第3話 共同生活

 美晴さんは今パーカー1枚しか着ていない。

 スレンダー体型だから緩めのパーカーから何かが透けることはないし、足元も座卓に遮られていて見えない。

 それでも変に意識してしまうせいで話し合いどころではなかった僕は、黙って美晴さんにブランケットを差し出した。

 彼女は真っ赤になりながら「ありがとう」と小さく言ってそれを受け取り、正座している脚にかけた。

 

「それで、泊めてっていう話だったよね」


 僕がきくと、美晴さんは黙ってコクリと頷いた。

 ただ遊びに来て、泊めてほしいというわけではないことはなんとなく分かった。

 僕の知っている美晴さんはいつも余裕があって、からかい上手なお姉さんといった感じで、叔父さんの話を聞く限りその性格は変わっていないはずだった。

 でも今の美晴さんにはまるで余裕がない。迷子の子どもみたいだ。


「......一応、理由をきいてもいい?」


 美晴さんは俯いていて、顔が見えない。でも、明らかに話したくなさそうだ。


「別に、無理に全部話せとは言わない。でも、話せるところまでは話してほしい」


 美晴さんが家に泊まってくれるのは、素直に嬉しい。


まぁ、心臓と理性がもたないかも知れないけど......


 とはいえ、事情も知らない状態で泊めておくのも問題だ。

 もし美晴を家に泊めていたことが周りにバレて、事情も説明できないようなら不純だと言われかねない。

 いや、そもそもお互いに社会人だし、従姉妹なわけであって本来問題はないのだが、現に僕は美晴さんを意識してしまっているし、誰かに見られて変な噂が立つかもしれない。

 美晴さんに迷惑がかかるような事態は避けたい。 


 僕は黙って美晴さんを見つめる。

 9年ぶりに見る美晴さんはやはり可愛くて、それでいてあのころとは違う大人の綺麗さみたいなものもあって、やはり意識してしまう。

 

 数分の沈黙の後、美晴さんがおもむろに口を開いた。


「......詳しいことは話せない。でも、奏汰じゃなきゃ駄目なの。お願い。どうしても奏汰が無理っていうなら....」


「別に僕はいいよ。むしろ嬉しい。でも僕との共同生活なんて、変な噂が立ったら美晴に迷惑がかからない?」


 僕がそう言うと、美晴は驚いたようにこちらを見た。


「なに?」


「いや、変わんないなぁて思って」


「変わんない?」


「奏汰は昔からすごく優しかったじゃん。今も泊めてって無茶なお願いしてるのに、私のことを心配してくれるし。......なんかモテそう...」


 そう言って美晴さんはちょっと膨れた。

 最後の方は声が小さくて聞き取れなかった。


「なんで不機嫌そうなの?」


「別に。とりあえず、私は噂なんて気にしないから!それに、誰が噂するっていうの?」


 ひとり心当たりがいないわけではないが、気にしないというのならいいだろう。


「別に、気にしないならいいよ」


「そうなの?じゃあ。よろしくね奏汰」


 こうして、僕と美晴さんの共同生活が始まった。

 理由とか、何日くらい居るのかとか、わからないことだらけだけど、結局僕も彼女と一緒に暮らしたかったのだ。


「ねぇ、奏汰」


 言いながら美晴さんは僕のベッドに寝転がる。


「なにしてるの?」


「私の布団ないし、一緒に寝よ?」


 あと、彼女のからかいは健在だった。

 

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