第45話 雑炊

 塁が発狂して地面に伏していると、突然、優しい声が彼の耳に届いた。


「何があったの?そんなに苦しそうな顔をして…」


 塁は涙でかすんだ目を開け、その声の主を見上げた。そこに立っていたのは、見覚えのない美しい女性だった。彼女は長い黒髪を結い、身にまとった着物が柔らかく風に揺れている。その名は梨花(りか)。彼女は足利直義に仕える女性で、料理の名手として知られていた。


「あなた、顔色が悪いわ。もしかして、あの飯が原因かしら?」


 梨花は穏やかに笑いながら、塁の前にしゃがみ込んだ。その眼差しには優しさが溢れていたが、どこか芯の強さも感じられた。


「飯が…あまりにも不味くて…どうしても耐えられなくて…」


 塁は顔を覆い、無力感に打ちひしがれていた。梨花はその言葉に一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに優しく頷いた。


「そうね。戦場では食事も粗末になるもの。でも、それじゃあ体も心ももたないわ。ちょっと待ってて、すぐに美味しいものを作ってあげる」


 そう言うと、梨花は手早く動き始めた。近くの小川で清らかな水を汲み、持ち込んだ食材を準備し、塁の前で料理を始めた。彼女の手際の良さに塁は目を見張った。梨花が火を起こし、野菜を切り、香ばしい匂いが漂い始めると、塁の胃は思わず音を立てた。


「さあ、お待たせ。これは、私が特別に作った兵士用の栄養たっぷりの雑炊よ」


 梨花が差し出したのは、湯気が立ち上る温かい雑炊だった。塁は恐る恐る一口を口に運んだ。すると、驚くほど柔らかくて、心地よい出汁の風味が広がった。野菜も新鮮で、食べやすく、体に染み込むような優しさを感じる。


「美味い…!こんなに美味しい飯がこの時代にあるなんて…」


 塁は感動に打たれながら、無我夢中で雑炊を平らげた。梨花はそんな彼を微笑ましく見つめていた。


「ありがとう、梨花さん。こんなに美味しいものを食べたのは、現代にいた時以来だ…」


 塁はようやく顔を上げ、梨花に深々と頭を下げた。彼女は静かに頷き、塁の手を取って優しく握りしめた。


「食べることは、生きることよ。辛いことがあっても、心と体を大切にしなければならないわ。私もできる限り、あなたを支えるから、これからも一緒に頑張りましょう」


 その言葉に、塁は胸の中に温かな希望を感じた。再び立ち上がり、戦い続ける決意が湧き上がってくる。彼はこの時代でも生きていける、いや、この時代こそが自分の居場所かもしれない、そう思えるようになっていた。


「梨花さん、本当にありがとう。これからは、どんなことがあっても負けません」


 塁は心に新たな強さを宿し、梨花と共にこれからの戦いへと歩み出した。彼の運命はまだ見えないが、美味しい飯と共に彼の心は少しずつ癒され、未来へと繋がっていくのだった。


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