第11話 強襲(2) 大罪の約束

 獄炎姫インゲボルグの作り出した火球で焼き尽くされたと思われたシーザー。しかし彼は瓦礫の下から勢いよくい上がると、完全に獄炎姫の虚を突き、彼女の喉笛を狙って鋭い突きを見舞った。


 火炎をまとう獄炎姫には普通の剣戟では刃を溶かされてしまう。だとすれば、隙をついた一撃必中の一太刀でしか倒すことができないのだ。そのために、彼は渾身の一撃を叩き込む機会を狙っていたのである。

 だが、その一撃はわずかにれ、獄炎姫インゲボルグの左肩に突き刺さる。シーザーの不意打ちに、うめき声を上げ、膝をつく獄炎姫。吹き上がる血飛沫。けれどその切っ先も今一歩、致命傷にはいたらなかった。


 「祝福や呪い」の効かないシーザーの能力は、戦況自体を左右しうる、魔王を断つ切り札でもある。そのため彼の力は、仲間内だけの秘密だった。

 今回その秘密をばらしてまで、差し違える捨て身の攻撃を狙ったのに、それでも決着を付けることができなかったのだ。


「まいったな……。ここまでやってもまだ届かないのか……」


 シーザーは全身傷だらけで、身に着けた衣服は焼け焦げていた。しかしあれだけの火炎攻撃を受けていたのに、彼の身体には致命傷となるような火傷のあとはなかった。唯一物見櫓ものみやぐらの倒壊時にかばった左腕上腕に、火傷痕が残るのみ。

 辺り一面火の海の中、灼熱がシーザーのマントを焦がしていくが、彼はその中で再度剣を構えなおす。


「馬鹿な⁉ なぜこいつには炎が効かない?」


 驚く獄炎姫に、ジャンヌと交戦中の死神卿が冷静に返す。


「惑わされるな! シーザーには炎が効かないわけではない。見ろ、奴の左腕は火傷している。『呪い』による直接的な攻撃が効かないだけで、炎による攻撃は効くのだ。

 奴の持つ『祝福』は謎とされていたが、何らかの『祝福や呪い』の力を跳ね返す能力に違いない。であるならば、インゲボルグ、お前の魔剣『祝福殺し』で奴の息の根を止められるはずだ!」


「そうか……仕掛けトリックさえわかれば恐るるに足らずだ」


 膝をついていた獄炎姫はせせら笑いゆっくりと立ち上がると、再びシーザーとブラウンに向かい剣を構えるのだった。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


「戦闘中によそ見とは随分と余裕じゃないか。余程死にたいと見える」


 剣戟を繰り出しながら啖呵を切るジャンヌだが、死神卿はどちらも軽くいなしていた。


「すでに死んでいるがね。だがどちらにせよ、どうせお前には私を殺すつもりはないのだろうさ。倒した相手の『祝福』も『呪い』も引き継いでしまうお前は、この私との戦いでは常に逃げ腰、本気で戦う覚悟など無いのだからな!」


 死神卿は一太刀ひとたち一太刀ひとたちいかずちのような苛烈な斬撃を、電光石火の連撃で繰り出してくる。刃と刃がぶつかり合い、けたたましい金属音が鳴り響く。

 しかもその斬撃は一撃でも入ればアンデッドと化す致死の刃、一瞬たりとも気が抜けないのだ。防戦一方に見えるが、それらをすべて交わしているジャンヌの剣技はまさに神業というより他になかった。


「やはり防戦一方ではないかっ!」


 だがジャンヌは「祝福」のオーラを右腕と剣に込めると、一瞬の隙を狙い、大上段から殺意のこもった斬撃を打ち下ろす。『一撃必殺』の「祝福」を込めたその一太刀は死神卿の肩口から左腕までを斬り飛ばし、さらに防壁上の床まで粉砕して死神卿を吹き飛ばしていた。

 倒れた死神卿を見下ろしながら、粉々に折れた右腕を構うことなくジャンヌが声を張り上げる。


「アンデッドになることを恐れるような、安い覚悟で戦っていると思っていたのか? 舐めるなよ!」


「最強剣士の名は伊達ではなかったようだな。剣の腕だけじゃない、その揺るがない胆力たんりょく。見誤っていたよ。すまなかった。こちらも全力で挑ませてもらおう」


 起き上がり再びジャンヌと対峙する死神卿は、そのデスマスクの兜の下の凍えるような蒼い眼光で彼女を睨みつけた。

 最後の決着のカギを任されていたアンは、いまはまだ二人を見守ることしかできなかった――


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


「まずは貴様から殺しておくべきだった!」


 そう叫ぶ獄炎姫の激しい一撃を食らったブラウンは、喉奥から絞り出されるような短いうめき声を上げた。「獄炎姫」の「祝福殺し」によって斬られた傷口からは、流れ出る血とともに、彼の持つ「祝福」――炎を操る魔力オーラが見る見るうちに消え失せていくのがわかる。

 身体の火傷痕は消えておらず「呪い」だけが残っているため、ブラウンは自分が獄炎姫同様の「反人間カースド」になっていくのを直感した。


「これで小煩こうるさいドブネズミは終わりだ。次は貴様だ、勇者シーザー!」


 シーザーには「祝福」の炎が効かないことは既にばれていたため、獄炎姫は防壁上の壁や床自体を燃やし、シーザーを巻き込みながら、その壁や床を大剣でぶち壊していく。自然発火の炎に追い詰められたシーザーに、ついに獄炎姫の大上段からの刃が振り下ろされ、肩口に突き刺さる。


 だが、シーザーはうめき声を上げながらも肩に刺さった剣をつかむと、傷口が広がるのも無視して、渾身の力を込めて獄炎姫を押し込み、彼女から魔剣「祝福殺し」を奪い取った。シーザーは初めから捨て身でこの剣を奪い取ろうと画策していたのだ。

 激しく流れ出る血、意識が薄れそうになる中で、シーザーは手にした魔剣を大上段から振り下ろし、獄炎姫を袈裟懸けに斬り倒す。

 常に身体から噴き出していた獄炎姫の炎が止んだ。

 だが、そのシーザーの最期の一太刀も致死には届かなかった。獄炎姫は倒れそうになるのを力づくで踏みとどまると、勝ちどきの咆哮を上げるのだった。


「私の勝ちだ! 貴様は『祝福殺し』の一撃を喰らったんだ。これでシーザーの祝福も消え去った! もう人間どもを皆殺しにするのを阻む、勇者はいないのだ!」


 負けを悟ったブラウンが、おびえる瞳で獄炎姫に願い出る。


「お、俺はあんたたちに寝返るぜ。どうせ一時的にせよ俺の『祝福』も消えちまったんだ。勝てるわけがない。俺は勝ち馬に乗るのが好きなんだよ、どうかあんたたちの仲間にしてくれ!」


「誰が貴様のような大嘘つきを信用するかっ! 

どうせ寝返った振りをして寝首をくのを狙っているだけだろうがっ!」


「違う、信じてくれ! そ、そうだ……俺が勇者シーザーのとどめを刺してやるよ、それで信用してくれよ」


 そう言ってブラウンはシーザーに近寄ると、剣を大きく振りかぶり、うつぶせに倒れるシーザーに突き刺した。血飛沫が舞い上がるとともに、ブラウンの左の二の腕の火傷痕がみるみる広がり、首筋まで達するのだった。


 絶叫するアン。シーザーはもうピクリとも動かなかった。

 万事休す、絶体絶命――もはや勇者は敗れたのだ。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 この戦いの前、シーザーは、二人きりで話がしたいとブラウンを呼び出していた。


 いわく「敵の戦力からどう戦略を練ってみても、最後の決め手、勝つ手段が見つからなかったんだ。あとは君の力に賭けるしかない。

 大方おおかた予想はついているけれど、僕を友人だと思ってくれるなら、ブラウン、君の『呪い』の秘密を教えてほしいんだ」と。


 ブラウンは「呪い」を隠し通していた。英雄と呼ばれる者たちの大半は「呪い」を秘密にしていたし、ましてや盗賊である彼にとって「呪い」が明らかになるのは危険以外の何物でもなかった。

 だが、あまりに真っ直ぐなシーザーの眼に見つめられたブラウンは、思わず目をらすと、自らの頬の火傷痕やけどあとをさすりながら、忌々いまいましそうに吐き捨てた。


「あーあー、わかったよ。俺の『呪い』は罪を犯せば犯すほど、火傷が広がり、そのうえ炎を使えるようになるってヤツさ。『祝福』と被ってる能力なんだよ。罪の大きさの分だけ炎を使える時間や規模がでかくなる。それと軽い嘘程度なら指先が火傷するくらいですぐ治るが、大罪は大火傷になっちまう」


「ならば、いざとなったとき、その大罪を犯してくれないか……。火傷痕の残る、無茶なお願いだってことはわかってる。だけどそれしか勝つ方法がないんだ」


「馬鹿言うなよ、それに戦闘中にどうやって大罪を犯せっていうんだよ? 砦攻めの最中にスリや強盗ができるわけじゃあるまいし……」


「たった一つだけ、大罪を犯す方法がある。君と僕だけにしかできない方法が」


 シーザーがその方法を告げると、ブラウンは驚愕し、首を振った。


「そんなこと、できるわけないだろうがよっ!」


 しかしいつも微笑んでいるシーザーが、真剣な顔つきで願い出る。その瞳の奥の覚悟を見て取ったブラウンは大きく溜息を吐きながら了承するのだった。

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