迷の世界短編集

A あじさい病児保育園…市場 秋葉、一歳～三歳

01 組石市青葉区木目一丁目（市場 夕貴視点）

　九月（くがつ）。

　自分（じぶん）が子（こ）どもの頃（ころ）は、こんなに肌寒（はだざむ）かっただろうか。

　夏（なつ）の酷暑（こくしょ）が過（す）ぎても、猛（もう）暑が続（つづ）いていただろうに。

　ここ二（に）、三年（さんねん）は残（ざん）暑も全（まった）く無（な）く、秋風（あきかぜ）がビュービュー吹（ふ）いて。

　肌寒い朝（あさ）と晩（ばん）には厚着（あつぎ）をして、部屋（へや）の中（なか）の暖房（だんぼう）を使（つか）わなければならない。

　午前（ごぜん）十時（じゅうじ）くらいになると、厚着から薄（うす）着へ。そして、また夕方（ゆうがた）五（ご）時には、急（いそ）いで厚着に戻（もど）る。この寒暖（かんだん）差（さ）は、本当（ほんとう）によろしくない。

　大人（おとな）はまだ我慢（がまん）が出来（でき）る。

　ただし、大人（おとな）が体調（たいちょう）を崩（くず）す前（まえ）に、子どもがバタバタと倒（たお）れていく。

　季節（きせつ）の移（うつ）ろいで、どうしても発熱（はつねつ）してしまいがち。

　だけれど、子どもは熱を出（だ）せない理由（りゆう）がある。

　熱を出した子どもは、魔術（まじゅつ）を制御（せいぎょ）出来（でき）なくなるからだ。

　子どもを育（そだ）てている家庭（かてい）には、ホームセキュリティ装置（そうち）が感知（かんち）した未成年（みせいねん）の「魔術暴走（ぼうそう）」を抑制（よくせい）する、「コントロールシート」がある。

　必（かなら）ず、額（ひたい）に貼（は）る。

　それでも、毎月（まいつき）必ず魔術暴走事故（じこ）は日本（にほん）のどこかで発生（はっせい）しているし。最悪（さいあく）、自分（じぶん）の家（いえ）とその周囲（しゅうい）を巻（ま）きこんだ魔術爆（ばく）発を起（お）こす場合（ばあい）もある。

　日本魔術社会（しゃかい）では。「日中（にっちゅう）、未成年者（しゃ）が保護（ほご）者の同伴（どうはん）や見守（みまも）りなく生活（かつ）することはよろしくない」という魔術社会育英法（いくえいほう）や、さらに厳格（げんかく）な魔術教育法がある。

　心（こころ）と体（からだ）と魔術が全（すべ）て未熟（じゅく）な子どもが保育園（えん）・幼稚（ようち）園・学校（がっこう）にも行（い）かずに、家に居（い）る。

　さらに、親（おや）の見守りが無い。

　ましてや、体調（たいちょう）不良（ふりょう）では単純（たんじゅん）魔術ですら、暴走しやすい。

　それを防（ふせ）ぐためのホームセキュリティ装置は各家（かくいえ）ごとに設置義務（ぎむ）がある。

　それでも、病気（びょうき）の子どもたちは苦（くる）しさと痛（いた）みを抱（かか）えて、自分の魔術暴走と向（む）き合（あ）わなければならない。

　もちろん。

　具体的（ぐたいてき）な対処（たいしょ）法はある。

　コントロールシートにも限界（げんかい）があり、早（はや）めに、「かかりつけ医（い）にまず相談（そうだん）」が鉄則（てっそく）。

　組石（くみいし）市（し）青葉（あおば）区（く）木目（もくめ）一丁目（いっちょうめ）一号（いちごう）一番地（ばんち）、「迷（めい）公（こう）社木目事業所（ぎょうしょ）関連（かんれん）施設（しせつ）」の一（ひと）つ。あじさい病児（じ）保育園。

　一丁目には一号しかない。一丁目全てが迷公社木目事業所の敷（しき）地。その敷地の中央（ちゅうおう）には、「木目の王国（おうこく）」のための庭（にわ）がある。

　遊（ゆう）具、砂場（すなば）、原（はら）っぱ、菜（さい）園、物置（ものおき）などがある、だだっ広（ぴろ）い庭。それらを囲（かこ）むように迷公社木目事業所の関連施設が砦（とりで）のように建（た）てられている。

　乳（にゅう）児から未就学（しゅうがく）児、そして小（しょう）学一年生から小学六（ろく）年生までの病気の子を一時預（あず）かる、「あじさい病児保育園」。

　薄紫（うすむらさき）色（いろ）の五階建（かいだ）て。

　正面（しょうめん）玄（げん）関の左（ひだり）脇（わき）の生（い）け垣（がき）には、アジサイが植（う）えられている。

　もう、秋（あき）なので、だんだんと枯（か）れて来（き）て、アジサイの花（はな）がベージュ色のぼんぼりになりつつある。

　組石市内（ない）で、子ども専門（せんもん）病院（いん）として高（こう）評価（ひょうか）のある、「テント小児科（しょうにか）病院」。

　一丁目の中（なか）で、一番大（おお）きな施設。

　カナリアイエローなド派手（はで）な九（きゅう）階建ての建物。

　正面玄関前は、「地下鉄（ちかてつ）木目駅（えき）二（に）番出口（でぐち）」がある。

　大きな通（とお）り「積木（つみき）通（どお）り」に面していて、その通りの向こう側（がわ）には、地下鉄の駅と、「ランタンウェイ木目駅」、バスターミナル、飲食街（いんしょくがい）、スーパーマーケット、駅前進（しん）学塾（じゅく）などが入（はい）った複合（ふくごう）施設「tsunde（ツンデ）」と駅前広（ひろ）場がある。

　組石市内の保護者が院長（ちょう）を頼（たよ）って、公共（きょう）交通（こうつう）機（き）関を利用（りよう）して受診（じゅしん）するし。

　病院の横（よこ）にある四百（よんひゃく）台（だい）駐車（ちゅうしゃ）可能（かのう）な立体（りったい）駐車場（じょう）に停（と）まっている車（くるま）は、ナンバーが組石ナンバー以外（いがい）も多（おお）い。市外（がい）から来（き）ているご家族（かぞく）も多い。

（残念（ざんねん）ながら。病児保育園は組石市家庭（かてい）相談（そうだん）局（きょく）と連携（れんけい）しているので、組石市外のお子さんを預かることは原（げん）則不（ふ）可。

　だから、朝の通勤（つうきん）の度（たび）に、立体駐車場前が市外ナンバーで渋滞（じゅうたい）しているのを見て、この病院の評判（ばん）がすごいと気づかされる。）

　真（ま）っ黄（き）色のド派手な小児科病院のだだっ広い立体駐車場の横には、袋（ふくろ）小路（こうじ）になった中通（なかどお）りがある。

　その袋小路を囲むように、落（お）ち着（つ）いた黄緑（みどり）色や緑色の一軒家（いっけんや）が十（じゅっ）軒。

　三角（さんかく）屋根（やね）だけ、暗（くら）めの色に統一（とういつ）されている。

　そこは、家庭環境支援（しえん）施設、「月森（つきもり）の家（いえ）」という名前（なまえ）で運営（うんえい）されている。でも、実際（じっさい）は魔術事件（けん）・事故被害（ひがい）者とその家族（ぞく）が短期（たんき）で無償（むしょう）宿泊（しゅくはく）出来るシェルター。

　食事（しょくじ）支援のボランティアやソーシャルワーカーなどが傷（きず）ついた家族のケアをしてくれる。

　こちらは、組石市と近郊（きんこう）市町村（ちょうそん）との連携協定（きょうてい）がしっかり結（むす）ばれているので、「○○（マルマル）市長から頼まれて、受（う）け入（い）れしてくれー」と組石市長を経由（けいゆ）して、利用依頼（いらい）が来（く）るそうだ。

　可愛（かわい）らしい三角屋根のお隣（となり）は、木目一丁目の中で二番目に大きな建物。

　幼児から小学六年生までのための、夜間（やかん）・宿泊型（がた）学童（がくどう）保育施設「木目の王国」。

　外壁（へき）は全然（ぜんぜん）、木目調（ちょう）ではなく、カプチーノ色の塗装（とそう）。

　まあ、中が木材（もくざい）剥（む）き出（だ）しなのかな……。

　あじさい病児保育園は朝八（はち）時から始（はじ）まって、夜（よる）九（く）時で完全（かんぜん）閉鎖（へいさ）になる。深夜（しんや）間（かん）の延長（えんちょう）保育はしていない。

　でも、こちらの施設は、子どもたちが真夜中（まよなか）、家で一人（ひとり）で過（す）ごしてさびしくならないように、職員（しょくいん）が見守っている。

　夏（なつ）には。自分（じぶん）が園から退（たい）勤するとき、お庭で非（ひ）火薬（かやく）花火（はなび）を手（て）に持（も）って駆（か）け回（まわ）っている子どもの姿（すがた）を見た。

　近隣（きんりん）には、小児科病院の病棟（とう）もあって、火薬の臭（にお）いがついた夜風（よかぜ）が飛散（ひさん）しないように、配慮（はいりょ）しているようだった。

　仕事（しごと）柄（がら）、元（げん）気のない子ばかりをみているので、元気に騒（さわ）ぐ子どもが眩（まぶ）しかったな。

　未就学児・小学生向けの魔術学習（しゅう）塾「迷声（めいせい）」。

　全国（こく）大手（おおて）の進学塾「献（けん）進会（かい）」、「明快（めいかい）塾」、「Opal（オパール） School（スクール）」のCM（シーエム）はよく見る。

　自分にも一歳（いっさい）になる子どもがいるけれど、塾は中（ちゅう）学生くらいからでも良（い）いかなーと思（おも）っている。

　小学生の間（あいだ）は、きっと体を動（うご）かす習（なら）い事（ごと）のほうが良（い）いんじゃないか。そんな話（はなし）をおじいちゃん、おばあちゃんともしている。

　それよりも、心配（しんぱい）なのは魔術暴走。つまり、「世（せ）界と魔術の不正（せい）咬合（こうごう）」。

　世界と自分のおかしな魔術が咬（か）み合（あ）わないときに起こるのが魔術暴走。

　魔術制御が出来ない子どものための、「雨後（あめのち）魔術感覚（かんかく）統合教室（きょうしつ）」。

　もしかしたら、自分の子も、通所することになるかもしれない。

　こればっかりは、親が努力（どりょく）しても、どうにもならない。

　専門家に相談しないと、下手（へた）すると自分のご近所（きんじょ）も巻きこんだ事故が起きかねない。

　迷公社本（ほん）社から組石市青葉区の木目地区を任（まか）された、「迷公社木目事業所」。

　小学校教諭（ゆ）からあじさい病児保育園へ出向（しゅっこう）した際に、こちらにお邪（じゃ）魔したのは覚（おぼ）えている。

　そして、我（わ）が子が生（う）まれる前後（ぜんご）でも、産休（さんきゅう）・育（いく）休をきちんともらった。

　また、職場に復帰（ふっき）したい旨（むね）を伝（つた）えると、家から近（ちか）いはらっぱ保育園をすぐ見つけてくれて、仮入（かりにゅう）園手続きまで代行（だいこう）してくれた。

　今（いま）は、あじさい病児保育園も、週に一回（いっかい）フルタイムで働（はたら）いて。

　週二回フルの三分（ぶん）の二。

　週一回フルの二分の一にしてもらっている。

　あとは、このライムグリーン色の自動販売（はんばい）機。

　普（ふ）通の缶（かん）コーヒーやペットボトルのジュース、ミネラルウォーターの自販機とは違（ちが）う。

　各施設はみちろん、組石市内の各所には、迷公社の関連事業「精製（せいせい）魔水（ますい）自動販売機」が設（せっ）置されている。

　ポツ。ポツ。

　朝の通勤時間には降（ふ）らないと言っていたのに。

　いつも通り緑色の魔水を含（ふく）んだ雨が降り始める。

　駅前広場の第一（だいいち）駐輪（りん）場はいっぱいだったので。

　仕方（しかた）無く、木目二丁目の第二駐輪場を利用する。

　前は病児保育園前の職員専用駐輪場に停（と）めていたけれど、感染症（かんせんしょう）の子を預けたいと無理（むり）難題（なんだい）を押（お）しつけて来た母（はは）親にキレられて。

　自分を含（ふく）めて、職員の自転（てん）車ほぼ全てを積木通り投（な）げ捨（す）てられて、交通事故が発生した。

　運転手（うんてんしゅ）と手（しゅ）動ブレーキや自動ブレーキは間（ま）に合ったけれど。

　信号（しんごう）機は壊（こわ）れるは、横断（おうだん）歩道（ほどう）歩行（こう）者を避（さ）けた車が駅前広場に突（つ）っこむは、大惨（だいさん）事だった。

　警察（けいさつ）からは「利用者トラブルを誘（ゆう）発する園前の職員用駐輪場利用の自粛（しゅく）」を要請（ようせい）された。

　捕（つか）まった親が子どもと一緒（いっしょ）に暮（くら）せなくなって、仕返（しかえ）しに来るかもしれない。

　そうなったら、怖（こわ）い。

　ちょっとしたことだけれど、面倒（めんどう）臭（くさ）い。

　園長からもお願（ねが）いされているので。遠回（とおまわ）りになるけれど、仕方（しかた）無（な）い。

「テント小児科病院で感染症では無いと診断（だん）された病児のみ一時預かり」。

　親は職場へ、未就学児は保育園・幼稚園へ。

　幼稚園はプレ組・年少組・年中組・年長組の四年制が増（ふ）えているし、延長保育も充実（じゅうじつ）している。

　保育園は赤（あか）ちゃんから小学校へ入学するまで、預けることが出来る。

　そして、幼稚園・保育園が合体（がったい）した、子ども園もある。

　ただし、ここで問（もん）題がある。

　体調不良やケガをしている子は、通（かよ）っている園を休（やす）まなければならない。

「欠席（けっせき）連絡（れんらく）」をしても、親は職場へ行かなければならない。

　でも。

　それは無理。

　病気かもしれない子どもを抱えて、通勤は出来ない。

　小児科クリニックは予約（よやく）制も増えて、平日（へいじつ）でも一、二時間待（ま）ちは当（あ）たり前。

　病院の外来（がいらい）診療室（りょうしつ）は、一般（いっぱん）外来診療室十室の他（ほか）に、院長一号室から八号室まで。

　ただし、この院長専用の診療室八室は、毎（まい）週木曜日（もくようび）、施錠（せじょう）されている。

　木曜日は手術の日（ひ）。

　自分の子どもは三か月前の木曜日に発熱。朝八時半（はん）に駆けこんだら、「受診受付（うけつけ）一時間待ち、受診五時間待ち」と言（い）われてしまった。

　朝八時から夕方五時まで、小児外（げ）科手術室の第一室から第三室まで、それぞれ執刀（しっとう）医を配（はい）置して、テキパキこなす。

　外来診療は日本の医師法上（じょう）、本体と分身（ぶんしん）体を含めて九人までの同時（どうじ）別（べっ）室診療を認（みと）めている。

　でも、外科手術は同時に本体と分身体を合わせて、三人まで同時別室執刀が認められる。

　息子（むすこ）さんと娘（むすめ）さんも分身魔術と、医学に秀（ひい）でた研修（けんしゅう）医。

「テント小児科病院長は分身魔術がお得意（とくい）ですものね。

　並列化（へいれつか）もされているから、連絡・伝達（でんたつ）の行（い）き違（ちが）いも無いし」

　でも、福門（ふくかど）　金太郎（きんたろう）院長の診断結果（けっか）を握（にぎ）りしめた親たちが駆けこむ「病児保育園」は、もっとも近場（ちかば）で、テント小児科病院の真（ま）横に一軒だけ。

　毎日六十名近くの子が外来診療やリハビリ後（ご）に、ここに預けられる。

　給（きゅう）食は、病児向けの給食と、二十八品目（ひんもく）アレルギー対応（たいおう）食。

　ただし、まだ食べたことが無いなどの「離（り）乳食期（き）」の子は、おかゆのみ。

　また、哺（ほ）乳瓶（びん）でミルクの子もいる。

　保護者は診断待ちで祈るような気持ちを抱えていて。こちらに来ると、汗（あせ）で少（すこ）し崩（くず）れたお化粧（けしょう）を直（なお）す暇（ひま）もなく、病児預かり受付を済（す）ませる。

　もちろん、感染症の場合、預かることは出来ないから。

　受付で再（さい）確認をして、病児をしっかり預かる。

　病院特有（とくゆう）の消毒液（しょうどくえき）や薬（くすり）の臭い。

　聴診器（ちょうしんき）やウィルス検査（けんさ）の鼻（はな）綿棒（めんぼう）、採血（さいけつ）、点滴（てんてき）の怖（こわ）い体験（たいけん）。

　絶叫（ぜっきょう）パニックを起こしている子も、親が玄関口から消（き）えてしまうと。

　泣（な）くのは無駄（むだ）だと、だんだんと理解（りかい）する。

　そして、泣き疲（つか）れて、大人（おとな）しくなる。

　親に預けられる子もいれば、おじいちゃんおばあちゃんが預ける場合もある。

　そして、親（しん）族では無い場合も増えて来た。

　出張（しゅっちょう）などの保護者不在（ざい）の「宿泊型学童保育」から、預かる場合。

　他にも、病児後見人（こうけんにん）サービス利用もある。

　福祉（ふくし）タクシー、法律（りつ）事務（む）所や元（もと）教諭の付（つ）き添（そ）い。

　ホームヘルパー二名（めい）以上の付き添い。ホームヘルパーの場合は、リモートでやり取（と）りをする。

「魔水と身近（みじか）な子どもたちが魔術を正（ただ）しく使うことが出来るように見守る社会」。

　木目駅前広場に掲（かか）げられた、迷公社広告（こく）看板（かんばん）。

　組石市は子育てしやすさで人（にん）気が急増（きゅうぞう）。

　もともとオフィス街だったので、地価は組石中央駅付近（ふきん）が相変（あいかわ）わらず高（たか）いけれど。子育て支援施設が充実（じゅうじつ）していないオフィス街に、マンションが入る複合施設を建てたものだから、木目駅まで越境（えっきょう）利用に来ている。

　小児科病院や病児保育園、夜間学童保育は、「木目一丁目」の評価がずば抜けて高い。

　そして、迷公社は組石中央駅に事業展開（てんかい）するつもりは無いそうだ。

　かわいそうな子どもが増えなければ良い。

　自分の子どもは恵（めぐ）まれた環境（かんきょう）にあるけれど。

　魔術社会は、脆（もろ）くて、弱（よわ）いまま膨（ふく）れ上（あ）がっているのだから。