第2話 『剣姫』(1)
『
「
カリヴァスは戦士らしい引き締まった体つきに、逆立つ
「俺は今度こそ本当の『
そう息巻くカリヴァスだったが、ヴァルキュリアはいつもと違い表情を曇らせたままだった。
本来なら剣に表情があるのも不思議な話ではあるのだが、魔剣ヴァルキュリアは柄に美しい少女の彫刻が
幾つもの冒険で共に戦ってきた戦友であるカリヴァスとヴァルキュリア。時には
しかしいつもは協力的なヴァルキュリアも、今回ばかりは竜退治に反対するばかり。
「はっきり言って、今のカリヴァスの力では竜には
彼女はただカリヴァスの身を案じていただけではない。魔剣ヴァルキュリアがそこまで言うのには、実は理由があったのだ。
彼女は秘密裏に地獄の魔女を呼び出し、禁断の契約をしていたのである。
剣であるヴァルキュリアは、本来なら魔女の住処に
「私には好きな人がいます。でも魂のない鉄でできた私には、泣くことも愛を交わすこともキスすることもできない。だけど人間になれば、あの人の腕の中できっと愛を感じることができる……。私はあの人の愛が欲しい!」と。
魔女は願いを叶えるかわりに、一つの条件を出した。
「わしにお前の言う愛とやらを証明して見せろ。その男に告白せず愛を結ぶことができれば、お前を人間にしてやろう。じゃが、もしこの条件を喋ったり、その男が他の女性と結ばれてしまえば、お前は
それは実現不可能に思える恐ろしい条件だった。
だが、ヴァルキュリアは自らの愛に賭けた。今までカリヴァスと築いてきた二人の想いを信じたのだ。だからこそ魔女の条件を飲んで、禁断の契約を結んだのである。
ところがそれにもかかわらず、実はカリヴァスは王女に憧れを抱いていた――
ヴァルキュリアにはその想いを押しとどめる方法も無ければ、自分の想いを告げることさえ許されないのだ。このままいけば、ヴァルキュリアは爆発して消え去るしかなかった。
しかしそんな事情を知らないカリヴァスは、ヴァルキュリアの忠告を無視し、ついに竜の住処の地下迷宮へと乗り込み、最後の戦いへと挑むのだった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
竜の住処は古代帝国期の
だが竜以外の怪物など、もはやカリヴァスとヴァルキュリア二人の敵ではない。彼らは最深部へと潜っていき、ついには生贄として捧げられた王女の悲鳴を聞きつけ、彼女の元に駆けつけるのだった。
そこは城一つ余裕で入りそうな巨大な広間だ。カリヴァスたちはその最上階付近の出入り口に
全身を
背中に生えた
想像以上に巨大な魔竜のその姿は、怪物というより天変地異の災害に似ており、とても人間の太刀打ちできるものではなかった。
さらにいえば自称ドラゴンスレイヤーのカリヴァスは、実際には一度も竜を倒したことがないのだ。ヴァルキュリアを持つ手もガタガタと震えていたが、彼は吐き出しそうになる恐怖を飲み込んで虚勢を張った。
「行くぞ、ヴァルキュリア!」
「無理よ! 一度も竜を倒したことがないあなたが、こんな強大な魔竜に敵うわけないでしょ。王女を救うのは
「お前は王女を見殺しにしろっていうのか? そんなことできるわけがないだろう。たとえ竜の吐く炎に焼き尽くされようとも俺は戦う。それにもし――もし本当に力及ばず倒れることがあったとしても、王女だけは救ってみせる!
剣であるお前にはわからないかもしれないが、人間には命より大事な
「ええ、どうせ私は人間じゃないわ! だけどそういうあんたって人間は、私の気も知らないで、いつもくだらないことに命さえ懸けるのね」
「くだらないだと⁉」
だが、そんな
しかし竜の頭部への渾身の一撃も、まるで効きはしなかった。
竜の尻尾の一振りで、カリヴァスは転がりながら壁まで吹っ飛び激突する。さらに竜が大きく口を開き落雷のようにグルグルと喉を鳴らすと、喉奥で炎の塊が渦巻き、それが紅蓮の業火となって、カリヴァスたちのいる広間一面に向かって吐き出された。
彼は自ら盾となるように王女を
死は目前まで迫っていた。
カリヴァスはこの
なぜ彼女の忠告を真剣に聞かなかったのかと。
折れそうになる魂を、しかし最後に奮い立たせて、カリヴァスはヴァルキュリアに頼んだ。
「すまない、お前の言うとおりだった。俺は自分を過信していたよ。今更笑っちまうが、ヴァルキュリアがいつも守ってくれていたのにようやく気が付いたんだ。
だが、それでも俺はせめて王女だけでも救ってやりたいんだ。この身体じゃ、反撃できてもあと一撃だけだろう……。頼む、俺に力を貸してくれ!」
ヴァルキュリアも、もはや自分が人間になれないことを覚悟していた。決して自分の愛が
それでも彼女はカリヴァスへの想いを捨てきることはできなかったのだ。「死にたくない、人間になって愛されたい。だけどそれよりも、やっぱり私はカリヴァスのことを愛しているんだ」と、そう心の中で嚙み締めた。
「カリヴァス、たった一つだけ竜を倒す方法があるわ。さっき竜の炎を見て気が付いたの。竜が炎を吐く瞬間に、私を竜の口の中に突き込むのよ!」
「馬鹿な、それじゃお前が……」
確かに鱗のない
しかし迷っている暇はなかった。今まさに竜は再び襲い掛からんと大口を開け、喉奥に業火の火種を宿し始めていたからだ。
「さあ早く、チャンスは一度よ!」
「くそぉぉっ!」と
口蓋から炎の爆音を上げ、地響きのような断末魔を上げてゆっくりと倒れていく魔竜。
大広間一面を溶かすほどの熱と煙が渦巻く中で、もはや一歩も動けず、突っ伏したカリヴァスの眼には、
カリヴァスたちは勝ったのだ。ただし、多大な犠牲を払って――
隠れていた王女が大丈夫ですかとカリヴァスの身を案じて駆け寄るが、もはや彼には答える気力さえ残っていなかった。
それよりも、カリヴァスは
倒れている竜の頭部付近にその影を見つけると、カリヴァスはヴァルキュリアの名を叫んで近づいた。
そこには折れて刃を失い、顔と柄だけとなったヴァルキュリアの残骸が転がっていた。
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