第32話 凄惨な事件

 翌朝、塁と梨花は蜘蛛の肉で少し回復した体を引き締め、新たな目的地へ向けて旅を続けていた。目的地は、猿楽という名の男が住む屋敷だった。彼はかつての戦いで助けを求めてきた協力者であり、古い知識と魔術に精通していると聞いていた。


「猿楽の力があれば、次の敵に対抗するための情報が得られるかもしれない」塁は希望を抱きつつ、歩みを進めた。


 梨花も同意しながら、「彼の屋敷に着いたら、まずはしっかり休んで、情報を集めましょう」と前方を見据えていた。


 やがて、二人は深い森の中にひっそりと佇む屋敷に到着した。外観は古めかしいがどこか重厚感があり、奇妙な静けさが漂っていた。門をくぐり、屋敷の中に足を踏み入れると、迎えに出た使用人が二人を案内した。


「猿楽様はまもなくお越しになります。どうぞ、奥の部屋でお待ちください」使用人は低い声で丁寧に案内し、奥の部屋に導いた。


 二人が部屋で待っていると、屋敷全体に妙な不気味さを感じ始めた。周囲は静まり返っており、ただ時計の音だけが響く。梨花が少し落ち着かない様子で、「何だか、少し気味が悪いわね…」と呟いた。


 その時、突然どこかから悲鳴が聞こえた。二人は立ち上がり、音のする方へ急いだ。


「何が起きたんだ?」塁は焦る気持ちを抑えながら廊下を駆け抜け、悲鳴の元へ向かった。到着したのは屋敷の広間で、そこで目にした光景に二人は息を飲んだ。


 床には、血にまみれた男が倒れていた。その傍らには猿楽の屋敷の使用人たちが震えながら立ち尽くしていた。


「…殺人事件だ…」梨花が青ざめた顔で呟いた。


 倒れている男は、この屋敷の客であることがすぐにわかった。しかし、なぜ彼が殺されなければならなかったのかは謎だった。


 広間での惨劇から数時間後、塁と梨花は猿楽の屋敷の客室に集められ、捜査を進めていた。猿楽は落ち着いて状況を見守りながらも、どこか冷徹な雰囲気を漂わせていた。


「裏切り者がいる…と猿楽は言ったが、今のところ手がかりは少なすぎる」と塁は考え込んでいた。梨花も神経を研ぎ澄ませていたが、不穏な空気が屋敷全体に漂い始めていた。


 その時、再び悲鳴が屋敷内に響き渡った。二人は素早く反応し、音のする方へ駆け出した。今度は屋敷の別の部屋、狭い廊下に面した一室だった。


 扉を開けると、またもや恐ろしい光景が広がっていた。今度の犠牲者は猿楽のもう一人の客、彼は首に巻かれた縄で絞殺され、床に倒れていた。


「また…殺人だ…」梨花が息を詰めながら言った。


 塁は周囲を見回しながら、犯行の痕跡を探したが、手がかりは少ない。犯人がこの短時間で二度も犯行に及ぶとは、予想外の展開だった。焦る気持ちを抑えながらも、塁は冷静に次の一手を考え始めた。


「二人目が殺された…この屋敷の中にいる誰かが犯人に違いない」塁は梨花にそう告げ、次の動きを検討していた。


 だが、その時、三度目の殺人が起こることなど二人はまだ知らなかった。


 第三の犠牲者の遺体は部屋の中央で倒れており、頭部は鈍器で激しく殴られ、血が周囲に飛び散っていた。彼は猿楽の屋敷の使用人で、部屋の清掃をしていた最中に襲われたようだ。


「くそ…」塁は苛立ちを隠せず、額に手を当てた。「この短時間で三件目の殺人。犯人は一体どこにいる?」


 梨花は周囲を警戒しながら、小さな声で問いかけた。「塁、どうする? 今のところ目撃者も手がかりもない。次は誰が狙われるかわからないわ…」


 その時、屋敷の外から足音が聞こえ、検非違使の監物が数人の部下を引き連れて駆けつけてきた。彼らは猿楽の屋敷に入ると、厳しい表情で場を見回し、犯行現場を確認した。


「このような凶悪な事件が立て続けに…許されることではない」監物は怒りに震える声で言った。「今夜中に犯人を見つけ出す。誰もこの屋敷から出ることは許されん」


 塁は彼らの捜査に協力しつつ、別の視点で事件を捉えようと試みた。三つの事件はすべて短い間隔で起こり、犯人が一人で行動しているとは思えなかった。だが、いくつかの細かい共通点に気がついた。


「全ての犯行現場にはある特定の物が残されている…」塁は一人ごち、梨花に向けて言った。「絞殺された犠牲者の近くに、あの古い彫像があった。そして撲殺された者の部屋には、同じようなものが配置されている。」


 梨花はそれを聞いて目を見開いた。「まさか…その彫像に何か秘密が?」


 塁は頷いた。「犯人は、この屋敷に隠された何かを探している可能性が高い。犠牲者たちは、その秘密に関与してしまったために命を奪われたのかもしれない」


 塁はさらに屋敷の奥へと進み、監物たちとは別行動を取ることにした。梨花と共に、彫像にまつわる手がかりを探りながら、事件の核心へと迫る。


 やがて、塁はある一室で見知らぬ人物と対峙した。彼は屋敷に仕える書記官で、緊張した様子で塁を見つめていたが、その目には何か狂気が潜んでいた。


「お前が犯人だな?」塁が問い詰めると、書記官はかすかに笑みを浮かべた。


「そうさ…だがもう遅い。真実を知りすぎた者たちは消えてもらわなければならなかった。猿楽の秘密を守るためにな…」


 塁は冷静に相手を見つめた。「その秘密とは何だ? そして、どうして三人もの命を奪う必要があった?」


 書記官は一瞬沈黙し、その後低い声で呟いた。「猿楽は…あの彫像の力を使って、この屋敷を支配している。その力を手に入れるためには、犠牲が必要だった」


その言葉に梨花も驚愕した。「まさか…そんなことが…」


 塁はすぐに手元の武器を構え、書記官に詰め寄ったが、彼は突如、自らの胸に隠し持っていた短剣を突き刺し、命を絶った。


「くそ…!」塁は叫びながら、倒れる書記官の元へ駆け寄ったが、すでに手遅れだった。犯人は自ら命を絶った。










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