第4話

俺は眠れないまま天井を見つめていた。


すると、また数時間経った頃、誰かがやって来た。干からびたアジア系の老女で俺のベッドの脇にある、キャビネットの扉を開けて何かを補充していた。どこかで見たような気もするが心辺りがない。貧乏臭い格好をしていて、腰は曲がり、髪は染めておらず白髪と黒い髪が混じっていた。年齢は八十を超えていそうだった。ここまでどうやって来たかわからないが、足を引きずりながら、やっと歩いているような感じだった。


「江田さんのお母さん、こんにちは」


また美人の看護師が入って来た。お年寄りと並んで立っていると恥ずかしくなるほどのセクシーな女だった。はっきりわかるほどに関西風の訛りがあった。


「忙しいのにお電話してすみません」

明らかに、その看護師は老女に気を遣っていた。

「いいえ。この人には他に家族がおらんし」

老女は面倒くさそうに言った。

「おうち遠いんでしたっけ?」

「〇〇です」

聞いたことのない地名だ。

「えー。〇〇!ここまでどうやって」

「バスと電車で…」

「ご苦労さまでした」

 看護師は最近の俺の容態の話をしていた。俺が時々うめき声を上げるが、意識があるわけではないと言うことだった。俺は意識がある。なぜ気が付かないんだろう。

「もう、帰ります。夕方もう一個パートがあるんで」

女はどうでも良さそうに話を遮った。その年でパートを掛け持ちしているなんてすごいだろうと言わんばかりだった。きっと体が痛いのを我慢して働いているに違いない。

「そうですか。お母さんが倒れたら息子さんも困りますから、無理せんといてください」

「早く倒れて私も楽になりたいですよ」

 老女は人生を諦めたように呟いた。

「胃ろうになったら三年くらい生きないって聞いたのに、もう五年ですよ!何でまだ生きてるんですか」

「若いからまだ体力があるんですよ」

「無駄に元気でもただ負担になるだけで…」

「まあ、そうおっしゃらないで」

「もう来ませんから」

「え?」

「もう今日で卒業します」

 女はフンと鼻で笑った。病室が静まり帰った。こんなにめでたくない卒業宣言があるのか。俺は打ちのめされて頭が真っ白になった。


 どうやら俺の家族はその貧乏臭い女一人っきりで、早くタヒねばいいと思われているようだ…。俺はショックを受けた。俺は結婚してないのか。子どももいないのか。普通入院したら、家族が見舞いに来てくれて、「パパ、早く良くなって」と、子どもが足元に纏わりついて泣いたりするもんだ。


生きててごめん。

俺は世界中の人に謝りたくなった。

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