第33話 不老の実🫒

 塁は書記官の遺体に呆然と立ち尽くしていた。犯人が自ら命を絶ったことで、事件の全貌が完全には明らかにならず、苛立ちと虚無感が心の中で渦巻いていた。だが、その沈黙を破るかのように、彼の視界に一人の女性がゆっくりと歩み寄ってきた。


「こんなところで、どうしたの?」甘く誘惑するような声が耳に届いた。振り返ると、そこには若菜が立っていた。艶やかな和服姿で、妖艶な笑みを浮かべ、まるで意図的に彼を誘惑するかのように近づいてきた。


「塁、あなた…今夜は一人なのかしら?」若菜は彼の肩に手を置き、優しく撫でるような仕草を見せた。彼女の目は妖しい光を帯びており、その瞳は塁を捉えて離さなかった。


 塁は一瞬、心が揺れた。若菜の美しさは否応なく彼の注意を引きつけ、その手の温もりに心がかき乱された。だが、その瞬間、塁の脳裏に一人の女性の姿がよぎった。それは、彼が大学時代に愛した初恋の相手、京子だった。


 京子は梨花とは全く違うタイプの女性だった。京子は常に情熱的で、自信に満ち、彼を積極的にリードしてくれた。彼女はいつも彼を誘惑するかのような眼差しを送り、彼の欲望を引き出していた。その性欲的な魅力に塁は当時、強く惹かれていた。しかし、彼らの関係は突然終わりを迎えた。塁が京子に自分の夢を語った時、彼女はそれを笑い飛ばし、塁を見下すような態度を取ったのだ。それ以来、彼は彼女との関係を絶ち、心の奥に封じ込めていた。


 若菜の手が彼の胸元をなぞり、彼を現実に引き戻した。「どうかしら、少し休んでいっても…」その声には抑えきれない誘惑の色があった。


 だが、塁は深く息を吐き出し、若菜の手をそっと払いのけた。「やめてくれ…今はそんな時じゃない」


 若菜の顔に一瞬驚きの表情が浮かんだが、すぐにその瞳に憤りの色が宿った。「あなた…断るの?私を?」


 塁は毅然とした声で答えた。「そうだ。俺には守るべきものがある。そして…今は事件の真相を突き止めることが最優先だ」


 その事件とは大学近くで起きた猟奇事件だ。路地裏に頸動脈から血を流した貴婦人の遺体が転がっていた。最初は凶器は鋭利な刃物だと思われたが、獣みたいなものに食いちぎられたようだった。

 鞍馬や鳥辺野などの山奥ならいざ知らず、現場は京都市内だ。捜査は暗礁に乗り上げた。


 若菜は苛立ちを隠そうとせず、激しく視線を投げつけたが、やがてその場を去っていった。


 塁は彼女の背中を見送った後、深い溜息をつき、再び事件に集中しようとした。彼の心の中には、梨花への信頼とともに、かつての京子との記憶が交錯していた。京子のような情熱的な女性に再び惹かれることはもうないだろう、と自分に言い聞かせながらも、どこか心の奥底でその感情が燻っていることに気づいていた。


 その夜、塁は初恋の甘くも苦い記憶と共に、事件の解決に向けて再び歩み出したのだった。


 塁は大学時代の思い出を振り返ることがあった。特に強く記憶に残っているのは、彼と京子、そして仲間たちとの奇妙で恐ろしい出来事だった。


大学時代、塁は同級生の京子と仲が良かった。しかし、徐々に京子の様子が変わり始めた。彼女は塁に対して強い執着を見せ、誰かが塁に近づくと、激しい嫉妬の炎を燃やすようになった。そして、ついに京子は「嫉妬の鬼」と化し、理性を失って塁とその仲間たちを襲い始めたのだ。


京子はその嫉妬心から異様な力を手に入れたかのようだった。彼女の目は狂気に満ち、力も人間離れしていた。ある夜、塁たちは廃墟となった旧校舎に追い詰められ、京子との決闘に挑むことになる。暗闇の中、月明かりが差し込む廃墟で、塁と仲間たちは命がけの戦いを繰り広げた。


京子は、まるで鬼神のような動きで塁たちを次々に攻撃してきた。だが、塁は勇気を振り絞り、仲間たちと共に京子を倒すことに成功する。戦いが終わったとき、彼女は静かに倒れ、その狂気も消えていった。


京子との決着をつけた後、塁たちは廃墟の奥深くで奇妙なものを発見する。朽ちた壁の裏には、古代から隠されていた秘密があったのだ。それは、不老不死の力を与えると言われる伝説の「不老の実」であった。実は小さなオリーブのような形をしており、神秘的な輝きを放っていた。


塁はその実を手に取り、複雑な気持ちで見つめた。不老の実は永遠の命をもたらすと言われていたが、果たしてそれは祝福なのか、呪いなのか、塁は深く考えざるを得なかった。


大学時代のこの出来事は、塁にとって一生忘れられない体験となり、彼の運命を大きく左右することになるのだった。



 

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