迷の世界短編集

02 自然界の魔水と精製魔水（あじさい病児保育園職員翁芝 秀視点）

　市場（いちば）さんのロッカーのドアの内側（うちがわ）には、三歳（さんさい）のお子（こ）さんの写真（しゃしん）が貼（は）られている。

　男親（おとこおや）だけれど、奥（おく）さんと一緒（いっしょ）に産休（さんきゅう）取得（しゅとく）。

　二年（にねん）前（まえ）に育（いく）休から復帰（ふっき）した早々（そうそう）。

　感染症（かんせんしょう）の子を押（お）しつけて来た親に逆恨（さかうら）みされて、市場さんの自転車（じてんしゃ）も、俺（おれ）の自転車も車道（どう）へ投（な）げ捨（す）てられて、無茶（むちゃ）苦（く）茶にされた。

　親が働（はたら）いてても、預（あず）かり施設（しせつ）に子どもを預けられないときはある。そういうときに、子どもを優先（ゆうせん）して、仕事（しごと）を休（やす）まなくちゃいけないのはわかるけど。

　ずっと寄（よ）り添（そ）い姿勢（しせい）で、丁寧（ていねい）に断（ことわ）っていた市場さんたちを傷（きず）つけようとするなんて、最低（さいてい）だ。あの犯人（はんにん）。

　おっと、買（か）い忘（わす）れるところだった。

　始業（しぎょう）前に、やっぱり園内にある自販機（じはんき）で、補充（ほじゅう）用（よう）精製（せいせい）魔水（ますい）を三本（ぼん）購入（こうにゅう）。

　園内と言（い）っても、敷地（しきち）ぎりぎりよりも少（すこ）し奥（おく）まって建（た）てられた病児（びょうじ）保育園（ほいくえん）舎（しゃ）の外壁（がいへき）に、ビタッと自販機が三台（だい）設置（せっち）されている。

　飲料（いんりょう）用・魔水用の自販機がそれぞれ一台ずつ。

　でも、自販機を塞（ふさ）ぐように、大人（おとな）と子どもが列（れつ）を作（つく）っている。この列はテント小児科（しょうにか）病院（びょういん）正面（しょうめん）玄関（げんかん）から続（つづ）いている。

　朝（あさ）の通勤（つうきん）時間（じかん）に必（かなら）ず視界（しかい）に入（はい）って来（く）る、テント小児病院の大行（だいぎょう）列。

　まあ、そのおかげで、あじさい病児保育園に利用者（しゃ）さんが来（き）てくれるけれどさ……。

　毎日（まいにち）朝（あさ）八時（はちじ）四十五（よんじゅうご）分（ふん）の段階（だんかい）で定員（ていいん）六（ろく）十名は超（こ）えているけれど、今秋（こんしゅう）から「組石市（くみいしし）家庭（かてい）相談（そうだん）局（きょく）」からの緊急（きんきゅう）要請（ようせい）で、百五十（ごじゅっ）％（パーセント）まで緊急受（う）け入（い）れをするよう命（めい）じられている。

　何故（なぜ）なら、実習生（じっしゅうせい）が病児保育の実習に来（き）てくれるから、だって。

　アイツ等（ら）。実習一週（いっしゅう）目（め）だと、見学（けんがく）とオムツ替（が）えと簡単（かんたん）な掃除（そうじ）しか出来ないから、マジで使（つか）えないのに……。

　職員の昼（ひる）休憩（けい）は病児の昼寝中（ねちゅう）の午後（ごご）一時過（す）ぎから、交代（こうたい）で取（と）る。そのはずが夕方（ゆうがた）なのに、忙（いそが）しくて何（なに）も食（た）べていない。

　病児の見守（みまも）り。

　親の代（か）わりに処方（しょほう）箋（せん）の頓服（とんぷく）の管理（かんり）。

　バイタルの自動モニタリング装（そう）置が外（はず）れていないか巡回（じゅんかい）しつつ。休憩を取る。

　実習生はさっきまでの暇（ひま）そうな顔（かお）をやめて、見学と掃除（そうじ）の内容（ないよう）をレポートにまとめ始（はじ）めた。

　いやいやいや、家（いえ）帰（かえ）ってから、レポートをまとめてくれよ！……と思（おも）ったけれど、学校に実習レポート提出（ていしゅつ）するだけじゃ無（な）くて、実習生のお世話（せわ）係（がかり）も評（ひょう）価コメントを書くんだっけ？

「実習生の皆（みな）さん。

　担当（たんとう）保育士（し）が確認（かくにん）印（いん）かサインするから、焦（あせ）らずまとめて書（か）いてねー」と市場さんが優（やさ）しく声（こえ）かけしてあげている。

　まあ、調子（ちょうし）に乗（の）った実習生が「焦らず」を「ゆっくり」とか、「適当（てきとう）に」とかの意味（いみ）で解釈（かいしゃく）しちゃったんだろうな。

　だんだん、私語（しご）の声量（せいりょう）も大（おお）きくなっていって。

　実習生の一人（ひとり）。

　デカ目（め）カラコンの女子（じょし）大（だい）生が「市場さんて、恋人（こいびと）いるんですかー？」なんて、冗談（じょうだん）を聞（き）いて、職場の空気（くうき）が凍（こお）った。

「奥（おく）さんと離婚（りこん）したんだ。

　恋愛（れんあい）とか、結（けっ）婚とか、懲（こ）り懲（ご）りだよー」とちょっとおどけながらも。

「病児保育はやりがいのある仕事（しごと）だけれど、『親（おや）が休（やす）みの日（ひ）なら家（いえ）で看病（かんびょう）するなんて当（あた）たり前で、簡単（かんたん）な育児（いくじ）』って思（おも）われちゃうこともあるんだ。

　でも、痙攣（けいれん）。意識（いしき）レベルが下（さ）がることもある。そのとき、『病児保育に預けたのに、悪化（あっか）した』って責（せ）められることもある。

　今日（きょう）の職場でも。翁（おきな）芝（しば）君（くん）がさ。ふとした瞬間（しゅんかん）、自分の担当外（がい）の子の異変（いへん）に気づいたんだよね。

　強（つよ）くて偏（かたよ）ったプライドを持（も）ってる職員（いん）がいると迷（まよ）っちゃうよね。萎縮（いしゅく）して。

　でも、翁芝君は『貴方（あなた）の担当の子がああでこうで』って、言えてたね。職場の雰囲気（ふんいき）が口出（くちだ）しできない雰囲気じゃなくて、良（よ）かったよ。

　結局（けっきょく）、テント病院へあの子を抱（かか）えて運（はこ）んだけど。

　まあ、自分一人のやりがいだけじゃ、無理（むり）だよねー」

　俺（おれ）のときはあじさいとは別（べつ）の実習先だったけれど、「御前（おまえ）のせいで子どもは死ぬんだからな！」と怒鳴（どな）られたのが忘（わす）れられない。

　本（ほん）気で怒（おこ）ってくれる職員さんだった。

　まずは、子どもの命（いのち）が最優先（さいゆうせん）。

　第二（だいに）に、職場内の連携（れんけい）。

　第三に、職場外との連携。

　これが俺の頭（あたま）の中にはこびりついている。

　デカ目カラコン実習生は最初（しょ）、市場さんのスピーチに感動（かんどう）したって表情（ひょうじょう）を作（つく）っていたけれど、すぐに実習生仲間（なかま）と私語（しご）をしながらレポートの作成（さくせい）に戻（もど）ってしまった。

　朝、チラリと降っていた緑色の雨。

　夕方（ゆうがた）になって、また降り始めた。

　どうやら、夜（よる）にかけて本降（ほんぶ）りになりそうだ。

　これは、自転車で帰（かえ）るのが大変（たいへん）そうだ。

　レポートを書（か）き終（お）えた実習生たちが職員玄関（げんかん）内（ない）で、「自転車通学用防水（ぼうすい）魔術（まじゅつ）」に失敗（しっぱい）しないように、多機能（たきのう）通信（つうしん）端末（たんまつ）で検索（けんさく）している。

「何（なに）、雨（あめ）に濡（ぬ）れたくないの？」

「毎日実習前に、スプレーで髪染（かみぞ）めしてるんで……魔水に当（あ）たると、斑（まだら）になっちゃうんです」

　えー。

　ちゃんと、美容室（びようしつ）行（い）って、やってもらえよ。

　市販のスプレーは粗（あら）が目立（めだ）つって。

　そういえば、昨日（きのう）と今日（きょう）、園長（ちょう）から「地毛（じげ）の色で無い人はきちんと地毛の色に髪染めしてください」と注意（ちゅうい）を受けていた実習生が十六名中十一名もいた。

　チャラチャラしてんなー。

　下手（へた）すると、実習中止（ちゅうし）。最悪、学校側（がっこうがわ）に、「今年度（こんねんど）の実習中止と来（らい）年度以降（いこう）の実習受け入れ白紙（はくし）」にされるぞー。後輩（こうはい）のためにも、頑張（がんば）れよー。

　天然（てんねん）の魔水。

　精製（せいせい）魔水は身近ではないけれど、雨にまざって降る魔水はどうしようもない。

　山（やま）や麓（ふもと）の森林（しんりん）にしみこむ地下（ちか）水。

　湖（みずうみ）、川（かわ）、池（いけ）、田（た）んぼ、農業（のうぎょう）用水、沼（ぬめ）、河口（かこう）。そして、海（うみ）。

　水道（どう）水にも魔水は含（ふく）まれている。

　口（くち）に入っても、無害（むがい）だけれど。

　魔術をコントロールするための教育（きょういく）を受けていない子は、魔術疲労（ひろう）や魔術暴走（ぼうそう）を起（お）こしやすい。

　発熱（はつねつ）などの病児保育現場（げんば）でも、水道水を単純（たんじゅん）ろ過（か）して飲（の）ませているだけ。魔水の除去（じょきょ）はしていない。

　一番近くの魔水の精製所は、組石市から離（はな）れたところにある、三鱗（みつりん）市。

　それを補充用魔水に加工するのは、組石市郊外の迷公（こう）社魔水工場（こうじょう）。

　ボールペンくらいの長（なが）さの筒（つつ）に、魔水カートリッジを入（い）れて、魔術を使（つか）う。

　体内（たいない）の魔水を消費（しょうひ）する筒無し魔術は使わないほうが良（い）い。

　筒は魔術制御（せいぎょ）装置。

　暴発・暴走をしないようにしてくれる便利な道具（どうぐ）。

　また、大人（おとな）が体内魔水を糧（かて）に魔術を使えたとしても、体内魔水が一気（いっき）に枯渇（こかつ）して、ショック症状（しょうじょう）が出る。

　これは普通の脱水（だっすい）症状とは別（べつ）の、脱魔水症状と診断（しんだん）される。

　実習生がいなくなってから、ようやく先輩（せんぱい）たちがお喋（しゃべ）りをし始めた。

　どうやら、昨日のテレビドラマの話（はなし）らしい。

　最近（きん）の時代（じだい）劇（げき）はどんどん容姿（ようし）が整（ととの）ったアイドルにも侍（さむらい）のカツラを被（かぶ）せて、殺陣（たて）を披露（ひろう）。

　所作（しょさ）のぎこちなさも含めて、「可愛（かわい）い」と人気。

「昨日の幕末（ばくまつ）時代劇、すごかったよねー」

「お侍さんの時代までは、皆（みんな）、雨が緑色だって知（し）ってたのに。

　開国（かいこく）のときに、『雨は透明（とうめい）』って洗脳（せんのう）魔術を使ったんだもん。

　あれ、時代考証（こうしょう）、合ってるんでしょ？

　恐（おそ）ろしいよねー」

「まやかしを捨（す）てて、科学（かがく）文明（ぶんめい）を拾（ひろ）わされたんでしょ？

　文明開化（かいか）のー、何（なん）だっけ？

　翁芝、何だっけ？」

「『散切（ざんぎ）り頭（あたま）を叩（たた）いてみれば、文明開化の音（おと）がする』ですよね」

　自分は話を聞（き）いていませんよーとアピールしつつ、今日の利用者に関する報告書（ほうこくしょ）を急いでまとめる。

　俺が担当した子は、小（こ）船（ふね）　青（せい）良（ら）ちゃん。二歳。月（つき）明（あかり）地区（ちく）の子。

　昨日魔術事故に巻きこまれて、救急（きゅうきゅう）病院で処（しょ）置。でも、今朝（けさ）になっても貧血（ひんけつ）が酷（ひど）くて、テント小児科病院を受診。

　増（ぞう）血剤（ざい）を投与（とうよ）して、あじさい病児保育園で様子（ようす）見。

　特（とく）に、痒（かゆ）みを訴（うった）えてもいない。

　吐（は）き気（け）、嘔吐（おうと）、下痢（げり）、頭痛（ずつう）、めまいなどの症状も無し。

　昼（ちゅう）食の鶏肉（とりにく）と卵（たまご）の親子粥（がゆ）も、しっかり完（かん）食。

　小（ちい）さい子が親と離（はな）れて、しかも慣（な）れない病院や病児保育園に居（い）て、不安（ふあんｎ）なところもあったのは確（たし）か。事故のショックも引（ひ）きずっていた。

　親も昨日の事故から、少（すこ）し時間が経（た）ってもかなり動転していて。親のストレスが子どもにも移（うつ）って来ていた可能性（かのうせい）も捨てきれない。

　利用者情報（じょうほう）の保護者記入（きにゅう）欄（らん）には、「星（ほし）見（み）保育園で小規模な魔術事故が発生」と書（か）いてあった。

　ニュースの内容（よう）。そして、星見保育園に問（と）い合わせた結果。厳密（げんみつ）には園舎や園庭（てい）ではなく、園の敷地のすぐお隣の、くまのこ公園で、発生していた。

　熊（くま）野（の）中学校（ちゅうがっこう）保健室（ほけんしつ）登（とう）校の中学生二名が学校へ登校せず、公園でサボっていた。

　それを咎（とが）めた近所（きんじょ）のおばさんが注意した結果。中学生が殺傷性の高（たか）い魔術を使った。暴発の可能性もあるらしいが。

　星見保育園児が傷口（きずぐち）も無いのに、失（しっ）血性ショックで意識（いしき）不明（ふめい）になった。

「そうそう、それそれ。

　オブリガーダ。

　それでさー。

　さらに、日本（にほん）語まで捨てさせようとして。

　初等（しょとう）教育から英（えい）語教育を始めさせたんでしょ？

　でも、そうなると、隠蔽（いんぺい）魔術の礎（いしずえ）だった『雨は透明』が崩壊（ほうかい）。

　魔術の源（みなもと）、動力源（りょくげん）。『緑の雨』こと魔水を隠（かく）せなくなってー。

　学校の社会の授（じゅ）業で、習（なら）っているけどさー。

　ああやって、時代劇の再現（さいげん）ドラマを見るとさー。

　現実世界にも、ドラマがあるんだなーって思（おも）っちゃったー」

　シルヴァ　真理愛（まりあ）さんは、南米（なんべい）出身。保育園のときから日本に住（す）んでいて、看護師（かんごし）資格（しかく）も持っていて、元（もと）テント小児科病院の看護師だった。

　一緒（いっしょ）にお喋りを楽（たの）しんでいる新人の八（や）幡（わた）　さくらさんと同（おな）じ、男（だん）性アイドルグループの楓（かえで）君推（お）し。彼（かれ）が出演（しゅつえん）している幕末時代劇に夢中（むちゅう）になっている。

　こんなに元気で優（やさ）しい人なのに、一時期病気で職していた。シルヴァさんは飲（の）み薬（ぐすり）の時間が決（き）まっているので、時間通りに昼食を取っているけれど。

　誰（だれ）も、シルヴァさんの悪口（わるくち）を言っているのを聞いたことが無い。

　太陽（たいよう）のような人。

「原々（はらばら）さんは見てないの？

　原々さんが好（す）きな俳優（はいゆう）さん。堂島（どうじま）さんも出てるよ？」

「昨日の夜は旦那（だんな）と息子（むすこ）の進路（しんろ）の相談してたの。

　日本は、英語の初等教育導入（どうにゅう）は廃（はい）止。小学校から、魔術教育を始めたけれど。

　国外の日本人学校初等部（ぶ）は、魔術教育が思うように出来なくて大変みたいで。かなり、レベルを下げてるみたいなの。

　ウチの旦那は、北（ほく）米大陸（りく）駐（ちゅう）在でしょー。

　息子二人高校生と中学生だけど、魔術教育の制限（せいげん）はある程度（ていど）あるから、旦那には我慢（がまん）して単身（たんしん）赴任（ふにん）してもらってるんだけど。

　南（みなみ）半球（はんきゅう）は南米大陸以外、非魔術社会でしょ？

　北（きた）半球の北米大陸は非魔術社会でもさらに厳しい、魔術禁（きん）止だもん。

　ヨーロッパとか、ユーラシア大陸の駐在員の子どもは普通に魔術教育受けられるのにねー。

　緑の雨が降るんだから、魔水を使って、魔術で有効（ゆうこう）活用しなくちゃ」

　古参（こさん）職員の原々さんはポロポロ愚痴（ぐち）をこぼしながら小さなおせんべいを食べ終（お）わると、退園時間が迫（せま）る子のもとへ行ってしまった。

　＜危険（きけん）魔術を感知しました。

　危険魔術を感知しました＞

　食後のお薬（くすり）を飲んで、お昼寝中の病児たちはなかなか気づかない。

「安全（あんぜん）確認開始（かいし）！」

「「「「「はい！」」」」」

　＜大月（おおつきどお）通りで……＞

「なんだー、月明地区じゃーん」

「焦（あせ）ったねー。

　木目（もくめ）地区との間（あいだ）には、息（い）吹（ぶき）が丘（おか）地区があるから。

　……って、駄目か？

　ゴンドラは？」

「緊急停（てい）止して、自動再開を待っている状況（きょう）のようです」

「病児帰宅（きたく）ラッシュは午後（ごご）六時から七時の間。

　間違（まちが）って、慌（あわ）ててやって来た親が別の子を連れていかないように」

「パニックに便乗（びんじょう）して、病児をさらう不審（ふしん）者が侵（しん）入して来ることも考（かんが）えられます。

　正面（しょうめん）玄関を封鎖（ふうさ）。

　防犯（ぼうはん）用二重玄関のみ出入り可能にしましょう」

「俺、案内（あんない）板を設置します！」

「助（たす）かる！

　翁芝、気をつけてね！」

　バシッと、シルヴァさんに応援（エール）っぽい背中（せなか）への平手（ひらて）一発（いっぱつ）をもらう。

「今（いま）から、タクシーの待機（たいき）列が出来るかもしれない。

　ここは住（じゅう）宅街でもあるから、タクシーは駅前のタクシー乗り場へ誘導……うわっ！？」

「何、今の？」

　いろいろな生活魔術や社会魔術を使っていても。

　体験したことの無い、不思議（ふしぎ）な墨（すみ）色のヴェールのような衝撃（しょうげき）波（は）に、鳥肌（とりはだ）が立（た）った。

　その途端（とたん）、その場にうずくまってしまう。

「酔（よ）い止（ど）め飴（あめ）、舐（な）めればすぐ良（よ）くなるから。

　大丈夫（だいじょうぶ）、大丈夫。

　墨波（すみなみ）はビックリするだけだから」

　そうは言いつつ、市場さんに、目元（もと）を手で覆（おお）われた。

　微（かす）かな荒（あ）れた手の隙間（すきま）から、海（うみ）坊主（ぼうず）みたいな怪物（かいぶつ）を見てしまった。