ビューティフル
僕のため それだけ それだけだったんだよ
涙流し やっと生まれた言葉
どこかで同じように ヒリヒリする胸抱えて
震える君に 僕もいる 叫ぶよ
迷い星のうた
「……
知ってるかもですけど。アムは、応援してくださる皆さんのことを迷い星さんって呼んでます。わたしみたいに、夜の中で星座からはぐれた星みたいな人がいるんじゃないかって思って……そういう人に届くようにって思って、うたってるつもりです。でもそれが、もう3,100人になりましたっ。たぶん、ちょっとしたプラネタリウムだって作れちゃいます。一年でこんなに……。だから、本当に、ありがとうございます。
今日は一周年記念のスペシャル弾き語り枠です。一時間のライブステージと思って、わたしにとって大事な曲を詰め込んだセトリにしてきましたっ。豪華ゲストも来てくれるみたいなのでっ、楽しんでもらえたら嬉しいです。じゃあ、次の曲……」
アムの一周年記念配信は、ライブ形式の弾き語り枠だった。
一時間というコンパクトな尺は、おそらく改めての自己紹介配信という意味合いもあるのかもしれない。普段は異様なほどの捕捉率でコメントに反応するアムだが、今回はそれができないと事前に断っていた。その代わりに振り返り配信を後日行うので、お祝いの言葉はマシュマロ──匿名のメッセージ送信サービス──で送ってほしいとも。
僕はこのマシュマロの文面をここ一週間ほどかけて推敲し、煮詰めに煮詰めた。文字数上限は千文字だけど、いっぱいまで書いたら引かれないか? 独りよがりでなく、反応しやすい言葉は? どうせなら他の常連よりも印象に残る言葉を送りたい。皆は何を書いてくる?
書きながら、僕がアムを知ってからまだ三ヶ月程度なのだということが改めて思い起こされた。結局のところ、お金をかけようが、熱意があろうが、過ぎた時間は買えない。取り戻せない。VTuberの主戦場は生配信だ。Vはそこにこそ自身の存在価値を賭けている。
同じ瞬間は二度と来ない。かけがえのない、またとないこの時を交わし合うこと。僕がともにできなかったアムの時間というものを思うと、埋めがたい寂しさが胸に生まれてくる。でも、時間はこれから重ねていける。いまはそれで充分と思うべきだろう。
その夜、アムは一曲一曲を大切に歌った。ミスはなかった。きっと練習を重ねてきたのだろう。アムは普段の弾き語り配信のとき、セットリストを事前に組んだりしない。その場の流れというものに合わせて即興で曲を選んでいく。本棚からなんとなく詩集を抜いて読み始めるように。
「うろ覚え」だとか「初めて演る」だとか言って、つっかえながら演奏することもある。そういうとき、歌い終わりにアムは「裏で練習してリベンジする」などと言う。それから言葉の通りに、何週間かしてから同じ曲を演奏する。完成度はいつも見違えるほど高くなる。
ふだん「うたいたいからうたいます」なんて言うけど、アムはいつも真面目に、ひたむきに努力を重ねていた。きっと音楽が心から好きなのだ。
僕は、今日のためにアムが重ねた時間のことを思った。
五曲を演奏し、枠の半分を過ぎたところで、ゲストの時間になった。
ドレープを幾重にも重ねたような黒いドレスと、星の散りばめられた濃紺の長髪。アバターの見た目から年齢を測ることにさして意味はないが、アムより幾分か歳上に見えた。海ほたるはアムがかつて所属していた〈コンステラシオン〉の元メンバーの片割れだ。アムと同じく、個人Vとして活動を続けている。
「アムちゃん、一周年おめでとっ。てか、あたしも初配信は一週間しか変わらんから、来週一周年なんだけどね。いや、あたしたちよくやってると思うよ。なんか、こう……いろいろあったしさ。って、その話は今はいいか。……そうだな、今日しようと思ってた話があって……〈コンステラシオン〉の顔合わせでアムちゃん初めて見たとき、え、大丈夫なんかな? って思ったんさ。なんか小動物みたいなの来たなって。Vって結構メンタル土方みたいな面あるしさ」
ほたるは上品な見た目とギャップのある蓮っ葉な口調で喋った。アムは自分の過去のことを話されるのが恥ずかしいのか、狼狽えて視線を彷徨わせている。
「でも、配信のリハーサルのときに歌ってるの見たら……うお、なんやコイツ、やばっ、ってなったんさね。いや、いい意味で。いい意味でね。食らっちゃったわけ。あたしも歌はちょっと自信あったから、尚更。そんなんだったから、グループ解散するってなったとき、一番に思ったのは、アムやめないでくれ~~ってことでさ。もっとデカくなってもらわなきゃ困るよって。そしたらあたしが最古参ですけどって自慢できるから。はは。……だから……なに言いたいのか分かんなくなったけど……アム、続けてくれてありがとね。あたしもやってくからさ。互いに頑張ろね」
その言葉に感極まったらしいアムがミュートで三分ほど喋らなくなり、ほたるがアムのおもしろエピソードで場を繋ぐという一幕があったが、なんとか持ち直してデュエットで二曲を披露した。
その後、記念グッズとしてアクリルスタンドとクッションの販売を始めるとの告知があり、僕はもちろん即座に販売サイトから一点ずつ予約注文した。
アムは、最後の曲です、と断ってからヨルシカの「斜陽」を静かに弾き語り、配信のエンディングBGMに乗せて言った。
「今日はありがとうございましたっ。わたしも、うたっててすごく楽しかったです。それで、以前の配信でも言ったんですけど……来週、今日の一周年の、振り返り配信をしますっ。そこでは頂いたマシュマロとか、皆さんのコメントと一緒に盛り上がりたいです。それで、せっかくなので……はじめての飲酒配信にしたいと思ってますっ」
え? 何だって?
聞き間違いか?
いや、確かにアムはこう言った。飲酒配信。
それから程なくしてアップされた翌週の予定にもはっきりと【一周年振り返り! 初飲酒配信】とあって、僕の動揺は大きくなるばかりだった。飲酒配信。その言葉のどこか淫靡な響きに、危うさしか感じなかった。常連の皆は何も思わないのか。そう思って「近江アムア」で検索してXを巡回してみたが、特に咎めるような言葉はない。それどころか、楽しみだとか期待するようなポストがちらほらある。それを見て分かった。
こいつらは、あられもなく酔ったアムの姿に期待している。アムが何かやらかすかもしれないというスリルを楽しむつもりでいる。
なぜ分かるのかと言えば答えは単純で、僕も同じだからだ。自分の心の奥にもそういう汚い好奇心があることを否定し難かった。それは自分でも見つめるのがつらい領域だった。
もう飲まずにはやってられない。振り返り配信の当日、僕は普段飲まない酒を買って仕事から帰った。七五〇ミリリットル二,二〇〇円の地ワインだった。
配信は土曜の二十一時から始まった。普段より少し遅い時間だ。客商売なので僕には翌日も仕事があったが、今日ばかりはどこまでも付き合う心づもりだった。
開始予定時間から五分ばかり遅れて現れたアムの姿に、まず意表を突かれた。
トレードマークのキャスケットこそ頭に乗っているが、その下はいつもの外套姿でなく、Tシャツにデニムのオーバーオールのリラックスしたスタイルだ。そして、胸に抱えているのはいつものブルーのギターでなく、酒瓶だった。
アムは普段の配信のように僕らの名前を一人ずつ呼び、その中で間違えて僕の名前を二度呼んだ。いつもならそれだけで充たされた気分になるところだが、今日はこの後の配信がどうなるのかという不安で気が気じゃなかった。
〈新衣装?〉
〈飲酒形態?〉
「えーと……、あ、そうですっ。皆さんお気づきのように、新衣装作ってみましたっ。楽に過ごせる衣装で……帽子はそのままですけど」
〈帽子が本体だもんね〉
アムは相変わらずコメントを細かく拾う。いつも通りのやりとりだ。僕もひとつコメントしてみる。
〈てか一応言っとくけど、地球じゃ未成年は法律で飲酒できないんだよね。残念だけど〉
「あのっ、わたしは一応この前成人しましたからっ。立派な大人ですよっ」
俄かには信じ難かった。というか、新成人ってことか? 十コ以上下ってこと? 大丈夫か? これ、本当に無料? 僕の方が何かの法律に引っ掛かったりしないか?
〈飲酒自体はもう結構してたりする?〉
「それはもう、ばっちり飲んでますよっ。二度ほどっ」
不安しかなかった。
そんな僕の思いを余所に、その時はやってきた。
「じゃあ、あの、早速なんですけどっ。乾杯したいと思いますっ。皆さんも手元に飲み物あったら、一緒にお願いしますっ」
〈ちなみにお酒は何持ってきたの?〉
「あ……そうでした。言ってませんでしたっ。お恥ずかしい……」
〈酒は逃げないから落ち着けw〉
「今日持ってきたのは三つあって、ひとつが「水曜日のネコ」。柑橘系の香りの爽やかで飲みやすいビールだそうです。次が「軽やか仕込みの甲州のわいん」。かわいい瓶の白ワインで、すごく飲みやすいって書いてあります。それから、「信州ふるる りんご酒」。りんごのお酒ですね。後ろのふたつは、干し芋リストから送ってもらいました……こっそり追加したのに、すぐ送ってもらえてびっくりしました。ありがとうございますっ」
干し芋リストというのは、Amazonの「欲しいものリスト」のことだ。VTuberは大抵このリストを公開していて、ファンはプレゼントとしてリスト内の商品を贈れるようになっている。僕はといえば、そこまで気が回らずチェックしそびれていた。次回からは気をつけよう。
「そしたら、まずネコちゃんから……。あ、そだ、あれやったほうがいいですよねっ。マイクのノイキャン切って……えいっ」
かしゅっ、と小気味いい音が鳴る。次いで、とっとっ、とグラスに注ぐ音。少し遅れて炭酸が泡立つ音。
〈たすかる〉というコメントが並ぶ。
「あはは、お酒を注いで皆さんを助けてしまいました……。じゃ、気を取り直して。かんぱいっ」
〈KP〉やグラスを打ち合わせる絵文字がチャット欄に躍る。僕も手元のワインを開けてグラスに注ぎ、一口呷った。そこそこいい値段のするものだけあって、品の良い酸味と香りが口中に満ちる。
アムはマイクのミュートを忘れたまま酒を口にして皆を助けたりしながら、一周年の配信の内容について喋った。歌った曲たちへの想いや、難しかった部分、それから海ほたるへの感謝など。
そしてその時間がやってきた。
「皆さんからのお祝いのマシュマロもたくさん貰ってるので、読んでいきたいと思いますっ」
アムのことだから、きっと貰ったマシュマロはすべて読むはずだ。ということは、いつか僕の番も来る。自分の文章を読まれることなんて慣れていたはずなのに、手のひらに玉の汗が浮かんできた。
「えと、マシュマロは、こうやって……。あ、出ました。配信画面、出てますか? ……良かったです。そしたら、マシュマロ読んでいきますね。最初は……ん、〈アム、配信お疲れさま。初めてマシュマロを送ります。アムに初めて送るってことじゃなくて、マシュマロを送ること自体が初めてです。〉……わっ、初マロ、ありがとうございます! うれしいです。アムが初マロ……あっ、続き読まなきゃですよねっ」
口に含んだワインを噴き出しそうになった。言い回しが迂遠すぎないか悩みに悩んだ書き出し。最初に読まれているのは僕のマシュマロだった。いつもコメントで一緒に盛り上がる常連たちに聴かれていると思うと、猛烈な気恥ずかしさがこみあげてきた。当然そんな僕の気も知らず、アムは続きを読む。
〈……アムのことを初めて知ったのは、三ヶ月前、五月の弾き語り配信です。偶然フィードに出てきて、配信を開いたら、アムが歌ってました。崎山蒼志の「五月雨」です。いま思うと、その瞬間に僕はアムのファンになっていたと思います。
いや、ごまかさずに言うと……恥ずかしいことを言うからせめて笑わないで聞いてほしいけど……僕はアムの歌を聴いて泣いていました。
それから今日まで、アムの活動を見てきました。いつも楽しい時間でした。だから今日、アムにお礼を言いたくてこのマシュマロを書いています。
どう言えば伝わるのか、よくわからないけど、そうだな。
今朝、家から出たら玄関の前に小さな三毛猫がいて、僕に気づくとこちらに歩いてきました。頭突きするみたいに僕の足に頭を擦りつけて、体を当てながら、駐車場の向こうに歩いていきました。
仕事に行く途中、田んぼの横を通ったら、そこに立った竹の棒の先に赤いトンボが止まっていました。今年初めて見たトンボでした。
部屋の隅にずっと置いてあったギターに、最近また触るようになりました。何年か振りです。アムがうたった歌をいい曲だなと思ったとき、真似してうたってみたりしています。
久しぶりにバスに乗った日、雨が降っていて、雨音で眠くなってしまって目的地に着くあたりで目が醒めました。窓の外を見たら雨が上がっていて、二重の虹がかかっていました。
こういうことがあるたびに、アムのことを思い出します。アムの歌が耳の奥で聴こえるような感じです。ふだんコメントに書いたりはしないけど、今日は書きたいと思いました。
アム、いつも配信ありがとう。これからの活動も楽しみにしています。もうずいぶん長い手紙になってしまいましたが、最後にもうひとつ。アムがしたいと願うことや、なりたいと思う姿があるとして、それはきっと叶います。いや、必ず。必ずうまくいく。アムのいつもの頑張りを見ているから、それくらいは分かります。だから次の一年も、よろしくね。
一周年おめでとう。〉
僕のマシュマロを読み終わってから、アムはしばらく黙っていた。沈黙のあとに、ぽつりと言った。
「あの……御神楽さん、ですよね。分かりますっ」
こういうところだった。
マシュマロは匿名のメッセージサービスだ。でもそんなこと、アムの前では関係ない。アムはこれが僕の送ったマシュマロだということをたちどころに当ててしまった。まったく、敵わない。
「いつもコメントしてくれてるので……。ねこちゃんの話も、虹の話も、書いてくれてありがとうございますっ。あの、わたし、お母さんが料理に使った野菜の種を、部屋のベランダの植木鉢に植えたりするんです。それで、うまく育つときも育たないときもあるんですけど……この前、カボチャの花が咲いてたんです。黄色い大きな花です。カボチャの花って、朝の間しか咲かないんです。起きたらそれが咲いてて……それを見たときに、今日、うたいたいなって思ったんです。先週の弾き語り枠の日の話です。……あ、あはは、なんか、とにかく、そういう感じですっ。マシュマロ、ありがとうございました!」
〈文豪?〉
〈良いレシート〉
チャット欄に品評めいたコメントが流れてくるが、特に気にならなかった。
胸にすっと涼やかな風が吹いて、自然に手が動いた。
チャット欄の右側、紙幣を象ったアイコンをタップして、3,000、と数字を入力する。
〈マロ読んでくれてありがとうー! 長くてごめん! これからもアムの部屋の植木鉢でいろんな花が咲くといいね〉
コメント欄の流れが止まる。僕の初めてのスパチャだった。
アムに出会う前、いや、出会ってからも、スパチャにはずっと抵抗があった。アムの普段の配信ではほとんど、いや、まったくスパチャが飛ぶことがない。それがアムの配信の居心地の良さにつながっていて、そんな空気を壊すかもという考えが一瞬頭をかすめた。でもそんなことがどうでもいいと思ってしまった。できる限りの方法で感謝を伝えたかった。
「……えっ、え? あ、えっと」
〈ないすぱ!〉
アムの困惑に被せるようにコメント欄に〈ないすぱ〉のコメントを打ってくれたのは、きずおじだった。
「す、スパチャありゃとうごじゃ、噛んだっ。あ、ありがとうございますっ」
〈酒代浮いたな〉
〈酔いが回ったか?〉
アムの派手な噛み方にコメント欄は盛り上がり、配信の流れが戻った。僕はほっと息をつく。
〈一周年おめでと~~~~!!!!〉
と始まるシンプルなマシュマロもあれば、
〈『一周年は祝う』 『配信コメントではいじる』 「両方」やらなくっちゃあならないってのが 「プロアム虐民」のつらいところだな 覚悟はいいか? オレはできてる〉
とウケ狙いのマシュマロもある。
ただ分かるのは、いずれもこもった思いに違いはない、ということだ。
ここにいる皆、アムのことが大好きなのだ。
「あみゅぎゅ……あむぎゃく、って何ですか? 勝手に変な覚悟されても困るんですけどっ。でもっ、ありゃとうございますっ」
そう言ってからアムは「むくくく」と妙な声で笑った。
ずっと祝われたり褒められたりしているのが恥ずかしいのか、アムの飲酒は加速度的に進んだ。それに従ってだんだん呂律が怪しくなってきた。その舌っ足らずな喋りには蜜の焦げるような響きがあって、イヤホン越しに鼓膜がキャラメリゼされるようだった。
〈一周年、おめでとうございます。この一年で歌もギターもずいぶん上達しましたね。更なるチャンネル登録者増と活動の拡大を祈って、お祝いのマシュマロです。また素敵な歌、聴かせてくださいね〉
祝辞の電報か何かか? と思うような格式ばった真面目なマシュマロが読まれると、コメント欄に赤くハイライトされたコメントが現れた。
〈読んでくれてありがとうございます。改めて、お祝いです〉
10,000という表示。青薙のスパチャだった。
「わっわっわっ、赤スパ、ありがとうございますっ」
〈ないすぱ〉
〈ないすぱ!〉
スパチャは、金額によって色が変わる。赤は一万円以上の高額スパチャだ。もちろんアムの配信では初めて見た。また空気が凍りつくんじゃないかと思ったが、アムの酒が進んでいたせいか、流れが変わるようなことはなかった。
「あ……次、最後のマシュマロみたいですっ。たくさんありゃとうでした。わたし、こんなにマシュマロもらったの初めてですっ。最後は……えっと」
〈アムちゃ、アニバーサリーおめっとーーーー!
アム茶! アム茶アム茶アム茶!
江戸江戸江戸江戸参勤交代! 江戸江戸江戸!
乾杯! 乾杯! 乾杯! いま君は人生のーーーーっ!
めでてえ…めでてえよ!
いや真面目な話っさ、うちはアムちゃにいつも助けられてる。
うちは仕事ぜんぜん駄目で、間違ってるぞ直せ早くしろ辞めろよもうとか言われて、メンタルぐちゃぐちゃになってもう消えたかったけど、でもアムちゃに出会ったよ。
帰ったらアムちゃの配信があるって思ったら、がんばれてる。
配信おやすみの日は、次の配信の日まで生き延びるぞって思う。気合い入る!
朝ベッドから起きるとき怖くても、アムちゃのおはVにおはよーしたら、アムちゃすぐ返事くれるよね。おはようございます! って。名前も呼んでくれるよね。アムちゃに名前呼ばれて、うちはちゃんとここにいるって分かるよ。
ねえ、アムちゃがいるからうち、生きれてるよ。
こんなこと書いたら重いよね。ごめんね。でもアムちゃにはほんとのこと言いたいって思ったんだ。アムちゃは誰かを助けてる。それを伝えたいって思った。アムちゃ、いてくれてありがとう。生きててくれてありがとう。
あ、変な責任感じたり、無理に誰かを助けようとしたりしなくてだいじょぶだからね。アムちゃが生きてることが尊いんだよ!
いつも配信ほんとにありがとーーーー! 一周年、おめでとねーーーー!〉
呼吸の音。こくりと、飲み下す音。
マシュマロを読み終わったあと、アムは沈黙していた。
十秒か三十秒か一分か経って、ごそごそと物音がする。
び、び、と短く揺れる音。音がぐわんとたわむ。チューニングだ。
「あのぉ……きょうは歌うつもりなかったんですけど……お酒も飲んじゃったし。でも、やっぱり、一曲だけうたいます」
チューニングを続けながら、いつもより胡乱な口調で、でもいつもより強い意志を感じさせるような声で、アムは語りだす。
「キーが合わなかったり、むずかしくて、あんまり演奏しないですけど……わたし、結構好きなんですよね。サンボマスターさん。でも、陽気な音楽みたいに言われること多いですけど、そういうふうには思わなくて。うたってることは、すごく暗いって思います。むしろ……。
それで、サンボがうたおうとしてることって、ひとつだと思ってます。
このどうしようもない世界でも、君よどうか生きていて。
それだけをずっとうたってると思います」
感触を確かめながら編むように組まれたアルペジオに、ハミングが重なる。
繰り返すコードに乗せた声が言葉の体を成していく。
あのアムの独特の発声。静かに囁くように叫ぶその声でアムは歌った。
いったい誰が何のために
君のこと苦しめるこんな時代を作ったの
僕は必ず君のもとに駆けつけるよ
だからもう信じておくれ 君が美しいってこと
僕に叫ばせておくれ 君が僕の全てだって
君は美しい。君は美しい。そう繰り返して歌い終えたアムは荒く息を吐くと、そのままギターをかき鳴らし、言った。
「もう一曲うたいます! Omoiで、〈君が飛び降りるのならば〉!」
でもその演奏は二番のサビの手前で急に止まった。
「一階のお母さんからLINE来ました……もう遅いからやめなねって……あの、すみません、また来週の配信で」
そうやって、その日の配信は唐突に終わった。
歌詞引用
MyGO!!!!!「迷星叫」(2023)
サンボマスター「ビューティフル」(2012)
さよなら、オウムアムア エヮクゥト・ウャクネヵル・²テラピリカ @datesan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。さよなら、オウムアムアの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます