟が。

 一言忠告しておく、お前が信じる者たちはいつかお前を裏切り、お前の敵となるのだ。お前の選択を楽しみにしているぞ」


 凍えるような冷徹な声音で死神卿はそう告げると、口笛を吹き骸骨の馬を呼び寄せ、獄炎姫の死体を抱きかかえ去っていく。

 残されたシーザーたちには、もはやそれを追う気力も、戦う力も残っていなかった。

 砦に駐屯していた魔王軍も将軍という主を失い、既に散り散りに逃げ出そうとしていた。


 シーザーはブラウンの元に駆け寄り抱きかかえる。ジャンヌよりひどい状態で、左腕は斬り落とされ、そこから猛スピードでアンデッド化が進行していた。

 土気色に肌が変わりゆくブラウンが、苦しそうになりながらも軽口を叩く。


「あいつアンデッドのくせに、ジャンヌたちにやられて死んだ振りしてやがったのか……。卑怯な骸骨野郎だぜ……」


 アンの力はもう残っていなかった。ジャンヌを治すどころか、ブラウンを治すことすらできない。

 シーザーにはわかっていた。助けられるのはただ一人なのだと。

 ブラウンとジャンヌを見殺しにするか、それともアンの力をジャンヌかブラウンに使い、アンがアンデッドになるか、どれを選んでも地獄の三択しか残ってはいなかった。


「俺のことはいい。もし助けられるなら、ジャンヌを助けてやってくれ。理由は効かないでくれよ。男同士の秘密って奴だ……」


 ブラウン自身も自分の死期を悟ったのだろう。息も絶え絶えになりながら、シーザーに届くように、ブラウンは昔話を始めだした。


「お前と初めて会ったときのこと、覚えてっか?」


 ブラウンはシーザーと初めてあったときに、彼に対してスリを働いたのだ。

 ――勇者と呼ばれる人間には、俺たち貧民の気持ちなどわかるまいと、スカした野郎に一杯食わせてやろうとしたのだ。けれどスリはすぐに見破られ、間の悪いことに堅物の衛兵に見つかってしまったのだった。

 ブラウンは衛兵にらえられる。勇者シーザーは財布は譲った物だと主張するが、衛兵には信じてもらえない。


「するとお前はさ、衛兵に向かって突然とんでもねぇことを吹っ掛けたんだ。『このブラウンを助けてくれたら賄賂を渡そう』ってな。

 『衛兵への賄賂買収は単なるスリより重罪だから、僕も一緒に逮捕してくれ、牢屋にはいるよ』ってな。

 シーザー、お前最後に言ってたぜ。『人を救えない正義なら、そんなもの無い方がいい』って……。

 たかが行きずりの盗賊ひとり救うのに、罪を犯そうとするなんて、なんとも頭のイカれた勇者だと思ったよ。だけど――いや、だからこそお前と一緒に戦いたいと思ったんだ。お前みたいなイカれ勇者と一緒に旅ができて、滅茶苦茶楽しかったぜ」


 ブラウンは満面の笑みでシーザーの腕をつかむ。


「ああ、だがな、報酬は約束通り山分けだぜ。その報酬で、旅が終わったら一生遊んで暮らすんだからな」


 その言葉とともに、ブラウンの指がぶすぶすと小さく火傷の煙を上げていく。まるで消えかける命の灯のように。


 シーザーは胸を押さえ苦しんでいた。選択することなどできるはずがない。誰を見殺しにすればよいかなんて、そんな決断できるわけがない。

 どうして僕にはもっと力がなかったんだ? 運命は変えられるんじゃないのか? そんな思いがグルグルと頭の中で駆け巡り、彼は嗚咽おえつを漏らした。


 その時――

 絶望にひざまずくシーザーの前に、唐突に白く光り輝く扉が現れる。それはまるでこの世のものではない、異世界への扉のように見えた。


 聞いたことがある。

 自分が物語の主人公だと自覚し、物語の改変を願った者だけに現れるという運命の扉のことを。

 シーザーは迷わずその扉に向かっていた。

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