【閲覧注意】04 放課後の楽園(組石市立楓池小学校三年一組鈴木 縁視点)

 ※悪口、嘔吐の描写があります。ご注意ください。






 駅前えきまえ広場ひろばのベンチにすわりながらからげをべているおんなを、「Opalオパール Schoolスクール指定していかばん背負せおったおとこの子がったままつめている

「やほー、イタくんー」

「……王国おうこくやついしてていのかよ?」

「おやつに唐揚げ。最高さいこうじゃん。

 美味おいしいよ。べる?」

「いらない。

 おや弁当べんとうつくってくれたから」

「そうなんだー。バイバイーイ、受験じゅけん勉強べんきょう頑張がんばってー」

かねわれなくても、頑張るよ。

 とにかく、へん連中れんちゅうおおいからをつけろよ」

「はいはーい」


 おかしい。

 作田さくた君もじゅくかった男の子とおなじ「残念ざんねんそうな表情ひょうじょう」をしている。

「金子さん。

 また買い食いしてるんですか?」

「おっ、ギプスマン。

 いじゃん。良いじゃん。

 王国の三時さんじのおやつ、あまけいしかいんだもーん。

 あれー、彼女かのじょー?

 ユズリンがたら、ショック死するんじゃなーい?」

かえでいけの子で、鈴木。

 今日きょうから王国みん

 みち案内あんないたのまれただけだよ」

「おはつー。

 ウチは金子 かん

 ヨロー」

「鈴木 えにしです。よろしく、おねがいします」

「こういう言葉ことばつかいとギャルっぽい服装ふくそう従姉いとこ影響えいきょうとおがり。

 金子さんは塾にかなくても、中学ちゅうがく受験で首席しゅせきれるくらいあたまが良いから」

「ギプスマン、買いかぶぎ―。

 ウチ、もうちょっと唐揚げたのしむから―。バイバーイ」


明快めいかい塾のもとせい

 おなじ塾の中学かよっている、男子だんし中学生に片想かたおもいしてたんだけど。

 ライバルに、ってるってわさながされて。退たい塾させられたんだって。

 塾から『ガセ情報じょうほうで退塾処分しょぶんしたのをしたい』ってあやまられたんだけど。いま木目もくめの王国で、家庭かてい教師きょうし派遣はけんしてもらってるんだ。

 お金持かねもちのいえだけど。

 親が仕事しごとでいないから、家庭教師と二人ふたりっきりはよろしくないってことでさ。

 王国に家庭教師が通ってるんだ。

 げつすいきん利用りよう

 夏休なつやすみは利用りよう頻度ひんどえて。週間しゅうかん、家庭教師と通いめてたね」




「木目の王国」。

 玄関げんかんは二じゅうになっていて。そととびらひらいたけれど、なか扉は施錠せじょうちゅう

 一人ひとり一人出入でいりを審査しんさされる。

 カードリーダーの機械きかい一台いちだい設置せっちされている。

受付うけつけ」の小窓こまどがガラガラとおとてて、開く。

「ようこそ、木目の王国に」

「あっ、市場いちば君じゃん。

 鈴木、おれよりも市場君のほうが案内上手じょうずだから。じゃあな!」

 作田君はポケットから入館にゅうかんしょうカードをり出し、カードリーダーにかざして、自動じどうかい錠された中扉のおくすすんでしまう。


「……はじめまして、鈴木 縁です。『みどり』とよく間違まちがわれるんですけど、縁です」

 .「ぼくは市場 あきです。

 ここからは僕が案内やくでも良いかな?

 マギ男子ははや宿題しゅくだいわらせて、にわ外遊そとあそびがしたいんだ。

 木目の王国では、宿題優先ゆうせん。外遊びはそのあと

 作田君のように、学校で宿題をわらせて来る男子もおおいよ。

 日照にっしょう間がみじかくなったから、外遊びはむずかしいけれどね」

「マギ男子」ってかたは、マギボールがきな男子。

 しょう学校でも、中休みと昼休みのどっちもマギボールをしにグラウンドへいそいで行く男子がおおい。

 そういう男子は先生せんせいの目をぬすんで、きっと、宿題は授業じゅぎょう中にコソコソ片付かたづけているんだろうな……。

 給食きゅうしょく時間が長引ながびくと場所ばしょりにおくれるから、「じょ子、いそいで食べろ!」って怒鳴どなられたこともある。

 公立こうりつ小学校って、一斉いっせいに食べはじめる「みなさん、いただきます」号令ごうれいから、一斉に食べわる「皆さん、ごちそうさまでした」号令まで十五じゅうごふんも無い。

 だって、男子が意味いみつくえうえ何度なんどもバンバン叩く。

 きざしなんか。一学級いちがっきゅうにつき一球いっきゅうされているマギボールをバシバシ叩いて、「号令、号令」とあおる。

 よくあるのは……無なおしゃべりをしている女子には、爆裂ばくれつ牛乳ぎゅうにゅうパックがお見舞みまいされる。

 あとは。食べるのがおそい女子はあきらめて、「もう、いらないです」とうしかない。


新規しんき利用りようしゃIアイDディー無いので、まだ正式せいしきに入館出来ないんだ。

 新規利用者かりIDを事前じぜんにもらってるはずだから、それをこっちのモニターに出て来る入力にゅうりょくキーでしゅ動入りょくして、入館して」

「わかりました」

 パステルピンクいろのランドセルから、仮IDのかみを取り出す。


[1イチ3サン151315NエヌEイーWダブリュFエフ]


 同じ数字すうじかえしで、今打いまうった数字をわすれそうになったけれど。

 <仮入館してください、仮入館してください>

 中扉の中へ入ることが出来た。

 職員しょくいんさんがあわてて、階下かいかからりて来た。

 むらさきめたかみに、ゴテゴテのシルバーアクセサリー。

 髑髏がいこつTティーシャツに、ズタボロのジーンズは両膝りょうひざあないている。

「ごめん、ごめん。

 しゅうフロアの人手ひとでりなくて!

 鈴木 縁さん。ようこそ!

 ……あっ、もう、仮入館、終わっちゃった?」

「は、はい。市場君がやってくれました」

細川ほそかわ先生。

 髑髏Tシャツはこわがる子がいるから自粛じしゅく

 アクセはんじゃう事故じこや、ひろいで誤嚥ごえん事故じこきるから、禁止ですよ。

 僕が案内しますから、更衣こういしつ着替きがえて、未就学児のところへもどってあげてください」

「ごめん、ごめん。

 着替えるひまくて!

 下足げそくばこ登録とうろくんでいるから。『イ-3-えにし』!

 じゃあ、またあとで!」

 うち玄関で、バンドマンっぽい先生がTシャツとズボンをぎだして、わたしは天井てんじょうあおぐしか無かった。

 ここでは、職員さんの名前なまえに「先生」をつけるんだ。

 ならいごとの教室の先生をかんじにているな。



 ひくめの下足だな三十さんじゅうれつもある。

 ひらがなで名前だけいてあるたなもあれば。

「イ-3下足箱」のおおきめプレートがついている棚もある。


 楓池小学校の下足箱は、出席しゅっせき番号ばんごうじゅんめられちゃっていて。わたしはひくくて、なかなか自分の下足箱のくつを出し入れするのが上手じょうずに出来ない。


 ここは、背伸せのびをしないでもとどく。

 玄関入って、ひだりはしは楓池小の一年いちねんからろく年までの下足箱が六列、ならんでいる。

「イ-3-えにし」のプレートを発見はっけん


きみ、三年生?

 じゃあ、学校内の学どういくからはい出されたんだ。

 ああいうところは、てい学年の一・二年しか所属しょぞく出来ないからね」

「はあ……」

「それでも、小三からなら、一人でお留守るす番頑張るよね。

 いしずえゆがんじゃった?

 それとも、せい魔術まじゅつで火遊びした?

 何か、トラブルをこしていないなら。

 親の夜勤やきんのせい?」

「パパが長期ちょうき出張しゅっちょうで。ママが介護かいご福祉ふくし施設しせつ職員で、夜勤なんです」

「じゃあ、毎日まいにちってわけじゃ無いか?」

「そう、だとおもいます……」

「まあ、学校みたいなしばりはすくないから。

 学年もえて、自由じゆうに過ごして。

 ただし、未就学児フロアは行かないでね」

 木目の王国はにわで遊ぶ以外いがい、靴は退たい館まで下足箱にいたまま。

 靴したで過ごす。


「宿題を終わらせた子から、ゆう食まで自由時間。

 夕食は夜おむかぐみ一緒いっしょに食べるから。

 とまりなら、夕はんに男女べつでお風呂ふろ


 いっ階は、玄関、下足箱、下足箱の向こうがわは、庭につうじるつうぐち、階段。

 下足箱のひだりおくは職員更衣こうい室。

 下足箱のみぎ奥は、事室。保護ほご者のいブースには、病院びょういんいみたいなソファーがたくさんいてある。

 よるに親が迎えにてくれる子は、夕食後階段よこの「帰宅きたく準備じゅんび室」で時間をつぶす。かなりひろ談話だんわ室。


 階段かいだんわきには館ないがあって。

 二階は、食どう厨房ちゅうぼう、第一談話だんわ室、第二談話室、未就学児フロア。

 三階は、男子宿泊しゅくはく室、男子浴場よくじょう

 四階は、女子宿泊室、女子浴場。


「僕は中学生。

 ちち親と二人ふたりらし。

 ここのOBオービーで、ボランティアで泊ってる。

 大人おとなの目が圧倒的あっとうてきに足りないから、ときどきたのまれるんだ」

「どのくらいのペースで?」

「週一。多くて週三。

 イベントまえとかは泊りみで手伝てつだうよ」



「……もしもし?

 ……うん、予定通り。

 ……どう、つち先生とは?

 ……デート、たのしんで。

 ……じゃあね」



「『お父さんがデートで、居場所いばしょが無いから?』って、疑問ぎもんこたえる必要ひつようが無いけれど。一応いちおう、答えておくね。

 お父さんは離婚りこんして、僕は父子ふし家庭で。

 さくまでいたしょく場の同僚どうりょうが良い人で。

 僕きなのは、二人が映画えいがきだから。

 仕事が終わって。ご飯食べて。レイトショー。

 子どもはあるけない。

 僕、かわいそうじゃないよ。

『じゃあ、何で、わかれたおかあさんのところへ行かないのか?』にも答えよう。

 離婚の原因げんいんがね、お母さんが僕を育児放棄ほうきしたから。

 そして、僕のりんごねつは『取り換えチェンジリング』。

 さびしい気持ちがいっぱいいっぱいになると、べつの家ぞくのところへ転移てんいしちゃうんだ。

 ここは僕の魔術の礎が安定あんていする場所。

 中学生は思春ししゅん反抗はんこう期で大変たいへんなんだって。

 性かうも魔術もゆがみやすいから、ここでお手伝いしたほうが良いんだ」

「そこまで、ベラベラ喋るのはどうかと思う」

「そうかな?

 でも、うそをつくよりはマシじゃない?

 僕が今つよのぞめば、君のお母さんのところへ転移出来る、

 君のお母さんが真面目まじめはたらいてるか、どうか。

 僕が見てきてあげようか?」


 この人、も。怖い。


「ごめん、ごめん。

 ちょっと、ムキになっちゃった」

「『市場秋葉はイヤなヤツ!』……おいおい、これ……だれだー!!廊下のかべ落書らくがきしたおろものはー!!」

 着替えを終えた細川先生が壁の落書きをバンバン叩きながら、わたしたちにちかづいて来る。

 廊下には、わたしたちしかいない。

 絶対ぜったいうたがわれてる。


「僕の名前も、えないんですか?」

「消えない。秋葉君の自作自えんじゃ無いよな……」

「細川先生、面白おもしじょう談ですね。

 ……へ~、君、思ったことを壁に自動でなぐき出来るんだ。

 インクはどこから?」

 細川先生の怒鳴り声を聞いた職員のよこ先生が慌てて、二階から下りて来た。「よこせ先生」のネームプレートが胸元むなもとにあるから、職員さんだろう。

「秋葉君、呑気のんきしつもんしてないで!

 というか、君、どこからしぼびこんだの?

 OBのボランティアなんて頼んでいないし、OB・OGジー交流こうりゅうかいもやってないよ。

 利用者じゃないんだから、警察けいさつぶよ!」

「横瀬先生、不法ふほう侵入しんにゅうの僕があつをかけて質問しました。

 すみませんでした。

 落書きはこの子かもしれませんよ」

「……わ、わたしがやったんじゃない」

代筆だいひつしてあげたよーん!!!!」

 市場君がニヤニヤしていたら、駅前広場のベンチにいた金子さんがやって来た。

「こら、金子さん!」

「市場って。

 利用当初とうしょからさー、自分が思いどおりにならないと、言葉ことばと魔術で、年下とししたの子を誘導ゆうどうしたり、ハラスメントしたりしてたの。

 市場とははなしちゃ駄目だめ!」



 市場君は事務室へれていかれそうになって、拒否きょひをした。

「自分でかえれます」

「君。

 もう、中学生なんだから。

 不法侵入は立派りっぱ犯罪はんざい

 あやまってむ問題じゃ無いよ。

 これで、こん週五度目だよ。連日れんじつ迷惑めいわくしてるんだ」

 木目の王国のオーナーさんが所長しょちょう室から出て来て、市場君と目も合わせようとしない。

 教育事ぎょうでもあるのだから、それはさすがにひどいと思ったけれど。

 言葉たくみに、人のこころ操作そうさ出来る市場君と目を合わせないことに意味があるのだとしたら、仕方しかたがない。


「細川先生も、どうして、放置ほうちするんですか!」

「いやー、横瀬先生。

 俺等おえらだってー、大変たいへんじゃないっすかー。

 良いんじゃないですか?

 善意ぜんいで手伝ってくれるんだし―。

 夕食まえまでなら、手伝ってもらったほうがらくかと思って」

「利用者がまいっているの!

 木目の王国がこわくて、つう所したくないってこえがってるって、職員会でも認識にんしき共有きょうゆうした途端とたん。『自分がらくしたい細川先生』が市場君に居場所をあたえるようなことをして、どうするの!

 とにかく!

 かれはもう利用者ではありませんし。

 不法侵入が多くて、迷惑めいわくしているんです。

 女の子たちに向かって、高圧的で。

 男の子たちは操作されちゃって。

 警察の介入かいにゅうったなし!」

 横瀬先生は他人たにんごとのようにヘラヘラ笑っている細川先生のシルバーネックレスにゆびを引っかけて、細川先生がよろめいた。


 けつけた制服せいふく警察かん「その一」が何もしないうちに、制服警察官「その二」に手錠てじょうをかけられた。

 市民の苦情や犯罪者の恨みを買わないように、「そのマル」というネームプレートをつけている。

「不法侵入の現行げんこう犯で、十六時五分逮捕たいほ

「……どうして、俺に手錠をかけるんだ?

 俺は公務執行しっこう中だぞ」

「え?」

馬鹿ばか

 チェンジリングの少年しょうねんなんだから、注意ちゅういしろってはなし!」

「すみません、先輩せんぱい!」

「こちら、木目駅西にし交番こうばん春本、木目駅西口交番春本。

 チェンジリングの市場 秋葉が木目の王国に不法侵入。

 現行犯逮捕出来ず。

 交番夏本に違法いほう心理しんり操作魔術をかけて公務執行を妨害……」

 下足箱のまえで。無線機むせんき応援おうえん要請ようせいと、緊急きんきゅう配備はいびをおおねがいしている警察官その一(無線時、自称「春本」)。警察官その二(無線時、他称「夏本」)はしょんぼりしている。

 気がつくと、市場君はいなくなっていた。



 兆部にねらわれたさっきよりも、心臓しんぞうがバクバクしている。

 もう、ババババッて感じ。

 魔術のしゃ会はなに不自由のない社会。

 ううん。

 不自由過ぎる。


 パパはずーっといない。

 おぼん休みも会社は何でも無いのに。取引とりひきさきのミスが発覚はっかくして、パパたちぜん員お休み返上へんじょうして、対応たいおうした。

 いまは。社とはえミスにづかず、確認かくにん連絡れんらくおこたって、業務を放した自分の同僚どうりょう使つかえない人)のわりに長期出張中。


 ママは戦争せんそう経験けいけん……戦闘経験のあるおとしりの介護福祉施設で働いている。

 魔術の制御せいぎょが出来ないのに、戦争を思い出しちゃう入所者さんがいて。

 ママをてきだと思って、やっつけちゃおうとするお年寄りがたくさんいる。

 ママは日本にっぽんにいるのに、「毎日まいにち戦争してる」って、言っていた。

 でも、パパもママも大変たいへんなお仕事しごとだから、給料きゅうりょうたかい。それで、めるに辞められない。


 ゴミてのルールも、まえんでいたふるいマンションより厳罰げんばつ

 ベランダは趣味しゅみ日課にっかのお披露ひろではなくて、避難ひなん経路けいろ。だから、なにけない。

 わたしは学校が終わっても、家に帰れない。

 最新さいしんのマンションに引っしたら、小学校三年生の子が一人でお留守番して、「法」に抵触ていしょくした。

 小学生五年生以下の子どもをマンションにけ出なく一人にさせた場合ばあい、自動通ほう

 新ちくマンション「ヴァーミリオン」が木目の王国に見守みまもりを委託いたくしている。


ふゆ休みには引っ越そう」とっていたけれど。

 わたしは木目の王国、きかも。

 ずっと、さびしかったのは本当ほんとう

 楓池小学校一・二年のころの校内学童保育は男の子ばかりで、馴染なじめなかった。




「はーい、かーらーあーげー」




 ほんの少しめて、揚げあぶら蒸気じょうきでベチョベチョした唐揚げがくちの中にしこまれる。

 モグモグ。

 美味しい。


 階段前のゆかにへたりこんでいたわたしは、金子さんと金子さんの家庭教師にささえられて、立ちがることが出来た。

 やさしそうで、眼鏡めがねをかけた女子だい生。

月宮つきみや大学魔術学部一年の竹田たけだ そらです!」

「空ちゃん先生、子どもにきん張してどうすんのー?」と、金子さんはケラケラわらって。

「金曜日は、月一つきいちでカレーライス。

 今日はカレーじゃないよ。

 クリームシチュー。おイモし増し。

 にくは男子が取っちゃうから、唐揚げでげん気出るよねー」って言いながら、さらに、わたしの口の中に唐揚げをもう一つ押しこんだ。

 美味しい……いけない、いけない。


 金子さんは職員さんに「飲食いんしょく持ちこみ禁止きんし!」っておこられてたけど。

 わたしがこしかしてうずくまっていたのを元気づけたことで。おとがめ無しになった。

「給食だと、マギ男子のせいでゆっくり食べれないもんね。

 ウチは今から家庭教師と十時まで勉強があるから。

 おたがい、ガンバロー!」

 金子さんは空ちゃん先生と、二階の一番小さな室へ入って行った。



 二階は、だだっぴろい第一談話室があって。

「あの子、誰?」

ってる子?誰かのいもうと?」

 そんな問の声が「自しゅうけんしずかに過ごす部屋へや」になっている第二談話室へいこまれていく。


 第一談話室の奥に食堂。食堂は椅子いす席で、テーブルの上には、おはしとスプーンが並べられている。

 食堂の横には、厨房ちゅうぼう

 利用者が使える洗面所せんめんじょがあって、ながい洗面台がある。じゃ口は十二個。

 わたしのあとからも続々ぞくぞくとやって来た利用者の子たちが手あらいとうがいのじゅんちをしていたけれど、その列はすぐに解消解消された。

 そして、第二談話室に駆けこんで、一生いっしょう懸命けんめい宿題を片付ける。

 空いているところはもう無くて。

 でも、小学五年生たちが「こっち、こっち」とごえで言いながら、手まねきしてくれた。


 三の一の今日の宿題は、漢字かんじれん習、算数さんすうけい算問題、リコーダー練習。

 計算問題をきながら、あたまはリコーダーテストのことでいっぱい。

 学習発表はっぴょう会が十一がつだから、らい週のリコーダーテストまでに、仕上げなくちゃいけない。

 仕上げるって言うのは、「楽譜がくふみながらく」じゃ駄目。

 げきくリコーダーきょく氷柱つららのアーチ」を暗譜あんぷして、クラスのみんなの前で吹く。

 本番どおり、とはちがう。

 一人で、吹く。

 ソプラノパートは満点まんてん70ななじゅってん

 アルトパートは満点が100ひゃく点。

 30点の点は、ソプラノパートが滅茶苦めちゃく楽勝らくしょうだから。そもそも、アルトパートが主旋律メインパートみたいに、威張いばる感じ。

 このテストにごう格しないと、げき参加さんか出来ないから、保健ほけんとう校や不登校以外の子は必死ひっしになって、アルトパートを練習している。

 あっ、作田君みたいにうでをケガしている子はどうなるんだろう?

「リコーダー・歌・ダンス・国語こくごの音読練習は、第一談話室でやってね!」と注意書きがドアにも壁にも掲示けいじされている。



 書きものけい宿題を終わらせて、リコーダーを手に、第一談話室へ移動。

 ポーポポポポーポポー、ポー、ポーポポポポポポポ、ポポポポポポ。ポー。ポー。

 第一談話室のラックは、間のお迎えがある児童せん用ランドセル・外套がいとう置き場。

 わたしは宿泊組なので、リコーダー練習が終わったら、四階へ行って、ランドセルを置いて来なくちゃ。

「ねえ、今の曲。

 イケ小の作田君も練習してたよ。

 三年生?」


 おい、おい、おい。

 話しかけて来たのは、あの「錠前じょうまえ」さん。

 二年生のころと変わらず、ふんわりした女の子っぽいお洋服ようふく

 しかも、今日は、スカートですか。

 楓池小三年じゃ、ありえない。

 マジか……。

「うん。

 楓池小三年の鈴木 縁。どうぞよろしく」

「うん、こちらこそ。

 年輪ねんりん小学校三年の錠前 ゆずりは仲良なかかよくしようね」

 いえいえ、こちらは仲良くしたくないです。

 兆部の被害ひがい者でしょ?

 こっちだって、何も話したくないんだから。

 しかも、げた子。


 でも。

 錠前さんはすぐ、一階へ行ってしまった。

「錠前さんてさー、誰かに話しかけるんだー」なんて、年輪小三年女子にヒソヒソ話をされていた。

 あんまり、年輪小でもうまくやっていけていないのかな……。


「縁ちゃん、だっけ?

 作田君のこと、好き?」

「……好きもきらいも、何もらない感じ。

 同じクラスになったこと無くて、まったく話したこと無かったから。

 今日は先生経由けいゆで道案内をおねがいしただけだから」

「宿題、もう終わったよね?」

 年輪小の三年女子人にガッチリ右腕・左腕をつかまれている。引きずられるように、目的地もくてきちも知らずに階段を下りなければならない。

 新入りへの洗礼せんれい

 あの、変な中学生で、終わりじゃ無いの?

 錠前さんを階段のおどり場でかして、先に下りていく。

 そのくときに。




「そんなに好きなら、イケ小にもどれば?」




 嗚呼ああ、錠前さんがガクガクふるえだして、踊り場でゲーゲーき始めた。

 それを無視むしして、年輪小三年女子軍勢ぐんぜいは、階段を下り切った。

 そこで、わたしの腕は解放かいほうされた。

 そういうことか。

 この四人は。

「アンタはもと小のよしみで、錠前さんをたすけるのか?助けないのか?」っていう、審判員しんぱんいんだ。

 わたしにいやがらせをするのではなく、錠前さんのゲロを「」にした異端いたん者のあぶり出しか。

 わたしはとりあえず、踊り場へ戻って、錠前さんにう。

「えーっと。

 錠前さん、具合ぐあいわるいよね?

 着替えるか、先にお風呂入らせてもらう?」

 さっき第二談話室内でくばられたスナックお菓子かしがグチャグチャの状態じょうたいでリバース。

「ひらおか先生」のネームタグをつけた平岡ひらおか先生が「さきにお風呂に入ってスッキリしちゃおうか」とやさしい声で話しかけながら、淡々たんたんと錠前さんのケアをしていく。

 そこで、一階から。




「あーあ。

 今日も、ゲロ風呂ぶろかー!!!」




 一階から。さっきの女の子たちと思われる声で、悪口がこえた。

可愛かわい恰好かっこうが出来る学校にかよえて良いじゃん!

 ゲロなんか、……キレイなんだよ!!!!」

 わたしの両目からなみだながちた。

 わたしだって、引っ越すなら、校内の新築マンションじゃなくて、別の校区のが良かった。

 パパもママも、さっさとめちゃうんだもん。

よごれちゃうから……」と平岡先生に気をつかわれたけれど。

「早くキレイにしたほうが良いから。

 錠前さん。お風呂、先にどうぞ」

 わたしは一階の掃除そうじ箱からゆかにも使える洗剤せんざいを取り出して、床に適量ていきょうかけて、またまた通りかかった細川先生にキッチンペーパー持って来てもらって、掃除をする。

 洗剤のにおいはそこまでキツクないので、かん気の必要ひつよう無しと判断はんだん



 二階で、誰とも話さずに夕食が終わると。

 男子宿泊組は三階。

 女子宿泊組は四階で過ごす。

 夜のお迎えがある子は一階で待機。

 錠前さんは夕食をゆっくりでも食べることが出来たし、「親に迎えに来てもらえ無さそう」なので、宿泊組のまま。


 四階へ行こうとすると、作田君に「縁」って呼びてで話しかけられた。

 先に階段を上がっていた錠前さんがわたしを怖いかお見下みおろしていて。ちょっと、ビクッて反応はんのうしちゃった。

「なあ、縁」

「何、作田君?」

「楓池の学童でさ。

 俺等が一年のとき。

 ……学童の先生がりないとき、三年生のOB・OGが手伝いに来てたじゃん。ふねって女子。覚えてる?

 今、五年生のはずなんだけど」

「あー、うえ

 まあ、上級生なのは間違い無いよ。

 あたまが良くてさ。

 昼休み、図書としょ室で、好きなほんの話をコソコソした」

「五年の小船がイケ小から転校したって本当?」

「……そういえば、登校でも見てない。

 でも、ならごと……木目駅前の『迷声めいせい』じゃない?

 学童の先生が『自分の子も迷声に通わせようと思ってる』って、小船さんに相談そうだんしてた!

 でも、楓池小に一番ちかい教室じゃなくて、わざわざ駅前まで通ってたはず。木目の王国と同じ木目一丁目」

「だよなー。俺も、二年の終わりでイケ小学童をそつ業して。新三年の春休みからさ。木目の王国を利用して来たからさ。

 小船さんって人と、すれちがわないのが変だなって……」

「迷声のこう師に、聞いてみる?」

個人こじん情報でおしえてもらえないだろ」

「わかんないよ。ちょう食食べたら、迷声に行ってみよう」

「いるかな?

 土曜どよう授業のあるなんだぞ?」

「事務業とか、打ち合わせ、やってるでしょ。

 ここの迷声はこのへんきょ点でもあるんだから」



 それから。自分の家以外のお風呂に入った。

 しかも、すぐ下の階から、男子の声が聞こえて来て。

 何か、変に緊張したな……。

 でも。

 まあ、あの地獄じごくくらべれば。

 ここは、楽園らくえん

 それは間違いない。

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