第26話 金将☗

 塁が戦いの余韻を感じながら深い呼吸を整えていると、仲間たちの歓声が耳に届いた。梨花は、傷ついた体を抱えながら彼のもとに駆け寄り、安堵の涙を浮かべた。


「塁、よくやってくれた。本当に……ありがとう」と梨花は震える声で言った。


「終わった……のか?」塁は問いかけるように辺りを見渡した。右京が消え去り、森の中に漂っていた重い空気も少しずつ晴れていくように感じた。


 だが、その安堵の一瞬は長くは続かなかった。突然、森の静寂を破るように、不吉な噂が二人の耳に届いた。


「おい、聞いたか?あの偽医者の話……」


 近くで話していたゴロツキの一人が、崖の上から降りてくるのが見えた。彼は仲間と共に、梨花たちが立ち去る気配を感じて追いかけてきたらしい。


「偽医者だって?」塁が険しい表情で問い返した。


「そうさ、最近、このあたりで患者を救うふりをして、逆に命を奪うやつがいるって話だ。町ではやたらとその話で持ちきりだぜ。『死を与える医者』って呼ばれてる」ゴロツキは薄笑いを浮かべながら言った。


 梨花はその言葉に鋭く反応した。「それは……若菜を襲った闇と関係があるの?」


「さあな。ただ、そいつはどこからともなく現れて、患者を言葉巧みに信じ込ませて、治療と偽って命を奪ってるらしい。しかも、その医者を信じた者は、最終的に行方不明になるって話だ」


 塁はゴロツキの言葉を聞きながら、すぐに何かを察した。「その医者が暗躍しているのは、この森の周辺か?」


「いや、主に町中だってさ。ここから少し離れた病院でも、奇妙な死が相次いでるらしい。俺たちはそんな話を聞いてここに来たんだが……」ゴロツキは途中で言葉を濁した。


「その医者……ただ者じゃないな」と塁は呟いた。


「梨花、もし若菜に関わる何かがこの医者と結びついているなら、俺たちは見過ごせない。今すぐに町へ向かおう」


 梨花は黙って頷いた。若菜の命を救ったものの、心の奥に不安が残っていたのは確かだ。そして、その不安が新たな陰謀に結びついている可能性があると感じ始めた。


「その医者、必ず見つけ出して止めなければならないわ」と梨花は強い決意を込めて言った。


 二人は再び立ち上がり、町へ向かうために森を後にした。貴船の森の静けさの中、彼らの足音が次第に遠のいていった。だが、彼らが知らないところで、偽医者はすでに次の計画を進めていた。


 塁と梨花は、戦いの後、静かな森を抜けて平安時代の雰囲気が色濃く残る古い街道を歩いていた。月明かりが二人を照らし、静かな夜の風が過ぎ去った戦いの余韻を吹き飛ばしているかのようだった。二人の間には、言葉では言い表せない深い絆と安心感が流れていた。


「今日は、なんだか不思議な夜ね」と梨花が微笑みながら言った。「まるで時間が止まったような気がするわ」


塁は梨花の横顔を見つめながら、ふと昔の記憶が蘇ってきた。それは、彼が金将の駒を手に入れた時のことだった。塁にとって、その駒は単なる将棋の一部ではなく、力と責任を象徴するものだった。


 それはある日の夕暮れ、平安の時代に生きた一人の戦士が、古びた寺の一角で師匠から渡された金将の駒だった。


「塁、お前にこの駒を授ける」と師匠は厳かに言いながら、金色に輝く駒を差し出した。


「これは…」塁は戸惑いながらも、その駒に何か特別な力が宿っていることを感じ取った。手に取ると、駒の冷たい感触が彼の指先に伝わり、同時に心の中にある重みも感じた。


「この金将の駒は、単なる駒ではない。それは、守る者としての力を象徴している。お前は、これを持つにふさわしいと私は信じている」


 塁は、その時の師匠の言葉が胸に深く刻まれていることを思い出した。その駒は、彼にとってただの道具ではなく、戦士としての道を歩む上での誓いの象徴だった。彼は、それ以来、誰かを守るためにその力を使ってきた。


「塁、どうしたの?」梨花が塁の腕を軽く引っ張り、彼の思考を現実に引き戻した。


「いや、少し昔のことを思い出していたんだ」と彼は笑みを浮かべながら答えた。「昔、師匠から渡された金将の駒のことをな」


「金将?」梨花は首をかしげた。「それって将棋の駒よね?」


「そうだ。ただ、あの金将は普通の駒じゃない。師匠から受け取った時、それはまるで自分に何か重大な使命が与えられたように感じたんだ。仲間や大切な人を守るために使う力だ、と」


「それって、今の私たちにも通じるわね」と梨花は優しく笑った。「私たちも互いを守りながら、これからも戦っていくんだから」


 塁は彼女の言葉に頷き、もう一度自分の使命を思い出す。自分に与えられた力は、ただの力ではない。それは、誰かを守るため、そして平和を取り戻すために使われるべきものだと。


 二人は手を取り合い、再び歩き始めた。彼らの行く先には、まだ見ぬ未来が広がっていたが、共に立ち向かう覚悟は固まっていた。


「さあ、行こう。これからも一緒に戦っていこう」と塁が前を見据えて言った。


「うん。どんな困難があっても、私たちはきっと乗り越えられる」と梨花も力強く答えた。


 その夜、二人の決意は月明かりの下で静かに輝いていた。




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