D:月森の家……市場 秋葉、中学二年生

01 馬車を待っています(組石市立月影小学校六年四組貝塚 台亜視点)

 あたらぎて、化学かがくにおいしかしない校舎こうしゃ

 えられてから二年にねんっているのに、元気げんきにわ

 二年まえかい校したときは、各学年かくがくねん一学級いちがっきゅうだけ。

 ベッドタウンよりさらにおくひろがる工業こうぎょう団地だんちへのみちのバイパスは、大型おおがた輸送ゆそうトラックしかはしっていない。


 開発かいはつまらないベッドタウンのそばをとおる大月おおつきどおりのこうがわに、ふるいえと新しい家が混在こんざいする町内ちょうないがあって。わたしは、そこにんでいる。

 だから。

 さんせいまでは、弓張ゆみはり小学しょうがっ校まで片道かたみち十分じゅっぷん往復おうふく時間じかん通学つうがく時間だったけれど。

 しん年にしん級したのをきっかけに、組石くみいし教育きょういく委員会いいんかいから「校区こうく変更へんこうのおらせ」と「月影つきかげ小への編入へんにゅう案内あんない」をった。

 それで、毎朝まいあさ、毎ゆう、大月バイパスのうえあるいている。

 まあ、弓張小学校も、月影小学校も、どうせくまちゅう学校へ進学する運命うんめい

 でも。

 わたしは熊野中学校へはかない。


 あっ、そういえば。

 ななかいのひづめがいさんがくなったのも、年のおわわりころで。

 すぐに、古い家を解体かいたい、庭木が全部ぜんぶっこかれた。

 庭をふくめると、ひろくて。

 いま、家をてるひとたちは庭なんて、し。

 だから、新築しんちくの家の基礎きそとなりの家とのあいだは、本当ほんとうにギッチギチ。

 ドッパドッパなまコンがながしこまれて。

 足場あしばてられて。

 足場のたかさから、四階よんかいてっていうのはわかっていた。

 小学校の家庭かていが「家庭科」と「家庭魔術まじゅつ科」に分離ぶんり

 わたしだって。小学校の実習じっしゅうでは。洗濯せんたく》だって、あらい実習のほかに。水属性みずそくせい魔術による「給水きゅうすいりゅう水・だっ水」をやっている。

 大人おとなになると、そんな魔術は使わない。

 全自動じどう洗濯のほうがよごれがしっかりちるし、ぬのいたまない。

 それに、乾燥かんそうだって、フンワリ仕上しあげてくれる。


 つきあかり区の一戸いっこ建ては、三かい建てやよん階建てがおおい。

 それは、ここの地区がもともと工業地たいの工業団地地区に含まれていたから。

 工業団地はよく魔術事故じこきやすいので、一般いっぱん家庭の魔術と混線こんせんしないように、おたがいが配慮はいりょっている。

 だから、も四階に洗濯・乾燥機と、サンルームがある。

 洗濯かごと、「部屋へやのランドリーボックス」をむすはん自動転移てんい魔術装置そうちけている。

 かわらない厚手あつでふく寝具しんぐは、サンルームの物干ものほしざおに、ハンガーでげる。


 そして、工業団地以外いがいにもわけがある。

 月明地区は、ランタンウェイの各えき停車ていしゃ線と、木目もくめ駅まで十駅しか停車しない「快速かいそく線」、始発しはつの駅と終点しゅうてんの駅をのぞいて、ふた駅しか停まらない「特急とっきゅう快速線」の沿えんじょうにある。

 まだまだ延伸えんしんこう事はわらないし。

 補修ほしゅう工事区かくも多いので、洗濯物の外干そとぼしや、屋外おくがい魔術の使用しようは工事請負うけおい業者ぎょうしゃの「屋外魔術使用臨時りんじ申請しんせいじょ」へ申請しに行かなくちゃいけない。

 こう外でやすいけど、そういう事じょうもある。

 でも、中心街しんがいや地下鉄かてつ主要しゅよう駅前も再開さいかい発をポツポツやっているから、組石市のどこの家も、屋外で無闇むやみに家事魔術や日曜にちよう大工だいく魔術を使つかえないのは仕方しかたが無いのかも。


 はなしもどそう。

 三年のあきの終わりには、二軒にけんの新ちく一戸建ての足場がはずされた。

 あとは、ふゆあいだに、内装ないそうを仕上げるかんじだった。

「ベッドタウンがちかくにあるから、古い地いきさんかっ性化している」っておとうさんがったとおりになった。

 お年寄としよ一人ひとりむには、ちょっと不便びんだもの。それに、郊外の家は庭付き、家庭菜園さいえん付きで、手れが大変たいへん

 地ごとったおかねで、はやめ早めに駅前に引っしちゃうみたい。

 それか、ども夫婦ふうふ同居どうきょ。あるいは、高齢こうれい向け住宅じゅうたくにゅう居。


 えーっと。

 それで、一年前の三がつ

 あと地に二軒引っ越してきたうちのいっ軒が、ヤバかったんだよね。

 蓮崎はすざきさんと、小船こふねさん。この二軒の片方かたほう、小船さん。

 現代風げんだいふうの家の玄関げんかん前の表札ひょうさつが古いいた滅茶苦むちゃく達筆たっぴつ極太ごくぶとくろで「小船」っていてあった。


 夜中よなかになると、メチャクチャ夫婦喧嘩げんかしてるこえこえるし。

 お父さんっぽいひとが子どもに怒鳴どなっているこえもする。

 でも、子どもの声はこえない。

 言いかえせないのかな?

 昨日きのうも、ものすごい声と、物がこわれるおとがして。

 ご近所きんじょだれかが通報つうほうするのをためらっていたら、けいら中のパトカーがたまたまヤバイ家の前でまった。

「通報したのは貝塚かいづかさんですか!?」なんて、大声おおごえで、怒鳴りながら、わたしの家に突進とっしんしてようとしていたけれど。

 警察官けいさつかんめられていた。

 警察官もきちんと、「警ら中に暴力ぼうりょく魔術を感知かんちしたので、安否あんぴ確認かくにんしなければなりません」と堂々どうどうとしていた。


 残念ざんねんなご近所さんのせいで、今日きょう不足ぶそく

 教室きょうしつでも、アクビが止まらない……。

 でも。今年ことし月になってからは、子どもの声だけ聞こえて来なくなった。

 近所のおばさんたちが、「死んだんじゃない?」って心ぱいして、家庭相談局そうだんきょくわせたら。

「事情はかせないけれど、夏休なつやすまえに小船さんの子は公的こうてき施設しせつはいった」っておしえてもらえたそうだ。だから、もう「虐待されてるかもしれない」とか、「子どもの安否が不めい」とか、家庭相談局や警察にあわせしなくて良くなったんだって。

 まあ、夫婦喧嘩がひどい場合は「家庭外へ反社はんしゃ行為こういをする可能かのう性があるから、遠慮えんりょなく通報してください」って助言じょげんをもらったそうだ。


「ねえ、だいちゃんも西にしあかり?」

「……うん、そうだけど」

わたくしりつけないの?」

 最近さいきんろく女子じょしはどこの中学校へくか、お互いをさぐり合っている。

 だん子はなにかんがえていないガキっぽい子が多くて。教育ママの家のだん子は、年・六年からじゅくかよったり、西明中へ進学を希望きぼうするようにきつく言われているか。


 まあ、女子はね。おやに言われなくても、女子同士どうしでそういうはないをするもん。

べつの中学へ行く子とこれから仲良なかよくしても無駄むだ」ってかんがえる女子のほうが多いみたい。

 絶対ぜったい、中学校でも虐められたくないし。

 だから、中学校入学前から、てきらして、仲やしておきたいんだとおもう。

 問題もんだい校の熊野中のことがあるから。西明中を希望する女子が多くて、それも問題なのかな。

 西明中にも、仲間はずれとか、虐めとか、無視むしとかする女子が進学する可能性もあるよね。


 六年四組だって、そういう子が二人ふたりもいる。

 ニナちゃんと、フウちゃん。

 この女子二人は、結構けっこう、こだわりがつよい。

 かわいくない子は絶対、がおはなしかけず、「さん」づけび。

 あと、自分じぶんルールをつくってグループメンバーにしたがわせるのをたのしんでるもん。

 ニナちゃんは木目駅のダンス教室に通っていて、休み時間とひる休み時間にクラスの仲良い子とダンスグループを作って、アイドルや流行はやっているダンス動画どうが真似まねしている。

 たいかん廊下ろうか、ホールで、通信つうしん端末たんまつ音源おんげんながしているから、ものすごく目立めだつし。

 クラスや他学年の女子からも、人気にんきあつめている。

 でも、クラスで一番いちばん人気じゃない。


 フウちゃんは、クラス教室きょうしつあそ

 でも、クラスないの最だいばつじゃない。

 わたしは、ガキ男子に「べんじょ」ってひやかされている、塾がよいや勉強の出来できるグループにさそわれている。


 まあ、毎回まいかい確認されるけれど。

 わたしのおねえちゃんは西明中へ行っているから、あん心してけるんだろうな。

 お姉ちゃんは、わたしとおなじ月影小を卒業そつぎょうした。わたしたちの家の校区では、もともと熊野中学校に進学予定よていだったけれど。

 熊野中学校は組石市内でも最てい評価ひょうかの中学校。

 不りょうとか、虐めで不とう校とか。授業じゅぎょうちゅうせきからかっ手につ生ばかりで、授業がすすまない。学級崩壊ほうかい、学年崩壊以上の、学校崩壊が現じょう

 だから、お姉ちゃんやお姉ちゃんのともだちはわざわざ、西明中学校に遠回とおまわりして通っている。

 お父さんもお母さんも、また同じように「熊野には行かせない」と言って。わたしの来春らいはるの進学さきを「西明中学校」に選択せんたくした。

 べつに、クラスでも勉きょうが出来るわけでも無いけれど。

 虐めはこわいし、不良グループに目をつけられたくない。



 それは突然とつぜんだった。

 わたしは月影小学校の六年四組の教室にて。

 お姉ちゃんは西明中学校の図書としょ室に居た。



 ドーンッ。



かみなり!?……じゃないね」

 校内放送で、自動警ほう音声おんせいが流れはじめる。

 <月影小学校は、校区内の危険きけん魔術を感知しました。

 いますぐ、つくえしたもぐってください。

 り返します。

 今すぐ、机の下に潜ってください>




 <大月通り付近ふきんで、危険魔術が発生はっせい

 墨波すみなみ到達とうたつします。くちけても、目を開かないでください>




 墨波がものすごいはやさでけていく。

 終わったかと思ったら。

 まだ、波がまっていなくて。

 ひとあしみたいなのがバラバラのまま、いくつも、流れてていた。あーあ、目を開けちゃって、後悔こうかい


滞留たいりゅうがた墨波じゃあ、避難ひなん中も怖いのが見えちゃうね」なんて、おしゃべりして。

 バラバラのパーツをはらいよけながら、体育館へいそぐ。

 このとき、ランドセルは「安全確認出来ないから、いたままげて」と避難委員の朝倉あさくらさんに注意ちゅういされた。

 半月はんげつ西にし十六ちょう目|半めい3さんキロメートルけん内は月影小体育館・西明中学校体育館みたいな「定避難所」に避難するように、組石市ちょうが墨波避難警報を発令はつれいした。

 体育館は、かりがつくだけ。

 トイレは体育館を出て、廊下のそば。


 そのうちに、近隣きんりんみんも避難しにやって来て。

 あきそら日没にちぼつくらになるころには、小学校の体育館はいっぱいいっぱいになった。

 墨波もえて、各クラス教室・廊下・階だん・トイレの安全が確認されて、子どもたちは一度いちど教室にもどることになった。


 午後ごご六時。

 家にかえっても、火気かき厳禁げんきんつづくので。子どもたちにも、避難者と同じ「災害さいがい備蓄びちくひん」のうめしゃけ・ツナマヨ・昆布こんぶ・たらこなどのおにぎりと、鶏汁とりじる提供ていきょうされた。

 火炎かえん魔術はお父さんもなかなか使わないから。

 ボランティアのおじさんが加熱かねつ魔術が得意とくいで、みんなべ物をほどよくあたためてくれた。

 食べ終わったら、教室解散かいさんだけれど。

 避難して来た保護ほご者も、子どものしょ属するクラス教室で一夜いちやを明かすことに。


 家に帰れなかったお父さんは月影小六年四組に来てくれた。

 お母さんはお姉ちゃんが避難したままの西明中学校体育館へ行ったんだって。

 <ピンポンパンポーン>

 皆が一斉いっせいにビクッてなった。

 <全校児童と保護者は、所属する各クラス教室に待機たいきしてください>とアナウンスが入った。

 ……ゆうご飯は食べれたのに。

 何だか、ものすごく気持きもちがわるくなった。



 一夜明けて、あさ六時、じゅん備のアナウンスが入った……。

 続々ぞくぞくと、せいぬしの「名前なまえ」がばれて、帰宅していく人たち。

 我が家を含めて四軒だけ世帯主めいが呼ばれず、帰宅許可きょかが無かった。

 そして、ワゴン車で「月森つきもりの家」へ。

 家がどうなっているのかも、わからない。

 でも、お母さんとお姉ちゃんにはえる!


 ワゴン車は積木つみき通りからなか通りへ、歩行ほこう者・自てん車の往来おうらいを確認してから、ゆっくりせつ

 魔すいの授業で、魔術社会のことは勉強した。

 魔術社会をり上げ、未熟みじゅくな子どもをただしい魔術使用者にそだてる家庭をささえるのがこう社。

 でも、わるい魔術によって、きずついた家ぞくは社会が盛り上がれば盛り上がるほど、出て来る。そこで、そういう人たちをまもるための施設しせつつくられた。

 可愛かわいらしい三角さんかく屋根やねの家がふくろ小路こうじかこむようにならんでいる。

 四階建てでは無い。二、三階建て。

 どうやら、半地下か、地下の階そうもあって、どんな悪い魔術も無効むこう化出来る「セーフルーム」もある。


 制服せいふくのお姉ちゃんがまずお風呂ふろに入ることになった。

 お父さんもお母さんも会社に「公けつする」ってつたえてた。

 そう、今日きょうは「組石市が貝塚みなさんに事故じこ説明せつめい今後こんごの相談をする」ので、公欠がみとめられる。

「月影小五年生の児童じどうPピーさく、四年生になってから、〇日ゼロにち登校で。不登校状たいでした。

 家族と学校へ行く・行かないのあらそいも続いていて。

 魔術のいしずゆがみ、魔術暴そう事故が発生はっせいしかねない状きょうでした。

 そこで、なつ休み前に児童Pを保護しました。

 しかし、児童Pの分身体ぶんしんたいは自宅の子ども部屋にのこされ、つづける一方いっぽうでした。

 これは、封印ふういんした部屋の安全点検てんけんおこたった組石市の問題です。

 その分身体Pも本にんあるいは家族、そのほかの誰が創造そうぞうしたか、三しゅう間かけて調査ちょうさしなければなりません」


 お母さんはこころたりがあるようだ。

「……もしかして、斜め向かいの蹄飼さんの?」

「ええ。引っ越してこられた内の一軒。

 小船家です」


 嗚呼、会ったことも無いけれど。お母さんはご近所さんのうわさばなしを仕入れていたからな……。

 まあ、我が家がれ流したというよりも。

 近所の人たちが一方いっぽう的に「貴方あなたの家は大丈夫だいじょうぶ?小船さんにいやがらせされてない?」って心配していただけ。

「それで、貝塚家の皆様には。

 こちらに短期たんき宿泊しゅくはくしていただきたいのです」

「……いやー、こんな高いところ、無理むりですよ。子どもたちだけでも、おじいちゃんの家へあずけますね」

心配はいりません。

 こちらの月森の家は、魔術事故害者家族に、一軒まるまる無償むしょうレンタルになります。

 今かいは事故調査と魔術解除かいじょ業で三週間ぜん後の宿泊要せいです」

 わたしたちは、「まあ、三週間、無料ただで、ここに避難なら」となっ得した。

 家は、完全にもとに戻る。

 大丈夫。世帯主であるお父さん名で家の修復しゅうふく保険ほけんに入ってるし。しかも、今回は事故だから、小船の家の修復保険を使って、外へき・基礎の工事魔術でみそうだって。

 結界けっかい上手うまはたらいたんだって。


 でも。

 はっきり言って、自分の家よりも、ここに住み続けたいな。

 ちょう豪華ごうか装飾そうしょくではないけれど、ホッとするくう間。


「……あっ」

「どうしたの?」

「……蓮崎くんは?

 蹄塚てい跡地にもう一軒建っている蓮崎家のお子さんは、むすめおなじ月影小六年生なんです」

「あっ、そうだ。そうだ。

 そうそう。

 ちなみに、あの家のペットは?

 ペット用シェルターにげれたんですよね?」

 組石市魔術事故支援えんしょく員の落合おちあいさんと、めい公社木目事業所職員の津田つださんと河村かわむらさん。

 この三人が目を見開みひらいて、言葉ことばまらせた。

「……人命じんめい優先ゆうせんで、ペットは優先保護の対象たいしょうではありません」


 まあ、そのための、新築の家を建てるときやうときの契約けいやくだ。

 建てるときにはペット用シェルターでも納戸なんどでも良い。

 でも、購入こうにゅうして、入居するとき。納戸をペット用シェルターにリフォームする必要があったはず。

 でも、ペットをっているのに、どうして、シェルターを作らなかったんだろう?

 普通ふつうは、義化されているのに……。


 隣の三角屋根の家から言い争いが聞こえている。

 ううん、家の外に出て、喧嘩けんかしている。

 あれ?それも違うみたい。

 どうやら、奥さんが「月森の家」に入れてもらえず、いている。

「ですから、夫婦別姓べつせい選択者でも、共同きょうどうで住んでいる契約・住所じゅうしょ変更へんこうがなされておりませんでした。

 奥様おくさまとペットは、ほう的に、今現在いまげんざいも、奥様のご実家じっかに住まわれていることになっております。

 月森の家のご利用は出来ません」

「だから、家を買うときに、『ペットシェルター付き』を希望したのに!」

予算よさんオーバーであきらめたじゃ無いか。

 リフォームなら、安で出来るのに。

 ペットにはせまいし、家全体がシェルターになっていないなら、ヤダって。

『こんなこときないから、必要無い』って言ったのは、みくちゃんだ!夫婦別姓用の購入契約で、ぼく単独たんどく名義購入になった。でも、ペットの名義はみくちゃん名義。世帯主のペットじゃない。

 そう結論けつろんを出したんじゃないか!

 このことはよく話し合ったし、みくちゃんが『ペット用シェルターも、家の名義もいらない。わたしとペットのミララは、わたしの実家に住んでいることにする。だから、ペットの飼育許可証明しょうめいの住所変更はしない』って言ったんだよ!おぼえてないの?」

 蓮崎君のお父さんとお母さんが喧嘩している。

 蓮崎君がまれる前から、蓮崎君のお母さんはペットLOVEラブ

 中まで「事実婚じじつこん夫婦別姓」だった。

 墨波被害で仕事しごとの欠きんえて。すこ体調たいちょうが良くなったと思ったら、蓮崎君をさずかったんだって。それで、子ども三人もいて将来しょうらいが不安になって、「夫婦別姓の条件じょうけんせき」して。

 アニマルセラピーで、完全復調ちょう

 ホテルや旅館りょかんまる家族旅行りょこうは行ったことが無かったはず。

 我が家もご近所だったけれど、ペット飼育の経験けいけんが無いと話してたから、一度もペットを預かってとたのまれることも無かった。

 いつも、ペットOKオーケーのキャンプじょうから帰って来て。

 テントを陰干かげぼししていた。


「蓮崎君のお母さんね、墨波の二じゅう被災だって。

 ペットも死んじゃったのね」


 お母さんの、全然、残念そうじゃない声。

 まあ、そうだろうな。

 キャンプ場に行かないと、あのペットのごえが朝からばんまで続いていた。

 こわれた玩具おもちゃみたいに、おかしいくらいに。

 でも、新築の家に、嗅覚きゅうかく過敏かびん反応はんのうしていたのかな。


「でも、何で、蓮崎君のお母さん、入らないんだろう?」

「夫婦別姓の条件入籍では、『別居選択』も可能なんだ。

 結婚せい度内におけるさまざまな『自ゆう選択』が可能になったし、その『選択』が入籍情報に記録きろくされているんだ。

 事じつ上、ずっと同居していたんだから。事故前に『同居』に変更していればね」

「今回、蓮崎さんの家は小船さんの保険では、なおせないわね。

 この被害申こくを奥さんが出そうとすると。

 保険の契約時と更新時。別居実態・無飼育実態が無いのに、『別居』・『ペット無し』の虚偽きょぎ申告をしていたから。

 まあ、蓮崎さんは被害を申告するでしょうけれど。奥さんのご実家の保険で直すんじゃないかしら?

 たまたま、居座っていた別姓別居奥さんと別姓別居奥名義のペットに家をよごされましたって」

 まあ、わたしたちの家じゃないから、無関係かんけい

 証言しょうげんたのまれても、無関係をつらぬこう。

 蹄飼さんも、相当そうとう頑固がんこで、話がつうじない人で大変だったけれど。

 小船家も、蓮崎家も、どちらも、わざわざ怒鳴りに来ないから。

 まだ、マシ。

 かかわらない。

 関わらない。



 おひるになっても、学校にも行かず。

 夕方ゆうがたになっても、ケータリングの夕しょくを、代表だいひょうしてお父さんが受け取るだけ。

 最しょは、こんな良い家に三週間もられるっていうのはうれしかったけれど。

 もう、きちゃった。

 ニュースでも、魔術事故のことは報どうされていない。

「報道制」ってお姉ちゃんがボソッと怖いことを言いながら、通信端末をいじっている。

 だれかと、連絡れんらくを取っているみたい。


 子ども部屋に使えそうな部屋は二階にひと部屋。お姉ちゃんと共有きょうゆう

 でも、パーテーションで仕れるから、お姉ちゃんの寝息ねいきさえ気にしなければ、大丈夫。

「ねえ、台亜。

 まだ、起きてる?

 ……あのさ、小船 せいちゃんって、知ってる?」

 お姉ちゃんがいきなり、真剣しんけんかおで、わたしに質問をして来た。

「月影小の子?」

「そうみたい。アンタの一個いっこしたの学年」

「……嗚呼、児童Pって、その子?

 その子がどうかしたの?」

「魔術事故を起こして、ヤバイ施設へ入ったんだって」

「ふーん。

 近所に居たのに、会ったことも無いよね。

 お姉ちゃんは会ったことある?」

「全然無い。

 でも。わたしが西明の制服で登校していたら、小船さんのお父さんに引き止められて。防犯ぼうはんブザーを鳴らして、警察を呼んだことはある。

 何か、わたしが熊野中の制服をてないって、さわぎたかったんだって」

「いやいや、騒ぎたかったって。アハハハ……」

 まあ、あの重箱じゅうばこすみをつつくような、監視かんしどくおとこの人なら、それもありるかな。


「我が家と、斜め向かいの家で交流があったのは、蓮崎君と蓮崎君のお父さんだけね。

 蹄飼さん家を解体して、二軒建ったところの、あの、警察沙汰ざたの小船家。

 お父さんは、知らなかったでしょ?」

 お父さんは「そうだね」と言いつつ、表情ひょうじょうくらい。

「小船さん一家は、挨拶あいさつにも来なかったし。

『うちの下の子も月影小の六年なんですよ』って話しかけたら、『あく影響えいきょうなので、話しかけないでください』って言われたから、警察にそう伝えたよ。今後も、関わりたくないって。

 どうやら、熊野中学校のこと知らないで、お買いどく段にびついちゃったみたいなんだ。

 どうして、購入時に、近所の貝塚さんが注意してくれなかったんだー!って、通信端末に留守るす電話でんわが入ってた。

 お父さんは小船さんに連絡先を教えていないのに。

 怖い人たちだから、気をつけなさい。

 それじゃあ、おやすみ」

「「おやすみなさい」」

 お父さんに「おやすみ」の挨拶をしたら、寝るだけだったのに。


 <攻撃こうげき性が高い魔術を感知しました。地階の避難シェルターに避難してください>


 いきなり、警報のアナウンスが鳴りだした。

「何?」

御前おまえが青良ちゃんに悪影響をあたえたんだ!!!

 娘を返せ!!

 娘を返せ!!】

 自動アナウンスとはちがう、おこって怒ってどうしようも無い男の声が家のそとからしている。


「誰?」

まどからはなれて!」

 お姉ちゃんがわたしを無理矢むりや理、しゃがませた。

 月森の家の屋根と二階が上下じょうげかれた。

 夜空よぞらには、きょ大なほう丁がグルングルン自転している。

 グシャングシャン。

 ミクサーにかけられたみたいに、屋根が包丁のにあたって、こまかくなっていく。


 グサッ。

 グサッ。


 身体からだいたい。

 屋根の破片はへんが身体のあちこちにさった。

 つつはポケットの中。

 でも、うでみぎも左もうごかない。

 目だ。

 さ、さむい。

 何で、こんなに体がふるえるんだろう……。

 お姉ちゃん……。

 お父さん、お母さ……。






「ドッペルゲンガーか、りょうですね。

 ドッペルゲンガーだとしても、生き霊だとしても、その分身体にはつみの意しきは無いし、本体にも無い。

 本体からの無意識の分れつである以上、けい責任せきにんえないから、刑事ばつは回避されてしまいます。

 まあ、『刑事責任が取れない=社会からの隔離かくり・社会施設への収容しゅうよう』です。今まで社会において契約していたすべての物の契約が無効になるんです。国籍こくせき以外。

 日本魔術社会は社会責任ある魔術使用市民へ社会サービスを提供ていきょうしていますから。

 そろそろ、『定』の御時間ですね。

 あれは、魔術を使えないように、『固定』されてしまうから。心配いりません」

 わたしが瓦礫の下敷きになっている間も、ものすごいスピードでベラベラ独り言。

 誰だ?この学ラン中学生は?

「こんばんは、月のひかりびるおじょうさん。

 そこの魔術感かく統合とうごう教室に今日から通所することになった、市場いちば 秋葉あきはです。

 魔術使用には制げんがあるため、防壁魔術でご了承りょうしょうください。

 おや、木目の王国の職員も来てくれたみたいですよ。

 ……まあ、かれたりではなく、はずれでしょうが」


「大丈夫ー?

 だいじょばないー?」

 黒髪くろかみの中学生くらいの男の子。わたしよりおにいさん。

 その近くで、むらさきいろの髪が夜風よかぜになびいている。






おれちょうスーパーダイナマイトボンバーアルティメットファイヤーな護符ごふしてあげよう」






 ジャラリ、ジャラリ。

 髑髏どくろのシルバーアクセサリーがくびにかけられたしゅん間。

 いたみがえていく。

 お姉ちゃんの端末を勝手に操作そうさするおと

「ヴィジュアルけいバンドの『鉄槌てっつい水銀マーキュリー馬車キャリッジで、ギターやってますー、ダークネスブラックフォーリン天使エンジェルバビロニウス六世ろくせいです」

 <……本名ほんみょうを言いなさい!本名を!>

「月森の家四ごうの三角屋根が壊されました。

 至急しきゅう維持いじたいを派けんしてくださいー」


「お兄さん、死んじゃうよ……げて……」






いざなえ、我が崩壊ルインド楽園パラダイス






 禍々まがまがしい鋼鉄こうてつの、くさりだらけのとびらがどこからか上空じょうくう出現しゅつげんして。

 ギギギギギーッと不快ふかいな音を立てながら。

 扉がひらいて行く。


 くろ口紅くちべに

 青白あおじろはだ

 サイケデリックなライムグルイーンのカラーコンタクト。

 魔法じん入りのネイル。

 わたしの白馬はくば王子おうじ様は白馬にってはいなかったけれど。

 地獄じごく背負せおってやって来てくれたのは間違まちがい無かった。

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