少女漫画のヒロインなんて柄じゃない
さらに女の子に囲まれるという漫画のような光景。だが、そちらは現実に起こり得ることだと薊は身をもって知っていた。なにせ、姉が超絶美人なもので。道を歩けば男に絡まれるので、追い返したこと数知れず。だから、ある意味慣れてはいる。でも、巻き込まれたくはない。薊はそっと踵を返した。ノートを買うのは後にしよう。
と、思ったのに。
「
お花畑の中心から声を掛けてくるお方がいるものだから、薊は叫ぶところだった。だぼついたパーカーの背中に、鋭い視線が突き刺さる。振り向くか。いや、聞こえなかったふりして立ち去ろう。一度止めた足を進ませようとすると。
――こんにゃろう。わざわざ追いかけて、私の腕を掴んで来やがった。
黒いキャスケットの鍔を下げ、歯を食いしばる顔を隠し、仕方なく薊は振り返る。爽やかな笑顔がムカつくが、相手は先輩。自制心を働かせる。笑顔にはしない。そこまでの義理はない。
「……なんですか?」
「何って、見かけたからさ」
用事はないんかい!
眦が吊り上がるのが抑えられない。丸眼鏡がうまく隠してくれているかもしれないが。
「でも、せっかくだからお昼ご飯を一緒にどう?」
薊は、ノートと一緒に昼食も買おうとしていたことを思い出した。が、すぐに空の彼方に吹き飛んだ。女子集団からさっきよりも激しい敵意が向けられる。もし今あの中に放り込まれれば、薊はたちまち丸太に括られて火炙りだ。
速やかに逃げるが吉。
「遠慮します」
「どうして? 君、今日は三限ないだろう?」
何故知ってる!? 鳥肌が立った。すわストーカーかと思ったが、なんてことはない。先週自分が暴露していたらしい。何してる自分。時よ戻れ。
「なによ。妹さんを助けたからってさ」
魔女狩り集団から、やっかみが飛ぶ。その通り。薊とこの人との関係は、実はその程度のものなのだ。
悠也と出逢ったのはその後。お礼を言われたとき。でも、何故かそれからこの人との遭遇率が上がって、微妙な顔見知りとなっている。
さて。とある女子のやっかみは悠也にも聞こえていたらしく、彼は少し眉を顰めた。何か言いたげにしていた。でも、何も言わず、代わりに親しげに薊の肩に手を置いた。ただの恩人じゃないよアピールのつもりかもしれないが、何してくれてんだこの人は!
「さあ行こう」
穏やかな中に有無を言わせぬ圧を感じて、薊は泣く泣く従った。このまま一人になれば、間違いなく処されるし。
スポーツカーに乗せられて、薊は死んだ目のまま駅前まで運ばれた。この辺りに良いイタリアンがあるとか。ちょっとおしゃれな庶民の店というレベル。高級店じゃなくて安心した。
トラブルで食欲は減衰していたので、薊はさっぱりとしたレモンのスパゲッティを選んだ。悠也はナポリタン。この店の看板メニューらしい。
「もうああいう風に絡むの、やめてくれません?」
オーダーを済ませた頃、薊は悠也を睨んだ。
「何故?」
「何故って……私たち別にそういう間柄じゃないでしょう」
薊にとっては、友人のお兄さん。悠也にとっては、妹の友達。お互いに、それ以上でも以下でもない。
「とにかく困ります。貴方と一緒にいると、不釣り合いだってバカにされるし」
「可愛いのに?」
はいはいお世辞ありがとー。そばかすだらけの平凡顔を捕まえて何言ってんだか。
溜め息を吐いている間に、スパゲッティが来る。レモンの酸味が身体に染みる。興奮も収まってくると、相手のことを思う余裕も出てきて。
この人もいろいろ大変なんだろう。外を歩く度に騒がれて。嬉しそうじゃないことは見ていて分かる。だから、本当は少し同情している。他の馬鹿な男のように切り捨てられないのも、その所為だ。
でもなぁ、とお節介と面倒事を秤に掛けていると。
「俺は、本気で君を口説いているんだけどな」
爆弾を落とされて、薊は頭の中が真っ白になった。レモンの皮を飲み込んでしまい、噎せる。
「……は? 口説く?」
「付き合って欲しいと思ってる」
顔を赤らめる、なんてベタな反応はできなかった。自分の耳じゃなく、相手の頭を疑った。ドッキリ? 虫除けのため? いや、どちらもあり得ない。東海林悠也はそんなことをする人物じゃない。
なら本気かと思うと、それはそれで頭が痛い。自分は恋愛に縁がないと思っていたので。まして、こんなイケメンに告白されるなど。
少女漫画的な展開は、薊ではなく姉のもので。恋愛も自分には関係ないものだと思っていて。異性に好かれる自分なんて、一度も想像したことがなかった。
だからなのか、薊の思考は空回って、おかしなことを口走る。
「まずはその、ピーマン
「え? ……あ」
悠也がフォークを握りしめたまま、硬直した。恥ずかしがりもしないのは、予想外のパンチに呆然としているからだろうか。
だけど、薊もさっきから、子どものようにこそこそとフォークの先でピーマンを皿の端に寄せているのが気になって。全く音を立てないものだから、妙に感心してしまった。育ちの良さスキルがそんなところに発揮されるのか。
ていうか、何故頼んだナポリタン。
「……その」
言い訳したくても言葉が出てこない。そんな感じで目を泳がせる悠也を見て、不覚にも薊は笑ってしまった。やはり悪い人ではない。お付き合いはともかくとして。
「まずはそのピーマン食べて。その後〝お友達から〟ですね」
悠也は天を仰いで肩を落とす。
いい気味だ、と薊はちょっと思った。
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