02 新しい駒(迷公社本社職員万堂織田 譲士視点)

 松平まつだいら 安志やすしさんが「未来みらい改変かいへん魔術師まじゅつし産まれ直しリバースチャイルドのシェルター」から退室たいしつすると。

 ドアロックがガチンッと異音いおんてた。

 自動じどうで、室ないと室がい遮断しゃだんするあつとびら

 まどく、換気かんきこうがあっても、においはこもりやすい。


 木目もくめ事業所じぎょうしょ非常ひじょうきん職員しょくいん翁芝おきなしば あゆむが、松平さんのそばへってく。

 歩くんと松平さんは、出張しゅっちょうのことで、何度なんど通信つうしん端末たんまつ事前じぜん連絡れんらくみつっていたのだろう。

 こえかおはビデオ電話でんわで、おたがいわかっていたようだ。


 まあ、歩君は実際じっさい遭遇そうぐうすると。

 なんとも、小柄こがらで、可愛かわいらしい。

 こういうすきがあるようでいような、恋愛れんあい感情かんじょうなどがかず、庇護ひごよくだけがかんじ。

 こういうところが、作田さくた君のようなせっするのに苦労くろうしないだろう。

 松平さんも、歩君の笑顔えがおれてしまっている。

 はしらかげにこうしてかくれているわたしに、彼等かれらづきもしないで、はなしすすんでいく。


「すみません。

 あにおいあずかっていて、きんおくれました。

 作田君が何度なんど、やりなおしをしたか。

 はなしてくれました?」

「はい、話してくれました。

 やはり、私が白梅しらうめこえ社会しゃかい学校がっこうの職員だとると、安心あんしんしたようです。

 今回こんかいで、ろくのやり直し、だそうです。

 やり直していない最初さいしょ〇歳ぜろさいからきゅう歳までのしょ回の人生じんせい加算かさんすると、なな回目の人生じんせい

 いま、ちょうどやり直しポイントの小学しょうがく三年さんねん生で、九歳ですから。

 記憶きおくうしなっていないあいだの年れいは、六じゅう三歳ですね。

 ひと年上としうえ小船こふねさんは作田君目せんでは、十歳が七回。七十歳のはずですが、『産み直しリバース』の記憶きおくいでませんから、小学年生でしかありません」

 歩君は私のはなしみみかたむけながら、かかえていたカメラのレンズのしぼりを調整ちょうせいする。

ぼくでは、なかなかせなくて。松平さんが出張ついでに、協力きょうりょくしてくれて、たすかっちゃいました。

 ちなみに。

 作田君がおそれていることはなにか、わかりました?」

 たしかに、歩君は童顔どうがんで。

 どうも、目上のひとたいしても、おくすることなくフレンドリー。

 それが精神せいしんれいたかめの作田君のこころさかなでしてしまったのかもしれない。


 カメラは、念写ねんしゃで。

 少女しょうじょPピーの念写フィルムせい作とおなじように、作田君の心も魚拓ぎょたくのようにフィルムを心にしつけて、かたどる。

 それにしても、ふるい念写機だ。

 魔術社会よりもまえの写真館しんかい時代じだいの写真機だろう。かなりの骨董こっとうひん見受みうけられる。

 それに、魔すいカートリッジをりつけて、魔術装置そうちの回せば、念写機としてあつかえる。


「作田君が自覚じかくしているのは、『七度目の人生』。

 ですが。

 小船 ゆうは、よん十四歳。

 不倫ふりんれていたわりには、むすめおもいになっていた。

 小船は、組石くみいし内外の女せいに自ぶんそだてさせ、『自分の家族かぞく』にふさわしい子をえらんでいたんです。

 七回、小船 優は本妻ほんさいの子、小船 青良せいらを選んだだけ。

 実際じっさい、小船 優が何人なんにんの子にたいして、『産み直しリバース』をしているか、不めいです」


 シェルターのドアについている丸窓まるまどのぞいていた、べつだん性職員がドアをけて、作田君のもとを行って、みずすこませる。

 だい病院びょういんであれこれ調しらべられると、作田君もこまるのだろう。

 自発的はつてきに、(少女Pが利用りようしていたとっていて)ここのシェルターへのすうかん外出がいしゅつ希望きぼうした。

 迷公めいこう社から大学病院へあつをかけることは出来できる。

「作田 ほっとは、迷公社の保護ほご対象たいしょうである」と、今回の外出がいしゅつあんしめしている。

 しきであるし、外出の許可きょかっていない。

 してから、大学病院の小児しょうにとう事後じご承諾しょうだく

 なん度も使つかえるではないから。この魔術遮断しゃだん室で、妨害ぼうがいく、作田君からはなしせて、ひと安心。


「僕の個人こじん意見いけんになっちゃいますけどー。

 このおとこの子は、内閣ないかく調査ちょうさすべき事あんでしょうね」

「うん、そのとおりだよ、歩君。

 きみ一人ひとりではもちろん、無理むりだし。

 この事業所だけで、かかえないほうがいいい」

「でも、どこが調査しても―、結局けっきょく、僕が組石市の念写師なんです。

 兄はちち仕事しごとがずに、ここのちかくの、あじさい病保育ほいく所に。

 そのおかげで、兄経由けいゆからおいがはじまって、福門ふくかどちょうともふかい話が出来ています」

 かるいノリで、ニコニコ話す歩君。


「いやいや。

 そうじゃない。

 下手へたをすると、世界せかいが『不都合つごうなループ』にとらわれていた反動はんどうが、今回、一気いっきに、小船の子たちにおそいかかって可能かのう性がたかい。

 小船の子たちが世界の反動を受けれなかった場合ばあい日本にっぽんおおきな災厄さいやくきるんだよ。

 歩君、もっと慎重しんちょうになるべきだ。

 ……福門 金太郎きんたろう閲覧えつらんしたのは、『悪糸あくし』の情報じょうほう収集しゅうしゅう

 もしや、もう、何らかのプロジェクトがうごき出しているのかい?」

「ええ。

 迷公社よりもはやく、組石市の小児科も、情報をあつはじめていました。

 でも、迷公社は、『小船 優の正統せいとう後継者こうけいしゃ』である小船 青良を保護しているじゃ無いですか。

 小船遺伝子いでんしこそ、『悪糸』を誘引ゆういんする。

 医がっ会にそんな論文ろんぶんを出せるはずが無いので。

 それならば。

 まったくの別件べっけん扱いで、『少年時代の人生を何度もやり直している作田 温』の研究けんきゅう正規せいき手続てつづきで開始かいしすべきでしょう」

 コツ、コツ、コツ。

 靴音くつおとがあちらにむかかって行く。

 私の靴音に、二人ふたりおどろいたかおをした


「いいえ。

 あくまでも、小児科医の福門先生はつらねません。

 迷公社の予算よさんで、念写師と作田君をませて。過去かこ改変を試験しけんする予ていです。

 歩さんは『組石市に念写師が一人しかいない』。そんなくちぶりでしたけれど、そのようなことはありません」


 短髪たんぱつでつけた、この整髪料せいはつりょうを。迷せいもくえき校生だった小船 青良はっていた。

 あまったるくない、かといって、スパイシーでも無い、かおりが事業所の地階ちかい廊下ろうかただよい始めた。


「歩君、そちらのかたは?」

 松平さんが歩君に声かけをするが。

 歩君は気まずそうに、廊下をじーっと見ろしたままだまっている。

先日せんじつ、迷声台座だいざ校を依願いがん退職たいしょくしました。

 織田おだです」

「松平です。

 織田さん、現在げんざいはどこの所ぞくですか?」

「迷公社ほん社です」

「……」

「小船の子をすか、小船遺伝子では無くするか。

 最適化さいてきかは迷公社に一括いっかつして、おまかせください」

「作田君に利益りえきはあるんですか?」

「ええ。

 小船の子は小船 青良だけにして、特別とくべつな女の子にそだてますよ。

 貴方が勤務きんむしている社会学校なんて、すぐ出ることになります。

 そのあとは、きちんとした篤志とくし後見こうけんしますので。

 作田君は安心して、こちらがめいずる試験しけん集中しゅうちゅう出来ます。

 作田君が頑張がんばれば、小船 青良こと『パパのお人形にんぎょう』は厚遇こうぐうを受けられるのですから」

「『かの女を人形から人間にんげんもどすために、協力きょうりょくしてしい』と、かれ誘導ゆうどうしましたか?」


「ええ。

 ですから、松平さん。

 彼女のことは白梅ノ声社会学校退たい校までのあいだ、よろしくおねがいします。

 そして。

 安志さん、お父様とうさまにもよろしくおつたえください」


が協力するんですね。

 嗚呼ああちちが篤志家として、協力するになったのですか。

 私も、独断どくだん専行せんこうの歩君にいように使つかわれてしまったな。

 だが、歩君は勝手かってに私をたよったことで、話し合うあい手を間違まちがえてしまった。

 織田さんにはすべてを見やぶられているだろうに。

 織田さん。

 あまり、歩君をいじめないであげてください。

 おにいさんよりもふさわしい後継者として、頑張りぎて、空回からまわりした結果けっかでしょう」

 松平さんはここでひといきをついて。

「あいにく、松平は小船家と因縁いんねんがあるのです。

 小船家のてき家出いえでからの保護対象となった青良さんの価値かち。それは白梅ノ声社会学校を退校した時点じてんで、一切いっさい無くなります。

 私は一族いちぞくはずもので、人道じんどう主義しゅぎ者ですけれど。所せん、私も松平の人間です。

 社会学校を出た小船 青良を、私は容赦ようしゃしません。

 お気をつけください」

「そうなんですか!!!

 どうしよう!

 僕、そんな大変たいへんなことだって、らなくて!

 調ちょう子にって、すみませんでした!」

 やっと、歩君がきそうな顔で、あわて始める。


ざん念だけれど、翁芝 歩君。

 君による、作田君の念写は退するよ。

 君は少し、勇み足が過ぎる」

「そんな、織田さん!

 小船の解明かいめいは、組石行政ぎょうせいかなめになるはずです!」

「小児科界隈かいわいにも、随分ずいぶんと小船のうわさひろめたようだけれど。

 つぎは、作田君を手土産みやげにするつもりだったのかい?

 迷公社は君の短絡たんらく的な八方はっぽう美人びじんを不かいおもっているんだよ」


「作田君の実父じつふは、歩君の母方ははかた木野きのしん族です。

 念写で誘導して、木野家が作田君を幽閉ゆうへいする気だったのでしょう。

 松平さん、ご安心ください。

 今後こんごは、織田家が作田君を支援しえんします」


 すっと私のはい後からかげの者が出て来て、翁芝 歩君をれていく。

 ドアの向こうにのこされた作田君は暗幕あんまくおおわれ、えてしまった。

「織田家の転移てんい魔術です。

 小船の分しん人形を詠唱えいしょう|》魔術にまとめました。

 すう時間の外出は『わった』と作田君にも、病院がわにも伝えているころです」



「パパがいなくなったと思えば、念写師が近づいて来る。

 小船 青良。

 作田 温。

 どちらも人間国宝こくほう候補こうほにしたいくらいですけれど。

 何せ、作田君も青良さんも、日本魔術社会に貢献こうけんする気が無い。

 ならば、ふたをして、ふうをして、そのへんころがしておきますよ」


「……小船さんの初恋はつこいみのりそうにないですし。

 作田君のなが年こじらせた初恋もとどきそうにないですね」




「私は、万堂ばんどう織田 じょう

 織田はははせいです。

 母が夫婦ふうふりょう姓の条件じょうけん入籍にゅうせきで。まれた子は十はっ歳から二十歳はたちまでに、姓をどちらにするか選択せんたくすることになっています。

『万堂』のみがむずかしいので、『織田』という武将ぶしょうおなばれることがおおいのですが。

 今後は、万堂姓に一本いっぽんする予定です」

 <もしもし、万堂さんですか?

 今、増血剤ぞうけつざいってもらって、すごく気分が良いんです。

 お見い、ありがとうございました>


先日せんじつ手に入ったあたらしいこまです。

 ご安心ください。

 作田君のストッパーに使つかえますから」


 松平さんは「ほかの子をきこみたくない」とうが。

 最後は「あまりきずつけないように。成人せいじん後は解放かいほうしてあげて欲しい」というお願いを、こちらが受け入れることで。納得なっとくしてくれた。



 女子というのは、同きゅう生をきになる。

 年したでも、年上でも、目な理由りゆう

 それは、おなきょう室で、となり同士どうし、グループ業で、仲良なかよしになる。

 気が合う。

 お互いの気ちがわかり合う。

 それが疑似ぎじ恋愛れんあい

 個人学しゅうが多い小学校よりも、はん別学習の多い小学校の方が、女子は「恋」や「片想かたおもい」をたのしんでいる。


 年上の自分をれさせるのは簡単かんたんだった。

 迷声木目駅前校のグループ作業でも、小船 青良をよくフォローしたし。

 彼女のちいさな成こうにも、ちゃく目して、めていた。


 作田 温に木目のおう国のみち案内をたのんで、「小船 青良にかんする情報収集」にじょ力していた鈴木すずき えにし

 この子は吊り橋効果で、すっかり私に「メロメロ」。


 <石焼いしや~きいもっお芋~石焼~き芋っお芋~。

 わないならもうらないよ~売らないよ~。

 あっちのまちまで行っちゃうよ~行っちゃうよ~>


 ふと、徐行じょこう運転うんてんちゅうの焼き芋くるまに目がいってしまって。

 前からやって来た子どもの気配けはいに気づくのがおくれてしまった。


 ググググッ。

 少女に思いっきり、革靴かわぐつこう分をみ続けられる。

 小学校こう学年か、中学生か。

「アンタがー、英雄えいゆうりの万堂センセー?」

「木目の王国につう所している子かな?」

「わたしー、作田のことはどうでもいんだ。

 鈴木 縁のおやは、しんのヴァーミリオン分譲で、格の七百万円ひゃくまんえん購入こうにゅうしてる。

 ほかきゃくには、三ぜんびゃく万円で、すすめてたのに。

 差額さがく二千にせんろっ百万円は、だれ支払しはらったのか。そう思った。

 でも、あそこのそもそもの土地とちの所ゆう者は、織田の分すじだっけ。

 ねえ、万堂織田センセー」



「縁。むねに、結界けっかいの破へんさって、後遺症こういしょうひどいんだよ。

 父親も母親も、貧血だって誤魔化しているけど。

 アンタはまもれなかった。

 どう、責任せきにんるつもり?」


 ドスン。

 革靴の甲に、子どものあしでは無いものがちた。

 おおきい金槌かなづちだ。

 ジンジンいたみがはしる。


「縁を『新しい駒』って馬鹿ばかにしたでしょ。

 ねえ、万堂織田センセー。

 誤魔ごま化さなくて良いよ。時間の無駄だもん」


「わたしはー、『産み直しリバースチャイルド』じゃ無いよー。

 わたしの親友しんゆうがー『産み直しリバースチャイルド』でー、影響えいきょうを受けて、前の人生を思い出しただけ―」


「でも。

 今回の人生は、前の人生みたいに、無関係な縁が巻きこまれている。

 それは観測かんそく者にはよろこばしいことかもしれないけれど。

 でも、縁がかわいそうだよね。

 普通ふつうしあわせいっぱいの人生が誰かによって、ゆがめられた。

 きざし家なんて、そもそも、わたしの家みたいに、セレブで、たい度はデカイけど、ゴージャスなだけだったもんねー。

 あんな、貧乏びんぼうで、泥棒どろぼうで、はん社みたいなのに落ちてるなんて。

 世界反動のせいでしょー。

『魔が差した』って言いわけは通ようしない、酷いファミリーだけどさー」




「ねえ、万堂織田センセー。

 すこやかじゃ無くて、死ぬまでめるしかない子でもさー。

 可愛いでしょー?

 うんうん、万堂織田センセー、わかってるよ。

 死ぬまで、縁のこと、守ってくれるんだよねー」

「あっ、嗚呼ああ。もちろん、大人として出来るかぎりのことはするよ。

 だから、金槌を……」

 金槌から黄金おうごん文字もじが皮靴の隙間すきまから、足首あしくびすねひざ太腿ふともも半身はんしんじょう半身、両うでに走って行く。

 そして、指先ゆびさきから、えない。

 また、かえして、グルグルと首から上もいまわる。

 両鎖骨さこつあたりにするどいたみがいて来る。

 まるで、火傷やけどのような。

 嗚呼、これは、金槌では無かった。

 いんのためのがただ。

り返せ。

『万堂織田 譲士は死ぬまで縁をあいし、いつくしみ、つぐない、守ることをちかいます』」

「……万堂織田 譲士は死ぬまで縁をあ……クソッ、愛し、慈しみ、償い、守ることを誓います」






「バーカ。

 御前おまえが縁の新しい駒になるんだよ」






 これは……金子かねこじょう一本いっぽん、取られた。

 油断ゆだんは魔術師の大敵たいてき

 父に報告ほうこくしなければ。

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