03 追放市民(公社立黒曜ノ声社会学校中等部二年生市場 秋葉視点)

 十一じゅういちがつ下旬げじゅん

 組石くみいしにはつめたいあめもって。

 通行人つうこうにんかさをさしながら、足早あしばやとおぎていく。

 でも、それは実際じっさいにはていない。テレビ画面がめんうつった「夕方ゆうがたまち風景ふうけい」だ。

 夕方五時ごじから、食堂しょくどうでは一台いちだいのテレビが解放かいほうされていて。自由じゆう視聴しちょう出来できる。

 夕しょくかんも、もく食がルールだけれど。

 食の時かんもテレビを視聴出来るのは、ありがたい。


 ぼくは、ぜん期末きまつ試験しけんまえじょう旬に中学校ちゅうがっこうてん校した。

 いまは、公社こうしゃりつ黒曜こくようこえかい学校中等部とうぶ在籍ざいせきしている。

 灰色はいいろへいかこまれた、社会学校のとなり併設へいせつされた食堂の二階にかいで夕食準備じゅんび手伝てつだいをしている。

 どこにでもあるようなYワイシャツにくろがくランをている。

 自分じぶんだけの制服せいふくではく、黒曜ノ声からのものだ。

 僕が九月からにゅう校した、それ以前いぜんざいせいも黒曜ノ声から借りていた。

 たんがたのため、たとえ中等部入学時からていても、最長さいちょう二年しかることがゆるされていない制服だ。



 あの。組石市内しないグループホーム見学けんがく魔術まじゅつ感覚かんかく統合とうごう教室きょうしつへの通所開始かいしの日。

 よる月森つきもりいえ救助きゅうじょに向かって。社会学校のある千家ちか市へもどるのがおそくなってしまったけれど。黒曜ノ声社会学校職員ぜん員からおこられなかった。ぎゃくに、「良いことをしたね」と、賞賛しょうさんされてしまった。


 僕は、月森の家の事件じけん発端ほったんとなった、「小船こふね 青良せいら」なんて、らないけれど。

 組石警察けいさつによる簡単かんたんな事じょう聴取ちょうしゅで聞いた情報じょうほうでは、もと迷声めいせい木目もくめ駅前えきまえせいだったそうだ。

 けい事さんにかお写真じゃしんせてもらったけれど、木目の王国おうこくでも、積木つみきどおりでも、見たことがかおだった。

 僕は小学校しょうがっこう一年いちねん生から、木目の王国のお世話せわになっていたが、全然ぜんぜん面識めんしきし。

 まあ、設が近場ちかばでも、利用りようしゃじゃないから、まったく話もしない。

 それで。

 その父親ちちおや分身体ぶんしんたいが、月明つきあかり地区ちく自宅じたく内で魔術事こした。そのせいで、避難ひなんしていた近隣きんりん住民じゅうみん逆恨さかうらみ。

 事故調査ちょうさや魔術解除かいじょ作業さぎょうあいだは、あの月森の家に避難するはずが。

 月森の家利用初日しょにちよるに、小船の父親ちちおやの分身体によって、住民が殺されかけた。

 彼等かれらをたまたま通りがかった僕がたすけたと言っても、過言かごんではない。

 うん。

 うっかり、「月森の家利用者をいのちがけで救助きゅうじょした功労こうろう者」ということになってしまった。


 まあ、ほとんどは暗黒ダークネスブラック……プッ。

 ヴィジュアルけいバンドの「鉄槌てっつい水銀マーキュリー馬車キャリッジ」のギター担当たんとう暗黒ダークネスブラックフォーリン天使エンジェルバビロニウス六世ろくせいこと。木目王国職員の細川ほそかわ先生せんせい大活躍だいかつやくしただけなのだけれど。

 フフフフフ。

 なんでも、むらさきがみの細川先生は、「白馬はくば王子おうじさま」のごとく、助けた小学生のおんなにつきまとわれているらしい。

 たしか、助かった貝塚かいづかすえっ子。しばらくは、くるま椅子いす生活せいかつになるってはなしだけれど。

 組石市は車椅子使用しよう者にもやさしいまちづくりだから。細川先生の勤務きんむさきである「木目の王国」と、組石中央ちゅうおう駅のバンドのためのライブハウス前でせしているそうだ。

 こいする乙女おとめは……。

 正直しょうじき言って、テロリストよりもすごい熱量ねつりょうで、魔術を修得しゅうとくして。意中いちゅうひととそうとする。

「それでは、夕食時間です。自分の指定していせきちゃく席してください」



 はぁ……。

 とおくからでも、おとうさんのたい内魔すい循環じゅんかんかんじる。

 そして、をつなぐか、うでむか。とにかく、密着みっちゃくしたひと気配けはいざっている。

 恋する乙女。

 まあ、恋するおねえさん……というか、おばさん、かな。

 おとうさんが、まさか「黒曜ノ声社会学校」をデートのさきにするとは思わなかった。

 おあい手はまた、学校教諭きょうゆでバツイチだろう。

 お父さんが気にらなければ、「すぐにわかれられる」ひと


 隔週かくしゅう土曜どようにちは、生一喜いっき一憂いちゆうする「面会日めんかいび」。

 明日あしたは日曜。

 僕の面会日にち時は、明日の午後ごご三時からいちかん

 黒曜ノ声社会学校一階いっかいには、じゅっしつの面会室がもうけけられている。


 二百めいの生徒は、つき一度いちど面会の権利けんりあたえられている。

 毎週まいしゅうではい。

 かく週といっても、三連休れんきゅう大型おおがた連休の週まつかさなった場合は、面会無し。これは、しょく員のふくこう生が優先ゆうせんされるからだ。


 おおくの生徒が保護ほごしゃと一時間の面会をする。

 僕は。

 じつは、「面会権凍結とうけつ生」だった。これは、保護者にたいして適切てきせつな魔術を使用し、保護者の自由じゆう権利を勝手かって制限せいげんしたからだ。いわゆる、「誘導ゆうどう洗脳せんのう魔術を使つかった非行ひこうしょう年」だからだ。

 今回こんかいの面会から。僕は人命じんめい救助きゅうじょ功労こうろう実績じっせきで、面会が試験しけんてき許可きょかされるようになった。

 たのしみ……なのかな。

 でも、緊張きんちょうする。

 だって、僕には「かれとおもって誘導魔術」をかけたにぎなかった。

 でも、なん週間も、「被害ひがい心情しんじょう共感きょうかんプログラム」を受講じゅこうしたおかげで。自分がとてもいけないことをしたのだと理解りかい出来た。そして、おとうさんにあやまりたい気持きもちでいっぱいになった。

 とうてい、ゆるしてもらえるなんて思って無いし。

 お父さんが「面会OKオーケー」にすぐ反応はんのうして、面会に来てくれるなんて、ゆめのようだ。

 お父さん、げん気かな。

 僕のことなんかわすれて、あのひととデートしているのかな……。

 そう思っていた矢先やさき、お父さんは女性同伴どうはんで、面会希望きぼうひかえ室に来てしまったようだ。


 日曜の今日きょうは。

 功労者実績を用して、お父さんとの面会も許可された。まあ、うれしかった。最初さいしょはね。

 もう、不機嫌きげんになるどころか。

 お父さんたちのせいで、ざい延長えんちょうになるんじゃないかと、ヒヤヒヤだ。


 もとかい護福施設しせつを利用した社会学校の校舎は、一階が教室・職員室・面会室。

 二階が作業部屋。

 三階と四階が寄宿きしゅくフロア。

 各階の部屋へや廊下ろうか・階だんなどには、手すりばかり。

 そういう名残なごり。……だけでは無い。

 かすかにのこる、「死」のにおい。


 面会開始かいし予定時こくの午後三時まで、あと五分ごふん

 五分前行動まえこうどう厳守げんしゅしている。

 生徒用面会控室内で、び出されるのをつ。

 面会希望者の控室からは、あらそう声もこえたけれど。


 お父さんが待つ面会室の「生徒用ドア」から入室。

 目の前には、透明とうめいいたと、パイプ椅子いすすわったお父さん。

 学校へ通勤つうきんするのと同じ、スーツ。

 でも、ほんのすこし……ふとった、かな。

 そして。

 お父さんにってからは、面会希望者控室かられていたおんなわめごえは聞こえなくなった。


「さびしい思いをさせてすまなかった……」

 お父さんはそう言って、あたまげてくれたけれど。おやとしてのほん心か、「教いく者として」なのか。よくわからない。

 小学しょうがっ校の先生せんせいおしたいして、あからさまに優先順位じゅんいをつけることをきらう。

 お気にりの子は何人なんにんか「同列どうれつあつかいはするけれど。

 まあ、そのお気に入りの子は、先生のお手つだいさんとして、学級がっきゅう運営うんえいうごいてもらえるように「そだてる」。


 おそらく、お父さんは今日の午前中に、楓池かえでいけ小学校三年一くみ児童じどうのお見舞みまいに行ったはずだ。

 たしか、台座だいざ大学だいがく病院びょういん

 れいの、木目もくめ王国おうこく利用者の「鈴木すずき えにし」。

 あそこの病院にって、はやめのおひるはんべて。

 そして、組石市いしし隣接りんせつする千家ちか市の社会学校までくるまで来たんだろう。

 休じつわすれて仕事しごと没頭ぼっとうする。それがお父さんの良いところであり、最あくなところ。


「ううん。

 お父さんはデートして再婚相さいこんあい手をさがしたかったんだし。

 楓池小学校の現場げんばも、テロリストがいて、大変たいへんだったんでしょ。

 さびしい思いはしたけれど。

 ここにいると、みんなたすけてくれるから。

嗚呼ああ、自分もだれかを助けたいな』って思うし。

 取り換えチェンジリングや誘導魔術はてん性のさいでどうしようも無いけれど。

 ただしく使っていきたい」

「……そんなにっているのか?」

「うん。

 あのテロのことは、テレビでも特集とくしゅうんでやってたもんね。

 新聞しんぶん雑誌ざっしむのも普通ふつうで、制限されていないよ。

 僕は直接ちょくせつ誰かに出血しゅっけつともなう、暴力ぼうりょくをしていないから。あまり、制限をけずに訓練くんれんを受けてるんだ」


 お父さんはかないかおをしている。

 というか、何かをなやんでいるようで。

 僕の予そうから何かがはずれているみたいだ。

「それに。

 めい公社から言われたんだ。

 僕の取り換えチェンジリングは、とっても良くないけど。

 鈴木 縁さんを守るのなら、やくてるべきだったって。具体ふたい的に言えば、『よわい人を守るために、転移てんいさせる』とかね。

 木目の王国で会った鈴木さんが、お父さんの受け持ちの児童だって、知っていたしね。

 ……そう。ちょっと、気になる子だったんだ。

 あの子、普通じゃないよね?」


「……」


 お父さんの表情ひょうじょう強張こわばった。

前日ぜんじつの夕方、木目の王国にあそびに行ったとき、かん内……一階をあん内したんだ。

 まあ、僕が不法侵ほうしん入でつかまっちゃったけど。

 僕よりヤバイ児童Xエックスにつきまとわれていた。

 お父さんが二人とも、担当たんとうしていたんじゃないよね?」

「……嗚呼。

 Xをこわがっていた三年一組のみんなべっとう校を希望したんだ。

 それで、お父さんはな、別室の……第三だいさん若葉わかばりん時担任をしている」


 日本魔術社会をさわがせた、「迷せい木目えき前校呪詛じゅそテロ」は害児童Xの治療ちりょうへい行して、しん拘束こうそくしたことで終結しゅうけつ宣言せんげんがなされた。

 ただ、「被害者は大人おとな一人ひとりと小学生二人ふたりの三人だけで、心ぱい停止ていし搬送はんそう」というすくない情ほうだった。


 迷公社関連かんれん事業じぎょう「迷声」は、魔術学習塾しゅうじゅく

 献進けんしん会や明快めいかい塾、Opalオパール Schoolスクールの塾講師こうしは組石市りつ小学校の先生とちがって、公員じゃない。

 でも、迷声塾講師は、迷公社関連事業職員。

 公社職員がみなし公務員として扱われるのと同じ。

 だから、あの被害人ずう発表はっぴょうおくには。

「みなし公務員一名」と。

 木目の王国という迷公社関連事業の「間・宿はく型学童育施設利用者二名」という意味いみかくされていた。

 けい三名が「心肺停止」で搬送されて。

 とくに。みなし公的施設を利用していた子どもには、同情がせられた。


 楓池小学校の担任は何をやっていたのか。

 加害児童Xの在せい校はすぐにとく定されてしまったけれど。

「前の担任の先生がアイツに殺されかけて、休職中」と三年一組の子たちがインタビューにこたえて。

 前の担任の先生への批判ひはんは、えた。

 ただ、校長先生の「別室登校による反省はんせいうながしてみる」やりかた。これは、ほかの子どもを危険きけんにさらしていたのは間違まちがい無くて。

 結局けっきょく玉浜たまはま先生の一件いっけんも。

「担任の先生への暴力問題もんだい」から、「公務員へのテロ行為」に変更へんこうされた。


 校長先生は、組石市教育委員会との者会見で。

「児童Xは十代じゅうだい未満みまんというていれいで、国立献げん社会学校への入校審査しんさも一度はちてしまった。

 国や組石市は、学校内で十分対おうが可能だと判だんした」と言いわけしていたけれど。


 さらに、組石市長は定れい記者会見とは別に、緊急の特べつ記者会見をひらいた。

「正しい教育は、日本にっぽん魔術社会・地域ちいき・教育関・家庭かていの連けいれてこそ。

 当がい地域では、Xによる加害事案が未報こくのままかさなっていました。

 多くの組石市民が『あく童』と揶揄やゆすることも出来ずにいました。

 それは、保護者をふくむ家庭が、おぞましい反社会市民の巣窟そうくつだからです。

 組石市は児童Xを追放ついほうみんにん定。

 および、Xの両親りょうしんじゅん追放市民、家ぞく・親族を反社会市民に認定しました」

 きざしから裁判所さいばんしょへ、「不ふくもうて」がされたけれど。

 それ以上いじょうに、事前じぜんに、「反社会市民を追放する市民だん体」からの抗議こうぎうん動で、裁判所は「不服申し立て」の権利を凍結していた。

 そのため、不服申し立ては受理じゅりされなかった。


 一時間の面会のあいだ、最きんのテロ関連のはなしをしていたら、わってしまった。

 夕方時。

 まあ、あたらしい恋人こいびとの話なんか聞きたくない。それが僕の、いま正直しょうじきな気持ちだから。

 お父さんもさっしてくれたんだと思う。

 そこへ入室して来た担当教かん湯上ゆがみ先生が「そのまますわったままで」と言うので、面会室にとどまることになった。

夕貴ゆうきさん、秋葉あきはくん

 仮退かりたい校のまりましたよ。

 まだ、一緒いっしょにはらせないけれど。

 年明としあけから、組石市のグループホームにうつることになりそうです。

 さい害とか、グループホームの退所者がスムーズに退所した場合ね。

 社会復帰ふっき訓練と、魔術感覚かんかく統合とうごう訓練を受けてください」


「……本当ですか!」


 お父さんはパイプ椅子から立ち上がって、よろこんでくれた。

「お父さんの夕貴さんが問題児・問題学級・問題校へそく派遣はけんされる、『組石市模範もはん教育導者』だから。

 息子むすこさんへの家庭内負荷ふかおおきかったというのも判断材料ざいりょうになりました」

「はははは。

 息子は思春ししゅんによくある、一過いっか性の反抗衝こうしょう動ですから。

 は良い子ですし、公立中学校へふく学しても、すぐ学年一位になれますよ」と言いながら。

「また、来る」とは約束やくそくしてくれず、ちくたびれた恋人と一緒にさっさとかえってしまった。

 そう、もう退校がまったから、「良い父親ちちおや」をえんじなくて良くなったんだ。



 面会が終了しゅうりょうしたのに。

 僕には急遽きゅうきょ、もう一件の面会もセッティングされてしまった。

 面会室では無く、校長室に呼ばれる。

 同じ一階でも、こちらは透明ばんも無いのは、入校時の挨拶あいさつをした場所だからおぼえている。

 そとの臭いをただよわせた人と対面するんだ。

 誰だろう?


 廊下では。

 湯上先生に、変に気をつかわれてしまった。

「お父さん、何もわかってくれないね。

 もうちょっと、やわらかくなってくれるかなって期待したんだけれど……」

「いえ、湯上先生。

 僕も気をつけます。

 どれだけ、ムシャクシャして、やるせなくても。

 Xみたいにはちたくありませんから」


「そんな気をつけ方しないで」


 湯上先生は今にもきそうな顔をした。

 ここは千家市だけれど、組石の悪童のことはみみに入っているだろう。


 ドアをノックして、校長室に入室した途端とたん

 そこへ見覚えのあるむらさきがみの人があらわれた。

 まあ、ほう問時の手荷物検にもつけん査で、シルバーアクセサリーは武器ぶきになるので、没収ぼっしゅうされたんだろう。

 ピアスも、はずれて、紫のかみくろ口紅くちべにを含むヴィジュアルけいバンド化粧けしょうだけが目っている。

「……細川ほそかわ先生?」

「黒曜OBオービーに見えるでしょ?

 かれね、組石市の公立台王高等こうとう学校そつ業生なんだよ」


 な、なんだって?

 僕の父は、台王高校のすぐ下に位する、市内で二番目にあたまが良いとされている、寒原かんばら高校出身しゅっしん

 ここ何十年も、高校のレベルはお互い、上下じょうげしていない。父より頭が良い……のか。

 どうみても、ヤンキーが多い火炎かえん業高校とか、市内の偏差へんさ底辺ていへんの高校卒業かと思ってた。

 人を見かけで判断しちゃいけない。

 嗚呼、細川先生がニヤニヤしている。

 僕のかんがえている「細川先生って、木目の王国につとめられるほど、迷公社にられるほど、良い学歴じゃないよね」に、気づいているだろうな。


 校長先生はパイプ椅子に座って。

 湯川先生と僕に、ソファーせきゆずって。細川先生と、らないおじさんと対面させる。

「市内で一番頭の良い子があつまる高校ですね。

 そんなガリべんが……どうして?」

「秋葉君が緊張きんちょうするのも無理むりないね。

 あのね、細川君が君のふく保護志願しがんしてくださったんだ」とニコニコ校長先生が笑顔えがおで教えてくれる。

「……校長、細川さんのお隣のかたは、どちらさまですか?」

「湯上先生もご存知ぞんじ無いんですか?」


めい そうもうします。

 迷公社組石支社の支社長です。

 あまり、おもて立ってうごかないんですが。

 年まつみんないそがしくて。

 それに、いそぎの知らせでしたから、細川君をれてんできました」

 きちんとしたスーツに、似合にあわない用の茶色ちゃいろいスリッパ。

 深緑ふかみどり色のスリッパは、面会希望者用。

 細川先生も明地支社長も茶色いスリッパをいている。

 これは、世間話やごく私的な話では無く。

「迷公社のゴリ押し支援だよ」ということなんだろう……。


 通しん端末の面に、グループホーム候補こうほ地の地がピン定されている。

 ピンのかずいつつ。

「秋葉君は年明としあけから、グループホームに入所します。

 細川先生は木目の王国職員を続けながら、バンドかつ動もします。

 担当保護司が別にいますけれど。

 副保護司がいる子は、二十二にじゅうに歳までの保護観察期間がみじかくなるんですよ」

「十はっ歳までの保護観察期間でくなる。四年も短縮たんしゅくされる。

 良かったじゃ無いか、市場君!」と社会学校の校長先生も目をキラキラさせて、喜んでくれる。


 でも。

 僕には、ここが一番落ちく。

 教の子どもとして、頑張って来た。

 片親かたおやの子どもとして、頑張って来た。

 父子ふし家庭の子どもとして、お父さんを尊敬そんけいして来た。

 いつでも、どこでも。


 だって。

 お父さんの寒原高校時代の学ゆう

 お父さんの大学時代の先ぱい・同期・後輩こうはい

 お父さんが今まで赴任した学校の人たち。

 お父さんの学校の人繋ひとつながりでひろがる教育業界関係者。

 お父さんが今まで担当した教え子たち。

 そういう皆に、僕は「お父さんの子らしいね」ってみとめられなくちゃいけない。

 婚したおかあさんそっくりじゃ、目なんだ。

 でも。

 それじゃあ。

 ビクビクしていなかったら、Xみたいになっていたのかな。


 支社長は校長先生と話があるみたいなので。

 僕は細川先生をお連れして校長室を退室して、正門せいもんちかくまでお見おくりすることになった。

「……細川先生。

 日本魔術社会は、『すべてのものごとは正しいいとに繋がっている』って考え方でしょう。

 僕がお父さんにした『が子に向けて負の感情をき出させて、教育現場でらくをさせる魔術』も。木目の王国内にした『錠前じょうまえさんのたてになるおまじない』も。

 結局は計なことではまなかった。僕はうらでコソコソ人そのものや人の感情をあやつっていた。

 それは魔術を使っても、使わなくても良くないことです。

 わかってるんです。

 でも、僕にはそれをするしか能が無かったのなら。

 だったら。

 Xは、どうして……このまれたんでしょう?」

「そんなの当たり前だよ。

 Xはね、『悪いことをして、人や世界をきずつけ続ける』ために生まれて来たんだ。

 今、秋かぜは落ちばすてい度。

 でも、台風たいふうは、屋根やねがわらこわす、こうげん場のあし場を吹き飛ばす。超大ちょうおお型クレーンだって、横倒よこだおしにする。

 どちらも、『風』だ。

 市場君は体内魔水が多い。

 だから、ちいさいころから、こう度な魔術に失敗しっぱいせず成功せいこうしてしまう。

 Xもそうだった。

 まあ、僕だって、ヴィジュアル系バンドでは、悪やくを気った『風』だよ」

「そこは……まあ、細川先生の、ご趣味しゅみですし。僕は何も言いようがありませんね」

 細川先生はまた、ニヤニヤして。

 僕をからかおうとしたけれど。

 すぐに、さおな顔になった。




フォーリン天使エンジェルさま!」




 面会希望者のバッヂをつけた女の子が、細川先生の背中せなか突撃とつげきした。

 そばにいた事務職員が「細川さんのお連れ様とお話ししていました」と、下品げひんな笑みをかべて、会釈えしゃくをして、校舎へもどって行った。


「……嗚呼。

 台亜だいあちゃん。

 また、車椅子で押しかけて来たの?

 あれ?車椅子は?

 ケガは大丈夫だいじょうぶ?」

「あっ、この間の死にかけてた子じゃないですか?

 一生いっしょう、歩くのは難しいんじゃ……」

 僕は細川先生と一緒に月森つきもりいえの被害者家族を助けたさい、あの瓦れき下敷したじきになっていたおんなの子だと気づいた。

「はい!

 よくぞ聞いてくださいました!

 えっと……あまり、大っぴらに言えないんです」

 台亜ちゃんは何かを話しかけて、やめてしまった。


 声のトーンをげて、ヒソヒソ話になる。

「わたしたち一家、台座大学学部でじっ施された、『じんさい国家こっか試験』の試験体にえらばれたんです。

 うんが良かったです」

 嗚呼、それで。

 元通もとどおりになれたんだ。


 人体再生士。

 医師めん許よりもむずかしい国家試験。

 ひっ記試験、りん理試験、実技じつぎ試験がある。

 医療じゅう事者以外でも、「てき性があれば」受験資格が与えられている。

「それは、おめでとう」と細川先生が一応、言った。一応ね。

「はい、ありがとうございます」

「……ここ、女子きん制だよ!

 面会希望者のバッヂはあるけれど。

 もう、面会終了時間を過ぎているよ?」と僕はちゅう意をしながら、台亜ちゃんからきょ離をる。

 せっかく、退校が内定したのに、あらぬ「女子への不適せつ接触せっしょく」なんてでっち上げられたら、院生がんでしまう。

「人命救助の英雄えいゆうに、ちょく接おれいを言いたいと、面会を申しんだんです。

 残念ざんねんながら、面会がてこんでいたようで、こんな立ちばなしになってしまいました。

 でも、わたしは堕天使様に助けていただきましたと強く思っていますから。

 貴方あなたにはメロメロじゃありません。

 ご安心ください」

 確かに、細川先生のどう体に、セミのようにくっついている。


「そうそう。

 貴方のお母様でしょうか?

 貴方のお父様と一緒にいらっしゃっていて。

 お母様は面会出来ないと言われて、ご立腹りっぷくされていらっしゃいましたよ」

「俺は校長室に呼ばれたから。面会希望者控室じゃなくて、職員室で担当官と話していた。

 ぜひ、お会いしたかったな。

 ……あっ。でも、御前に、母親はいたけど。

 離婚してから、会ってないんだよな?」

 細川先生がおかしなことを言っている。

 あの喚き声の女が僕の母親な訳無い……。



「ちょっと、良いかな!

 お父さんとの面会が今後一切、出来なくなったんだ」

 湯川先生が校舎から正門近くまで全速ぜんそく力ではしって来た。

「え?」

「君の不適切魔術の使用理由には、お父さんの再婚相手さがしも原いんだった。

 家庭相談局そうだんきょくの調査がおくれていてね。今、仮の結果が出たんだ。

 お父さんはかなり、いろいろな人とデートをして。

 へい日夜間および、休日、しゅく日の無断外泊で。君への育児放棄ほうきが認定されたんだ。

 君の社会学校入校・在校も。

 そして、そく時退校になるんだけど。この退校の記録も、公式上抹消まっしょうされる。

 君が社会学校に入校しなければならない『理由』がてっ回されたんだ」


 僕は。

 お父さんのために、お父さんを誘導し、いろいろな魔術をかけていた。

 木目の王国へ遊びに行っていたのも、さびしさをまぎらわせるためだった。

 勉強が出来るから、家で一人で居るのもつまらなかった。


「君は、お父さんに『印象いんしょう操作そうさ』の魔術もかけていたね。

 それは、お父さんがいろいろな女性とデートしていて。

 前のデート相手と鉢合はちあわせしたときに、トラブルにならないように。

 だから、貴方のお父さんは派手はでな恋愛関係をたのしんでいらっしゃった」

 湯上先生は言いづらそうだったけれど。ちゃんとアスファルトにひざをついて、僕の目を見ながら、ひとつ一つ話をしていく。


「……湯上先生。

 それはどういう魔術ですか?」

認識にんしき害、記おく白濁はくだく、呪詛無こう女難にょなんばらい、縁切えんぎり放だい

 愛人あいじん、おめかけさんをかこ政財界せいざいかいのトップが使うような、いかがわしい魔術です」

「待ってください!

 そうなると。

 ここに居れませんよね?

 自宅に戻るってことは。俺が母親だとかん違いした恋人とも、秋葉はらさなくちゃいけないんですか?」


 湯上先生は言いづらそうに。

「『明日にでも退校になるので、お父さんにむかえに来ていただく』ということには、なりません。

 ただ、育児放棄で通報されるかどうか微妙びみょうなんです。

 公務員の告発はむずかしいので。

 とりあえず、しばらくは、家庭相談局の一時あずかり施設に入所になります」とくわえた。






「秋葉。

 俺の家にい」






「でも、細川先生。

 ご迷わくでしょう……」

「いいや、秋葉君。

 ここは細川先生にあまえるべきだ。

 おそらく、組石市教育委員会と家庭相談局が内々ないないで話し合いをすすめている。

『家庭で育児放棄をするような教諭が楓池小の三年一組の児童をケアするのも不適切』と、公式に判断するはず。

 即時、市場さんは別の学校へ転任てんにんされる。

 X対応の怠慢たいまんことで、楓池小の保護者との信らい関係がたれた。

 そこへ来て、下半身かはんしんがだらしない先生なんだけど『めちゃくちゃ学級運営がお上手じょうずです』みたいな人材は、駄目なんだ。

 児童にも、保護者にも、実直じっちょくで、信頼出来る、学級運営能力よりも、ケアをしてくれる先生をすぐとう入すべきだろう」

「父の転任先は組石市外、ですか?」

「うん。それも、かなりとおくを定期的にまわされる。

 秋葉君が成人せいじんして、高校卒業までは、なるべく組石市に戻れないように配慮はいりょがされるよ」

「僕が自しゅ的に『操作』をやったことです。それでも、ですか?」

「子どもにそんなことをさせるような親は親では無い。

 家庭相談局も、黒曜ノ声社会学校も、そう判断する」


「ははは。

 まるで、お父さんが追放市民みたいだ」


 僕は寒空さむぞらなかわらうしか無かった。

「嗚呼、俺も同感だ。

 公務員は社会サービスを提供ていきょうするがわ

 おいそれと、クビを切って、市外へ追放することは難しい。

 今の自宅から通勤困難なへき地へ動していただくしか無いよ。

 そして、御前の『守り』をうしなうと同時に、御前にも、父親の女たちがしかけてくるはずだ。

 親が駄目なら、息子をしがる。

 御前、女にモテるだろ?」

 細川先生の言葉に、変なあせが背中をつたった。

 これは……社会学校へとどまったほうが良かったんじゃ無いか。

 そう思えてしまう。

 父に残していた魔術が強制的にがされたら、実の息子である僕も危険がせまるかもしれない。


 さらに、細川先生は「言おうか言うまいか、まよったんだが」と言いつつ。

 夜空よぞらを見上げていた僕の顔面、両ほほをガッチリ、両手で包みこんで、自分の方をかせた。

「あとな。

 作田さくた ほっとと鈴木 縁には、関わるな。

 二人には、それぞれ、国の監視かんしが二十時間三百六十五日体制でついている。

 俺の職場に二人が通所しているけれど。

 秋葉。

 御前、気をつけろよ」

「……小学三年生ですよ?

 Xよりも危険視されているんですか?」

「嗚呼。

 いっつも骨折ほねおってる謎の少年と、……まあ、いずれいろいろなことがわかってくる。

 そのとき、また話そうぜ」

「そうですね。

 貴方のヴィジュアル系バンドの新曲しんきょく構想こうそうも話しましょうね。

 十代未満のファンがえると、魔術社会に悪影響あくえいきょうを与えるがっ曲なんて、わる目立ちしますからね」

 台亜ちゃんを連れて、そして学ランの僕も連れて。細川先生は、正門近くの来客らいきゃくちゅうじょうめてある車にせてくれた。

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