第27話 道満の末裔

 その夜、塁と梨花が静かに平安京の古い街道を歩いていた時、空気に異様な気配が漂い始めた。微かな風がざわめき、月明かりが一瞬陰るような感覚が走った。


「何か…来るわね」と梨花が立ち止まり、険しい表情を浮かべた。


 塁もすぐにその気配を感じ取り、手を金将の駒に触れた。辺りの静寂を破るように、遠くから足音が響いてきた。それは、一歩一歩、彼らの方向に近づいてくる。


「誰だ…?」塁が周囲を警戒しながら低く呟いた瞬間、影が街道の先に現れた。


 その影は、一人の男の姿だった。身長は高く、黒い装束に身を包み、鋭い眼差しが二人を捉えていた。彼の背後には、妖しげな霧が立ち込め、何か異様な力が渦巻いているのを感じた。


「私は蘆屋道満の末裔、蘆屋涼。お前たちに用がある」その男は冷たく口を開いた。


「蘆屋道満…!」塁はその名前を聞いて、すぐに戦慄した。蘆屋道満は平安時代に活躍した陰陽師で、彼の名は恐ろしい呪術と妖術で広く知られていた。陰陽道の強力な力を操る一族であり、その末裔が目の前に現れるとは予想外だった。


「なぜ私たちに?」梨花が睨みつけながら問いかける。


「お前たちが持っている力、特にその金将の駒だ。私の一族が長きにわたり追い求めてきたものだ。今こそ、その駒を返してもらおう」と涼は冷酷に告げた。


 塁は金将の駒を握りしめ、その意味を問い直すように見つめた。まさか、この駒が蘆屋道満の一族にとっても重要なものだったとは知らなかった。


「この駒は、俺の師匠が授けたものだ。誰にも渡すつもりはない!」塁は毅然と答え、金将の力を解放する決意を固めた。


「そうか…ならば力づくで奪い取るまでだ」涼の目が鋭く光り、彼の周囲に異様な霧が渦巻き始めた。突如、彼の周りから妖しい力が放たれ、闇が広がっていく。


「梨花、準備しろ。ここからが本番だ」と塁は彼女に声をかけた。


 涼の目が妖しく光り、彼の周りの霧が一層濃くなっていく。塁は金将の駒を握りしめ、その力を感じながら構えた。梨花も静かに気を整え、涼の次の動きを警戒していた。


「行くぞ…!」塁が叫び、駒の力を解放すると、周囲に金色の光が迸り、彼の身体を守るように輝いた。それはまるで甲冑を纏った戦士が降臨したかのようだった。涼は一瞬、目を細めたが、すぐに冷たい笑みを浮かべた。


「その力、やはり只者ではないな。しかし、俺の霧の中では無力だ」涼が指を一振りすると、濃密な霧が二人に襲いかかり、視界を遮断した。霧の中、塁と梨花は互いに見えなくなり、涼の存在すらも曖昧になる。


「くそっ…!」塁が辺りを探るが、霧は冷たく、手応えがない。だが、その時、背後から突然、冷たい刃が塁に向かって襲いかかった。


「塁、気をつけて!」梨花が叫んだが、彼女の声も霧にかき消されるように遠のいていく。塁は金将の力で刃を防ごうとするが、涼の動きは速く、完全には避けきれなかった。


「この程度か?」涼の声が響き渡る。彼の姿は再び霧の中から現れ、塁の背後に立っていた。涼の刃が再び塁に迫ろうとしたその瞬間、何か異変が起きた。


「…!」涼が一瞬動きを止めた。塁もその異変に気付き、涼の表情を見た。


「まさか…お前…」塁は驚きと共に涼を見つめた。その目には確信があった。涼の動きに、何か違和感があったのだ。


「貴様、蘆屋道満の末裔ではないな…!」塁が指摘すると、涼の顔に薄い笑みが浮かんだ。


「気づいたか…。そうだ、俺は蘆屋道満の末裔ではない。だが、その力を得るために、お前たちの駒が必要だ」涼の声は一層冷たくなり、その正体が明らかになる。


「全ては俺が蘆屋の力を継ぐための…手段に過ぎない」


涼は一族の名前を騙り、金将の駒を狙っていたに過ぎなかった。その目的は、陰陽道の力を自分のものにすることだったのだ。


「許さない…!」塁が怒りに満ちた声で叫び、再び金将の力を放とうとした。しかし、涼の妖術は強力で、彼の身体は徐々に霧に飲み込まれていく。


「これで終わりだ」涼が勝利を確信し、刃を振り上げたその瞬間——


「待て!」声が響き渡り、数人の武装した男たちが街道に現れた。彼らは平安京の治安を守る検非違使だった。隊長らしき男が涼に向かって鋭く命じた。


「ここでの戦闘は違法だ!すぐに手を引け!」


 涼は一瞬驚き、後退したが、既に遅かった。検非違使たちは素早く涼を取り囲み、その動きを封じた。


「くそ…!」涼は悔しげに歯を食いしばりながら、霧を消し、やむなくその場から退却していった。


「助かった…」塁は息を整えながら、梨花に目をやった。彼女も無事だった。検非違使の隊長が近づいてきて、二人を安心させるように微笑んだ。


「危なかったな。だが、これで安全だ。蘆屋道満の名を騙る者には、我々が追跡の手を伸ばす」


 こうして塁と梨花は命拾いし、蘆屋道満の一族に関わる危険な陰謀の一端を垣間見ることとなった。だが、駒を狙う者たちが今後も現れることを、彼らは既に感じ取っていた。






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