彼女を孤独から救うのは(提出版)
「おや、君、サボりかい?」
死神シックルが黒いTシャツ姿でぼんやりとビルの屋上の縁に座っていると、背中から声を掛けられた。振り向けば、神々しい金髪を団子にしたモデル体型の美少女がいる。名前は
「……違いますよ」
力なく答えると、ミヤネは首を傾げた。
「どうかしたのかい? そんな憂い顔で」
シックルは眼下の人混みを指さした。
「天使様なら分かりますよね」
うんざりするほどの人が行き交う中に、一人の少女がいる。特に目立つところのない少女だが、隣の天使もすぐに彼女を認知し、そして眉を顰めた。
「死に付き纏われているな。……呪いか。でも、同時に守られてもいる」
まさにミヤネの言う通り。彼女の周囲には、相反する二つの気配がある。一つは、ひと一人に付き纏い、手当たり次第に命を奪うような呪い。
「あんなものの所為で、彼女ずっとひとりぼっちなんですよ。それがもう可哀想で」
死神記録によれば、彼女――
孤独に生きているのが、あまりにも哀れで。
「どうにかしてあげられませんかねぇ……」
「いっそ殺してあげるのも一つの救済かもね」
天使らしかぬ発言だったが、死神に対する助言としては正しいものだった。シックルにできるのは、死を齎すことだけ。……でも。
「嫌ですよ。あの加護、彼女のお母さんのものですよ。あんなに綺麗なのに無駄にするなんて」
もう一つの気配。それは彼女の母親が命懸けで掛けただろう加護だった。それがまた、星が弾けたように美しくて。とても彼女の命を奪うことなんてできない。
「そうだね。〝リリー・ポッター〟に劣らない美しい愛だ」
ミヤネもまたそれを認めた。慈悲の父である神に仕える彼女は、愛というものへの関心が強い。だから彼女も、シックルの気持ちは分かってくれたらしい。
「しかしそれなら、君が友達になったらどうだ?」
予想外のことを言われて、シックルは凍りついた。
確かにシックルは死神なので、あの呪いが効くことはないけれども。
「無理ですよ! 彼女は人間、僕は死神ですよ!?」
「だからこそだ。ある意味死神にしかできない人助けじゃないか」
行ってきたまえ。そう言って彼女は立ち上がると、くるりと身体を反転させた。
帰る彼女の背を見送ったシックルは、しばらく考え込んでいたが、やがて決意を固めて立ち上がった。
「えっと、あの、すみません……」
地上に下りたシックルは、問題の少女が喫茶店に入ったのを絶好の機会と捉え、勇気を振り絞って芽芽音に声を掛けてみた……のだが。
勢いで突撃した所為か、うまく言葉が出てこない。
「……なんですか?」
「え、あ、その……えっと……」
シックルはあちこちに視線を走らせ、彼女が机に本を広げているのに気がついた。クロスワードだ。会話の糸口にならないかと開いたページを素早く読み取って、まだ埋まっていない箇所を見つけた。
「そこ、分からないんですか?」
「え? まあ……」
芽芽音は、疑いを抱きつつも本に視線を落とす。
タテのかぎの五番。ヒントは『明けの明星』。
「『ルシフェル』ですよ。神話系の用語で限定されているなら、それでしょう」
「……詳しいんですね」
「え、まあ……僕、〝メガテン〟とか好きなので!」
本当は死神の知識によるものだが、嘘は言っていない。
芽芽音は答えを書き込み、それからまた不審な目でシックルを見た。
「それで、なんですか?」
「その、お話しをしたくて……」
「すみません。そういうのは」
軽蔑の目を向けられる。ナンパかなにかだと思われているのだろう。心折れそうになるが、天使の言葉を思い出して、再び勇気を振り絞る。
「僕と、お友達になりませんか!」
道場破りに乗り込むような心構えで、シックルは頭を下げた。
「信じてくれないと思いますけど、僕、死神でして! あなたに掛けられた呪いは効かないんです! だから――」
シックルの言葉がすぼまる。シックルが言葉を重ねる度に、芽芽音の眉間の皺が深くなっていったからだ。
「お父さんとお母さんを連れていったのは、あなたなんですか?」
さ、とシックルの頭から血の気が引いた。それはそうだ。両親の死に直面した人間が、死神の存在を前にその可能性を思い浮かべないはずがない。
「違います! あなたのその呪いは、死神でも容認できないものでして!」
彼女の呪いは、無差別に人を狙い、絶望に叩き落とすことを目的としたものだった。そんなものは、秩序を齎すために命を狩る死神の道理に
「……だから僕は、死神としても、あなたを独りにした人を許せない」
半人前の死神でも、自分の仕事には誇りを持っている。死とは尊くあるべきだ。
「僕はあなたの助けになる。そして、僕は死にません。だから、僕とお友達になりませんか」
シックルの話を聞き終えた芽芽音は、半信半疑といった様子だった。それは死神云々の話が受け入れ難いというのもあるし――孤独な境遇が終わりを迎えることへの戸惑いもあるのかもしれなかった。
躊躇していた彼女が、口を開きかけたとき。
「なりたまえよ」
思いがけず第三者が入り込んできて、シックルも芽芽音もそちらを振り返った。
「天使様!?」
そこのは先ほど別れた天使が居て、シックルは目を丸くする。
「その男の手を取ると良い。彼は間違いなく君の助けになるよ。そして、魔法訓練校へ入るといい」
「……魔法訓練校?」
芽芽音だけでなく、シックルもミヤネの言葉に首を傾げた。
「さっきの〝リリー・ポッター〟で気づいたんだが、芽芽音君の母親には、魔法の素質があったんじゃないか? つまり、彼女にもその素質が引き継がれている可能性が高い」
「私が、魔法を……?」
死神、呪い、天使と続いて、自らも魔法使いと知って、芽芽音は困惑していた。彼女の反応には無理もないと思うが――。
それはそれとして。今、自分が勇気を振り絞って掴もうとした芽芽音に対するポジションを、この天使に横取りされそうになっているのは気の所為だろうか。
シックルの心配を余所に、ミヤネは芽芽音の肩に手を置き、実に頼もしい笑みを彼女に向けた。
「安心するといい。僕も君の友人となってサポートしよう。そしていつか、君をその呪いから解放しよう」
「……本当に?」
おずおずとミヤネの顔を覗き込む芽芽音が、完全にシックルを忘れてミヤネに心惹かれているのが、シックルには分かった。
このままでは、芽芽音の隣をミヤネに横奪されてしまう。
ずっと見ていたのは、シックルのほうなのに。
盗られてたまるか、とシックルは意地になる。
「僕も、僕も入りますよ! その魔法訓練校!」
はいはい、と挙手して、芽芽音とミヤネの注意を引き付けて。シックルは密かに対抗心を燃やす。まずは、芽芽音の同窓生という立場を確保して。
――いずれ彼女を助けるのは、僕だ。
※解説
〝リリー・ポッター〟
J・K・ローリング作「ハリー・ポッター」シリーズの主人公ハリーの母親。ハリーが赤ん坊の頃に亡くなる。邪悪な魔法使いの死の魔法から〝愛〟でもって息子を守った。ミヤネも一般教養として一通り読んでいる。
〝メガテン〟
アトラス社制作のRPG「真・女神転生」シリーズの略称。世界中の神や悪魔、妖精などを「悪魔」と呼称し、主人公の仲間や敵として登場する。当然その中に死神もいる。シックルの推しはアリス。
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