E:迷声(めいせい)……市場 秋葉、中学二年生

01 パパのお人形になれなければどうなるか(白梅ノ声社会学校職員松平 安志視点)

 じゅうがつ・十いち月は、組石くみいし市内しない小学校しょうがっこうの「学習がくしゅう発表はっぴょうかい」がおこなわれる。

 夏休なつやすけから、演劇えんげき合奏がっそうを発表する準備じゅんびをしている。

「劇をやる」のが一般いっぱんてきで、演じゃ舞台ぶたいしゅつ道具どうぐおお道具のよっつにかれてグループ作業さぎょうおこなう。

 劇ちゅう合唱がっしょうか、劇のわりで合唱を披露ひろうするのがおおまかなながれ。

 しかし、しゃ会学校は校内運動うんどう会はあっても、にぎやかな「発表会」はおこなわない。

 社会学校にいるどもたちは、なんらかの犯罪はんざいはん社会的行為こうい教育きょういく問題もんだい行動こうどうで、収容しゅうようされている。

 おやとのめん会はつき一度いちどあく影響えいきょうあたえかねない兄弟きょうだい姉妹しまいにはえない。

 もとの学校のともだちとの文通ぶんつう交流こうりゅう出来できないし、通しん端末たんまつ使用しよう一切いっさい出来ない。



 しらうめこえ社会学校は、未成みせいねん女子じょし対象たいしょう矯正きょうせい施設しせつである。

 小学校で魔術まじゅつならはじめる小学しょうがく一年せいからこうさん年生までの女子がさまざまな理由りゆうで、入所にゅうしょしている。

 しろへいで、グルリともりかこんでいる。

 その森のなかに、寄宿きしゅくしゃ・校舎・体育たいいくかんなどがある。

 でも、集団しゅうだん行動や「矯正きょうせい期間きかんちゅう筋力きんりょくおとろ解消かいしょう」、外部がいぶからまねいた講師こうしによる講演会で、体育館は使用するが。

 由にはしまわることはゆるされないし。

 きめめられたとおりにからだうごかすことしか出来ない。


「反社会的行為」・「犯罪行為」・「教育機関きかんにおける問題行動」。

 家族かぞくしん族、友人ゆうじん人。

 先輩せんぱい同級どうきゅう生、後輩こうはい先生せんせい

 まったく面しき人。

 ひともの、社会をきずつけたぶん、この施設しせつで、反せいし、矯正プログラムを受けて、こう生しなければならない。

 国立こくりつと公立、公社立、わたくし立があるが。

「白梅ノ声」のように、「○○まるまるノ声」の名前なまえかんした社会学校は、公社立である。

 裁判所さいばんしょ判断はんだん

 警察署けいさつしょの判断。

 学校・教育委員いいん会の判断で、にゅうれの打診だしんが来る。

 定員ていいん二百にひゃくめいなので、最近さいきんは「魔術加害かがい」にかんする問題女子を受け入れている。


 また、なかなかめずらしいが、「」は「市反ぎゃく」・「行政ぎょうせい破壊はかい」の場合ばあい

 さらに、珍しいのが、「くに」・「自衛隊えいたい」などの判断もある。この場合は、「国家こっか反逆」と「国家転覆てんぷく」。

 この国家や行政への破壊行為は、男子が「国立献原けんげん」。女子が「国立紅泉こうせん」に収容される。

 普段ふだん、普通に生かつしていれば、そんな施設にじこめられることは無い。


 魔術を使っても、使わなくても。人を死なせたり、人を死なせるまでめたりする子は社会から隔離かくりしなければならない。

 国立施設の現在げんざいの収容理由は、未成年しゃのうちの刑事けいじ責任せきにんえない十四歳よんさい以下いかの「殺人」・「殺人未すい」・「しょう害」などの凶悪きょうあく犯罪加害児童じどう・生徒。


 組石市では、最近、組石市立かえでいけ小学校関係かんけい児童が名も社会学校へにゅう校している。

 一人ひとりは、三年男子児童のきざし えぶりでいは、国立献原社会学校。

 もう一人は、もと楓池小学校児童で、現月影つきかげ小学校年女子児童。「少女しょうじょPピー」。彼女も、国立清森社会学校へ入校するはずが。

 かの女は、魔術のいしずえ喪失そうしつで、魔術を自分じぶん意思いし決定けっていで使えなくなっていて。つね暴走ぼうそうしてしまう。

 ただし、「組石半月はんげつ魔術事」のしつしゃではかった。

 過失者は、彼女の父親ちちおや認定にんていされる見込みこみ。

 そのため、公社立白梅ノ声社会学校に在籍ざいせきしている。

 ちなみに、すべての社会学校を管轄かんかつしているのは、魔術ちょう協力きょうりょく態勢たいせいにあるしょう庁は、ほう省。



 わたしは、月影小学校と楓池小学校にのこっている、「少女P」の情報じょうほう閲覧れつらんをしたかったが、もうなにも残っていないそうだ。

 迷公社組石出張しゅっちょうついでに、迷公社木目もくめ事業じぎょうしょにもる。

 木目事業所には、「少女P」の魔術にかんする記録きろくがかなり残っているそうだ。

本日ほんじつ夕方ゆうがた四時よじやくしておりました、白梅ノ声社会学校職員しょくいんまつだいら やすです。

 少女P調査ちょうさ資料しりょうの閲覧にまいりました」


「少女P」の調査資料は、迷声めいせい木目えきこうから、木目事業所ないうつされていて。厳重げんじゅう保管ほかんされている。

 そのファイルには、いままでの閲覧者のめい簿ずいしている。

 自分じぶんの前に、このファイルをのぞいたものは、テント小児しょうに病院びょういんちょうはちごうとあった。

 嗚呼ああ、「まる号」は分身ぶんしん魔術の使つかの分身体のことだ。

 この事業所最寄もよりの病院長がなんのために?

 閲覧理由は、名前と職業とともに記入されてある。


 名前:福門ふくかど きんろう分身体(テント小児科病院院長八号)

 職業:テント小児科病院院長

 閲覧理由①:少女Pの入校先せん定のための診療しんりょう資料

 閲覧理由②:世界せかいあくに関する情報収集しゅうしゅう


「悪糸」。  

 墨波すみなみ偶然ぐうぜんにしてきる。

 魔術暴走のてに起こる、世界の存在そんざいしないれつ。その亀裂のなかから、ぎょうなんかの気配けはいだけがこちらの世界に「墨いろの波」としてとおぎていく。

 しかし、「悪糸」は最近さいきん北米ほくべい大陸たいりくみなみきゅうでも観測かんそくされた、亀裂かられたもろい糸。

 雪虫ユキムシにある、しろ綿わたのようなものがあぶらなのはわりられていないが。

 さわった者の証言しょうげんでは、フワッとした「えるせん」で、にはベタッとした感触かんしょくが残ったそうだ。

 巨大きょさいな雪虫が亀裂の中にいるかどうかは不明ふめいだが。



 さてと。

 閲覧しつはいって。

 早速さっそく、「少女P」のファイルをひらいてみよう。

 彼女の名前は、ふね せい

 調査開始かいしとう時は、小学校四年生。

 父親が月明地区の一戸いっこてをこう入。

 家族かぞく新居しんきょし。

 月影小にてん入して、不登校になってからだ。


 公立小学校(組石市立楓池小学校)の成績せいせきちゅうじょう

 そのもなく不可もなく、学校でも目立めだたないそん在。

 父親は「優等ゆうとう生」や「勤勉きんべん」になってしい気持きもちがとてもつよかった。

 そこで、魔術しかおしえない魔術学習塾「迷声」をめさせて、進学しんがく塾に通わせようとした。

 かれは、進学塾の広告こうこくに影響をけたわけではない。だから、進学塾の工夫くふうらした広告、マーケティングに問題もんだいは無かった。


 ファイルには、収容ちょく後の「少女P」のこころ念写ねんしゃしたフィルムがあった。

「これは、魔術事故前の礎喪失そうしつころの記録だな」


 ◇◇◇


 迷声は、そろばん教室とか、スイミングスクール、むかしあった子どもえい教室にている。

 習じゅくべつってところがね。

 進学塾の小学生クラスは、中学受験じゅけんさえ希望きぼうしなければ、本校の習熟度別クラスにはいることは無い。


 迷声。

 わたしは毎日まいにちでも通いたいけれど、月謝げっしゃもかかるから、しゅう二回にかいだけ通っている。

 曜日ようびは、一人ひとり業。

 黙々もくもくと、属性ぞくせい以外いがいみずつちかぜ属性詠唱えいしょう魔術をためしていく。

 成功せいこうすれば、つぎ難易なんい度の呪文じゅもんよう意される。

 それに、げつすいきんでも、いんだけれど。

 織田おだ先生はもくしか、迷声木目駅前校には来ない。

 もともとは、だい校の先生で。

 年輪ねんりん児童じどうの「魔術のやる気の無さ」を改善かいぜんするため、指導しどう能力のうりょくのある織田先生がこっちまでしょうへいされているんだって。

 かみみじかめだけど、うなじがちょっとげられて、スッキリととのっている。

 姿勢も良いし。

 ときどき見せる、目のするどさがカッコイイ。

 ひくぎないし、たか過ぎない。

 にぎやかな先生がおおい木目駅前校なんだけど。

 スーツのジャケットをいで、白いシャツをうでまくりして、わたしがみこんでいた呪文ペーパーに、「ここの発音はつおんきょうじゃく頑張がんばれ!」って体的に、あおペンできこみをしてくれる。

 もう、ね。

 織田先生の指導ペーパーは、一枚いちまいてずにファイリングしてある。



 今日きょうは木曜日。木曜日は、ちょっと苦手にがてなグループ作業がメインだから。なかなかく気になれない。

 まあ、グループ作業はやっている最中からどんどんたのしくなるけれど。

 一人の失敗しっぱいほかひとがフォローしきれないときの、何ともえない雰囲ふんい気がにが手。

 わたし、そういう雰囲気をえられるほどのムードメイカーじゃ無いし。

 今日はゆう魔術のれん習。

 苦手では無いけれど。

 わたしのグループはまあまあ出来できる子のあつまりだから、むずかしい課題が出されるとおもう。

 気をつけてやらなくちゃ……。


 イケ小では、まだ、一円いちえんだま一枚を浮遊させる練習をしている。

 月は、つくえうえ上昇じょうしょう降下こうか。あんなの一発いっぱつで出来るのに、クラスのだれもが一円玉を机の下にとして、ゆかの上をころがしてばかりだった。

 わたしはそんな簡単かんたんな浮遊魔術が出来ても。さき題にすすめない。

 先生がいつも、「出来ない子の協力をしてあげて」とか、「応援おうえんしてあげよう」とか言って、じゃ魔してる。

 月は、一円玉を上昇させて、ストップ。そのまま、ホバリング。

 ろく月からはち月までは、にん操作そうさ上下じょうげ左右さゆう、前後、ななめ。

 いろいろな方向ほうこうにある、まとに一円玉をぶつけるのはたのしかったけれど。

 コントロールが下手へたな子たちがわたしにばかり、一円玉をてて来た。

 なん度も、何度も。

 わざと。

 そのたびに、先生がちゅう意してくれたけれど。

 なかなか、みんながやめてくれなくて。

 そうしたら、先生が皆から一円玉をぼっ収した。

上手うまく出来る子への嫉妬しっとが操作のコントロールをくさせているなんて、ずかしいと思いなさい!!!」

 それで、わたしはAエークラスにいたんだけれど。わたし以外のAクラスの子たちが、全員、Hエイチまでとされた。


 なつ休みの間に、かならずコントロール出来るようにしたのがかった。

 二年生の夏休みまでにおぼえなくちゃいけなかった九九くく。でも、全員が全員、覚えられなかった。

 四年の五月でも、「6×8ロッパ44シジュウシ」なんて、間違まちがえる男子がいた。本当は、「6×8=48シジュウハチ」。

 女子は「8×7ハチシチ57ゴジュウナナ」って、計算ミスに気づかないまま。答えは「56ゴジュウロク」。

 別に、迷声では、自分が間違えても、誰の迷わくにもならないから。皆、さわぎながら、あそ感覚かんかくでやっている。

 でも、魔術は遊びじゃない。

 きちんとやれば、五ひゃく円玉だって、ホバリングする。

 今朝けさ新聞しんぶんでも、「組石満月まんげつ火炎かえん業高校生がはんくるま一台をホバリングさせて、轢き逃げをめた」記事がっていた。



 迷声のたん当講師の織田先生がりょう腕でしっかりホールドしていたこめぶくろを机の上にいた。

 魔術ではこんだ方がらくなのに。

 そうおもったけれど。

 さすがに、一キロ以上のものを「廊下ろうか階段かいだんでも浮遊。なおかつ、ドアをける魔術も使って、教室内に持ちはこぶ」のは難しいにまっている。

 それに。

 織田先生は、魔術混線こんせんが起きやすい教室だってわかっている。

 だから、自分の簡単にとなえてしまった魔術のせいで、子どもたちがへん動揺どうようしたり、集中をらしたりして、魔術失敗を起さないようにしてくれている。


「今日は五キロの米袋を浮遊させます。

 厚手あつでのビニール袋なのは見ればわかるけど。袋がやぶけないように、皆でゆっくり運びますよ。

 まずは、五キロのおもさを体感してもらいます」

 かなり破けにくそうだけれど。

 変な衝撃しょうげきくわえれば、袋がけて、米つぶがバーッと教室内にらばってしまうおそれはある。

 わたしたち生徒は椅子いすに座りながら、織田先生が持って来てくれるのをつ。

 先生が一人一人のひざの上に、米袋をゆっくり置いてくれる。


 二年生で一人だけ、わたしたちのグループに入っているおとこの子がいる。

 作田さくた ほっとくん。わたし、「オン君」ってんじゃって。

 でも、本当のみは「ほっと」なんだよね。

 作田君は「重い」とも言わず、「わかりました」って表情ひょうじょうも変えずに、こたえた。


 三年生は人数にんずうが多くて、わたしたちのすぐよこで、別のグループ作業をしている。


 四年生は、わたしをのぞいて、女子三にん。男子二人。

 この五人は年輪小で、いはいない。五人で、いつも仲良なかよし。

 なかなか、はなしかけづらいのは、学校がちがうからっていうのもある。


 わたしは最後から二番目に、膝の上に五キロを載せてもらえた。


「この重さ、ね。

 小船さん。

 ちょっと、持ち上げようとしてみて」

 ビクともしなかった。

 最後は、ひがし木目もくめ小五年の大板おおいた じゅん君。

 ちょっと、ポッチャリしていたけれど。

 最近は、何か、筋肉きんにくしつになって来た。


「じゃあ、大板君も持ち上げてみて」

 織田先生にうながされた大板君は、膝の上に載せられた米袋を、「よいしょ!」と持ち上げてみせた。

 ちょっと、腕がプルプルしていた。


 <石焼いしや~きいもっお芋~石焼~き芋っお芋~。

 べたくなったねっあきだもの~ふゆだもの~はるだもの~なつだもの~。

 一年じゅうっいつでもどこでもっいにおいで~買いにおいで~>


 積木つみきどおりをゆっくり、ゆっくり、焼き芋さんのくるまが通る。

 皆もわたしも、大板君のことをすごいと思ったけど。

 腕のプルプルと、焼き芋屋さんのタイミングのわるさに。ちょっとだけクスクス、わらっちゃった。

すわってるから、足腰あしこしが使えなくて、うでちからだけで、リフトしたんだぞ」と大板君が不機嫌きげんになった。

「そうだよね、大板君の言うとおり。

 物を持ち上げるのも、かすのも、大変たいへんなんだ。

 じゃあ、浮遊魔術が使えるはち人の子がいます。

 八人で、この米袋を持ち上げるには。

 一人一人だと、なんグラム持ち上げれば良いかな?」











5000ごせんグラムを8はちとう分だから、625ろっぴゃくにじゅうごグラム」











 え?

 織田先生の算数さんすうをからめたいかけに。

 一番年下とししたの二年生の作田君が即答そくとうした。

「わたし、無理むりだよ!五百円玉より、重いじゃん!無理!ヤダ!パス!」

 年輪小のうちさんが椅子から立ち上がって、「別のグループ作業に参加さんかしたい」と言って、げていく。

 逃げた先には、このグループのサポートに入っていた、藤原ふじわら先生。


 ……まあ、織田先生とはちがった方向で、人気がある先生。

 藤原先生はアイドルがおで。

 トイレまで我慢がまん出来ずに廊下でリップクリームり塗りしてても、可愛かわいい。

 わたしたち生徒に見られると、「くちびるがカサカサしてたから」って言いわけして、シュンとする。

 てい学年女子のグループは今日、藤原先生がグループ作業をたん当してくれなくて。

 こっちの「まあまあ出来るグループ」をおに形相ぎょうそうにらみつけている。

 ましてや、内田さんが藤原先生のほうへ逃げたせいで。

 何か、もう。

 あっちこっちで、魔術事故が起きそうな雰囲気……。


「内田さん、弱気よわきにならない。

 僕達ぼくたちと、やってみようよ。

 織田先生でしょー。水岸みずぎし先生でしょー。そして、僕も。

 三人の先生たちが補助ほじょに入れば、十一人で浮遊させることになるんだよ。

 失敗しない。

 一人一人、先生がけていけば、バランス、取りやすいでしょ?」

 ナイスアイディアなのかな……。



 何度も失敗した。

 先生が抜けていくと、途端とたんにバランスがくずれた。

 でも、最後になると。

 何とか、「米袋五キロを八人で浮遊させる」のに、三十六びょうえられた。

 わりの時間が来て、椅子をもどしたり、かえ支度したくをしたりする。

 もう、ジャンパーが無いと、よる六時はさむい。

 これから、帰って……。


 藤原先生がチラリとわたしを見てから、あつまった生徒にかって話し始めた。

「えー、小船 青良ちゃんは今日で最後です。

 駅前の進学塾に通うことになりました」

「え?」

「そうなの?」

「塾行っても、頑張れー」

 ちらほら、おどろきのこえと、おわかれの言葉ことばをかけられた。

 でも、わたしは誰にも「お別れのへん事」をかえせなかった。

 そのに、うずくまって、あたまっ白になった。


 織田先生は?

 ……台座校へ戻っちゃったんだろうな。

 藤原先生がわたしにってくれるけれど。

「おとうさんから直せつ電話でんわがあったんだよ。

 青良ちゃん、普通の勉強も頑張りたいんだよね?」

「……そんなのりません。

 わたし、辞めるなんて言ってません。

 うその電話じゃ無いですか?

 イケ小の誰かのいやがらせかも……」


 藤原先生が念のため、迷声を辞めるのを保留ほりゅうにしてくれた。

 今日のうちに、おかあさんに連絡れんらくを取ってくれた。

 でも、お母さんは、「おっとかっ手に決めちゃったけれど、辞めさせます」だって。

 お母さんは、今日はグループ作業の曜日で。

 作業が失敗して、グループの他の人に迷惑をかけるかもしれないから、黙っていたんだって。


 一週間後の木曜日、面談めんだんの機会だけがわたしにもうけられた。

 本当は皆と一緒に作業をしたかったけれど。

 そういうのじゃ無かった。

 辞めるにも、わたしの魔術が歪むような辞めかただとうたがいが残る場合。

 迷声がわは、お父さんとお母さんにたいして、よっつのことをもとめた。


 保護者意で辞めたのであって、迷声は退たい塾を指示しじしていない。

 迷声を辞めたせいで魔術が歪んだとしても、迷声はめん責。

 子どもの意思を尊重そんちょうしない親がまた迷声のさい入会を求めても、入会を拒否きょひする。

 迷声だけではなく、運営うんえい体の「迷公社」のブラックリストに名前が載ること。


 話し合いを始める前に、お父さんとお母さんは四つの事実確じつかく認の「おぼえがき」にしょ名・捺印なついんした。

「お父さん、お呼びしてもうわけありません。

 先週木曜日。

 青良ちゃんが『今日で迷声を退塾することを知らない』の一点いってんりで。

 お母さんも、グループ作業に支障ししょうが出そうで、つたえていなかったそうです。

 この面談で、青良ちゃんをきちんと納得させてあげてください」

「わたし……体育出来ないし。

 あしおそいし、ボールも飛ばないし。

 男子と一緒いっしょにやると手加減かげんしてもらえないから、こわい。

 だから、低学年のころは、勉強だけは一番の近くを目指めざしたかった。

 でも。

 一番になれる子は、献進会とか明快めいかい塾でも成績良くて。中学受験すると思う。

 四年になったわたしは、本かく的な受験指導が始まった献進会や明快塾の四年生にはかなわない。今からじゃ、あといかけるしか出来ない。

 でも、魔術の勉強だと頑張れる。

 頑張れば、必ずうまくいく。

 パパは普通の塾に切りえるって、言ってて、ひどい……」

 わたしはこの面談に、「まだふっ活出来る」とかん違いしていた。

 でも、そうじゃない。

 わたしをなっ得させるため。

 わたしにあきらめさせるために。

 お父さんとお母さんと先生がわたしに話をしてくれる場なんだ。

 だから。

 石焼き芋屋さんの車がアナウンスをながしながら通っても、誰も笑わない。


「青良は、魔術に中になり過ぎているのが心配なんだ。

 中学校へ入ったら、バスケットボールやバレーボール、軟式なんしきテニスの部活をやれば良い。

 とりあえず、今は普通の勉強を頑張りなさい」

「わたしのこと、勝手に決めないで!」


「迷声では、中学一年生からこくえい社のコースもじゅう実します。

 それまで、保留にすることはかんがえなかったんですか?」

「はい、考えませんでした。

 こんなに魔術が出来るなら、私立中受験もさせてやるべきで。

 それなら、木目駅までは無く、組石中おう駅前の大手の塾へ転塾させて。

 それから、国数以外の理科・社会のサポートも受けたほうが良い。

 私はそう考えます」

 お父さんは、わたしなんかが私立中に行くべきだ、とか本当に思っちゃっているんだ……。


 でも、お母さんは浮かない顔をしている。

 お父さんをつめたい目で見つめている。


「普通の勉強と魔術の勉強は違います。

 青良さんが納得して、迷声を退塾しないといけません。

 お父さん。

 このままでは、納得がいかない青良さんのこころが不あん定になります。

 魔術の礎が歪む可能性が高いのです。

 どうか、今一度、ご家族でよく話し合ってください。

 ね、お母さん?」


 藤原先生が保護者向けの笑顔を作って、場をなごませようとする。

 でも、お母さんは藤原先生を芋虫でも見るように、見くだした。

「いいえ、話し合う必要ひつようはありません。

 この面談がどうであれ。

 わたしは青良に賛成さんせいしていました。

 夫が意固地こじになっているから、皆迷惑していました。

 迷声くらい、続けさせてあげれば?……そう思いました」

まわりの子だって、小学校高学年で迷声をやめていくんだぞ?

 中学生はほとんど、大手塾だ。

 青良ちゃんが辞めるタイミングを失って、一人ぼっちになるのが目に見えている。

 さびしい思いをさせると思わないのか?

 今なら、塾をえらほう題だ。中学から入る場合、入塾試験を受けることになるんだ。

 いそいだほうが良い」






貴方あなた、何を急いでいるの?

 今さら、教育パパなんて演じても無理よ。

 貴方の不りん問題は解決かいけつしたでしょ。

 貴方のせいで、引っ越すことになったんだから」






「ははは、何を言ってるんだ?

 受験だけがすべてじゃない。

 勉強が出来る子は『あたまの良い子、先生のお気に入り』になれる。

 そうすると、クラスでもいじめられないだろ?

 青良、不登校になりたいか?

 足も遅くて、協調きょうちょう性も無い。

 放課後、遊ぶ友だちもいない。

 なら、勤勉な優等生になるしかないんだ」

「ちょっと、待って。

 不登校?

 貴方、考え過ぎ。

 まあ、不倫のうわさひろまる前に、引っ越したいだけでしょう?

 自分のせいで、むすめが『不倫の子』って虐められると思わなかったのかしら?」

「せっ、青良。ちゃんと掃除そうじ当番やってるか?

 給食きゅうしょく当番も率先そっせんして、うごいているか?

 勉強が出来ないなら、クラスのリーダー格にびるしか無いんだぞ!」

「夫とは話い合いにならないんです。

 この話題はおしまいにしましょう。

 夫の神経しんけい質っぽい無神経さにも、うなづけないので」

「娘の心配して、何が悪い!」

「自分の保身ほしんしか考えていないでしょ?」



 突然とつぜん、お父さんは席から立ち上がった。

 藤原先生が止めに入るのも、無して、帰ろうとする。

「無事、解約出来て良かった。

 あとな。

 これ、あたらしい塾にはもう申し込んでいるからな。

 来週月曜日から通いなさい」

 わたしに向かって、そして、わたしに寄り添う藤原先生に見せつけるように、進学塾のパンフレットをげつけた。

「魔術のコマが無いよ?」

「御前はそこそこ出来るんだから、にがもくをのばしなさい」



 それから。

 わたしは魔術事故を引っ越し先の子ども部屋ではっ生させた。

 警察につかまったけど、犯人はわたしだととく定出来無くて、「保護」ってことになった。

 そして、お母さんが警察署にむかえに来た。


 でも、あたらしい家の中で待ちかまえていたお父さんが何度も、何度も、わたしをなぐった。

 声が出なくなるまで、くちの中がでいっぱいになるまで、殴られた。

「一度、小規模きぼの魔術事故を発生させてしまったけれど。

 社会学校にも入校せずにんで。

 もう、お家に帰って来れたでしょ?」

「……」

 ううん。かおくびだけじゃない。

 身体からだをお父さんにまれ続けて、られ続けて、ふるえがまらない。



 それから、それから。

 月影小学校の先生が家に来た。

 家庭かていほう問。

 でも、お父さんにかぎ付きの子ども部屋に閉じこめられて、ゆかでうずくまっていることしか出来なくて。

 先生が子ども部屋のドアしにやさしく話しかけてくれても、しゃべることも出来なかった。

「迷声も辞めて。お引っ越しもして。月影小に転入して。

 大変だったね、青良さん。

 でもね、そろそろ月影小に登校してみないかな?」

「……」

「お父さんが青良さんが真面まじ目に通っていたならごとを辞めさせた。

 そして、レベルの高過ぎる進学塾に入塾させた。

 塾を休んで、お父さんにものすごくおこられて。

 きながら、塾に引っられて行った。

 塾の先生から『ほかにやる気のある子のさまたげになるので』と言われて、玄関げんかん前で退塾しょ分。

 でもね。

 月影小は青良さんが通って良い場所なんだよ」

「……ほんとう?」

「嗚呼、青良さん!

 やっと、お返事してくれたね!」




「この家にもたくない。

 お父さんとくらしたくない。

 魔術が使えない。

 どこか別のところで、一人できたい」




「青良さんはもう、お父さんと同じ家に暮したくないそうです。

 二週間以上の不登校の間なんて、なが過ぎます。

 自分で自分の魔術の礎が歪んでいく自覚もあります。

 青良さん人形にんぎょうは……部屋の中でえていますね。

 部屋ごとすべふう印して、経過けいかかん察をすることになりますよ」

 お母さんと学校の先生が廊下で話している。

「今も娘にた人形は、増えているんですか?」

「はい。

 わたしの得意魔術は、ることです。

 ですので、青良さんが使っていた子ども部屋ごと封印になると思います」

「礎をうしなった子は、そだての親と分することが。

 もっとも礎を再生するための近道ちかみちなんです。

 なにとぞ、ご理かいください。

 青良さん?」

 わたしは、部屋のうち側からドアに向かって、体当たりした。

 何とか、ドアを壊して、廊下に出た。

 お母さんと学校の先生っぽい人は、ドアの下じききになっていた。

 でも、わたしは、そのドアを踏みつけて廊下をあるいて、階段を下りた。

「待って、青良!」


 わたしは裸足はだしで家の外へ飛び出した。


 ◇◇◇


 少女Pの分厚いファイルを閉じる。

 新居に、分身体のようなセルロイドふう人形をなん体も発生させていた魔術事故は家の、子ども部屋だけの現象げんしょうだったので。社会学校入校まで、問題は発てんしなかった。

 その後、少女P人形の消失を、一度は、警察が確認。

 誰が発生させたのかもめきれなかったのに、調査を終了しゅうりょうしてしまった。

 少女Pが警察署から一時帰宅を拒否している理由も、「父親」とししたのに。

 警察は具体的な保護対おうを保留にしてしまった。


 保護者の申し立てで、国も「長期収容は不とう」だと判断。

 入所候補こうほだった「白梅ノ声社会学校」などが加盟かめいしている「日本社会学校れん盟」側がてい示した「魔術感覚統合とうごう教室の通所とテント小児科病院の週一通院」の特別よう条件じょうけんを、「退所後は一切いっさい関わらないでしい」と父親がしゅ張して、無視。

 国からの同じ「特別養育条件」も無視。


 そして、少女Pは月影小学校五年・六年の間、不登校。

 自宅の子ども部屋からほとんど出ることも出来ず。

 父親から虐待ぎゃくたいを受けて、心も体もボロボロ。


 自分の部屋には、ふたたび、父親が思いえがく「理そうむすめ人形」でいっぱいいっぱいになって。

 少女Pは、家出いえでをして、迷公社木目事業所まで、裸足でなんして来た。


 とうとう、ご近所きんじょの家もまきこんで、娘の部屋がばく発した。

 それとほぼ同時こく

 迷公社木目事業所で保護されていた少女Pは、ダフネがた変身へんしんで、強制的にかん全な人形となった。

 生身なまみの肉体を失って、人形に変身したまま。

 もと人間にんげんには戻れず。

 白梅ノ声社会学校に入校中。



 そして、迷公社木目事業所の、裸足で逃げて来た彼女が使用していたシェルターには。

 台座大学学部属病院小児ICUアイシーユーからうつって来た男の子がよこになっていた。


「作田 温君。

 君は未来みらいかい変のさい骨折こっせつするそうだね。

 でも、今回の全身骨折はどんな未来を変えたのかな?」

 定していなかった、面会だけれど。

 私には、どうしても気になることがあった。

 嗚呼、彼は死にかけている。

 生きる気力を無くし、魔術を使うきっかけも無い。

 まるで、のこりの生をうれ老人ろうじんのよう……。


「……おれは自分のことばかり、突っぱしって。

 小船さんが俺の父親じゃ無いのに、俺が思いこんで、俺は『小船さんが俺の父親じゃない未来』をねがった。

 でも、何も起きなかった。

 代償だいしょう骨折は、たてける。

 でも、それは全身骨折で代償骨折が確認されなかった。

 俺の勘違いだったんです」

 かなしげでもない、「失敗しちゃった」とかくしをするような笑い方。

 でも、違う。

 彼はおのいつわっている。


「でも、君の骨は縦に裂けているよ。

 何をかくそうとしているんだ?

 ……あのね、作田君。

 女子と男子じゃ、入る社会学校が別でね。

 入校中も交流こうりゅう会は一切無いんだ。

 もし、君が少女P……小船さんの心をげん気にさせて、魔術の礎を再生出来るような、『白馬はくば王子おうじさま』なら、たすかるんだよ。

 退校がすこしでもはやまる。

 私は、彼女の矯正きょうせいプログラムをより良いものにするために、組石市まで出張して来ているんだ」


「……そうなんですかー……」


 無反のうでも無い、ただヘラヘラなま返事。

大腿だいたい骨は縦に裂けたよね。

 みぎひだり

 れたほねのレントゲンをかくすには、レントゲンのやまだと思ったのかな。

 でも、ここは病院じゃない」

 グッと左右の太腿ふとももに、両手を置く。

 でも、作田君は表情ひとつ変えなかった。

正直しょうじきに答えてくれるかな?」


「……『産み直しリバース』だと、今の小船 青良の人格じんかくしょう失するから。

『理想の人形』に改変するしか無かった。

 でも、小船まで、人形するなんて……」


 ポツリ、ポツリ話してくれる。

「もっと、作田君が早くけてくれれば、どうにか出来たかもしれないね」

「どうにか?

 無駄むだだよ。

 俺の話を聞いてくれたのは、一度も無かった。今回、となりのクラスの、一組の鈴木すずきだけだった。

 その鈴木ルートだって、小船の行方ゆくえさがす手つだいをしてくれるかどうかってところまでしか進めなかった」


 一度も無い?

 今回?

 何だ?

 彼は未来改変をしたんだろ。

 別に、話を聞く必要なんて、無かったんじゃ?

 人格にこだわって、「産み直しリバース」を「理想の人形」に変えていた。

 でも、何故、人形が何体もぞうしょくしていたのか。


「ねえ、作田君。一度の未来改変で済むと思っている?

 小船親子おやこの関係改ぜん根本こんぽん的にしないと、小船さんは何度も、何度も、『産み直しリバース』のリスクを。

 生涯しょうがい背負せおうことになっていたんだよ」

「……あと出しジャンケンだよ。

 ズルい。

 俺は何度も、『人形』に変えてやった。

 今回は、いつもの平均へいきんよりも、何百ばいも人形が増えて、飽和ほうわ状態になった。

 俺は悪くない!

 悪いのは、俺の話をまともに聞かなかった大人おとなだ!」


 彼はいらっている。

 その声は少年らしさは無く、私と同年だいの社会人っぽさも無い。

 もっと、いた声に聞こえた。

「でも、小船分身体は、人形飽和で魔術事故を起こした翌日よくじつよる、月森の家に避難していた近所の住民を逆恨さかうらみして、殺そうとした。

 そこで、通りがかった一般いっぱんみん私人しじん逮捕たいほされている。

 もう、魔術は使えないから、心配はいらないよ。

 だから、矯正プログラムづくりに協力してくれ」

「そのせいで、俺も、青良も、『産まれ直しリバース』出来なかった!

 この世界の回に、閉じこめられたんだ!」


 何だって?

 青良さんの父親をあえて、ばなしにしていたのは。

 人生をリセットして、やり直すためだったのか?

 でも、青良さんはたすかっている。

 魔術が使えないだけで、人形に変身してしまっただけで。

 生きている。

 この少年は、何をたくらんでいるんだ?


「……小船さんも、君も、『産み直しリバースちゃイルド』なのか?

 小船さんのお父さんに、時間をき戻されたんだね?」

「……青良も、俺も。人格は変わってるし、もう大人だよ。

 でも、俺は前回の記憶を残すために、また未来改変に魔術にこだわった。だから、小船を守れるだけの魔術が使えないままなんだ」

「大丈夫。

 もう、そんな無理をしなくて良い。

 日本魔術社会が君も、青良さんも、守っていくからね。

 安心して。

 今は骨折を治すことにせん念すべきだ。

 悪かったね、矯正プログラムの相談をしてしまって」

 いためは切れているだろう。

 でも。

 よく台座の大学病院かられ出せたな……。

「大変よく頑張りましたね」

「……『産み直しリバース』のことは、誰にも言わないでください。

 どうせ、箝口令かんこうれいですから」

 身体からだは少年のままなのに、酷く、くたびれた年寄としよりに見えた。

「わかりました。

 とにかく、ゆっくり休んでください。

 おやすみなさい……」

 嗚呼、もう、彼が子どもに見えない。

 おじさんの加齢臭れいしゅうとは違う。老人どく特の。

 おじいちゃん、おばあちゃんの家のにおいが室内に充満していた。

 やはり、彼は六十代男性だ。

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