第八話
ダフネは緊張の息を吐き出しながら、テント群の脇に停車されていた馬車に乗る。御者も休暇を取っているらしく、ダフネ自身で扉を開いた。
まだ昼時のせいか、外の光をたっぷりと吸い込んだ深紅の四人掛け。ダフネから見て左側に、彼―――メディチ・ユーリ侯爵が腰かけていた。時々苛立ったように、杖の先で床を小突いている。
「お呼び立てしてしまい、すみません」
「構わない。ただ私も忙しい、手短にお願いするよ」
ダフネはユーリの向かいの席に座って、いつもの格好の彼を眺めた。高級なスーツにシルクハット、そして杖―――胸元には紫色の石が嵌めこまれた、古びたネックレスをつけている。車内に差し込む日光が、紫色の石に吸い込まれて独特の色味を演出していた。窓の外から整備施設が見えていて、団員らが雑踏を生み出している。
「早速本題に入りますが、よろしいですか?」
「構わない」
ユーリは視線を上げた―――黒い瞳が、日光の角度によってその裏を透けさせるように赤く、不気味に目に入る。
再度、緊張の息を吐き出して、ダフネは言葉を連ねた。
「”アレ”は何ですか?」
沈黙の音が車内の隅を突いた。ユーリは口元を引き結び、瞼を下ろす。そしてすぐにその不気味な瞳を覗かせて、ダフネを探るように顔を綻ばせた。
「質問の意図が掴めない」
「お分かりでしょう?彼のことです」
ダフネは腕を組みながら窓の外を指差す。その指先を辿るように、彼の不気味な瞳が緩やかに滑った。件の人物を視界に入れたのか、ユーリはにやりと露骨に笑みを浮かべて、肩を揺らす。
「ああ、面白いな―――アレの正体が気になるのか。それを聞いて、お前はどうしたいんだ?」
「別に…ただ、心配で」
「心配だと?お前は”アレ”を心配するほど強いのか?―――一つ、忠告しよう。クソガキ」
言葉を濁したダフネに、少年であるユーリが罵る。そして車内で立ち上がり、ダフネの座っている席へと足を乗せた。小さな体躯から発される、似合わない威圧感に、息を呑む。
「”アレ”とは深く関わるな、返り討ちにあうぞ。…魔法学校で不遇の退学を遂げたお前を拾ってやったのは私だ。それは私がお前を使えると、その目が使えると判断したからだ。現代の人間ではほとんど習得が不可能な、魔力を見ることができる目。でなければ、仮にも王族の―――第二王子のお手付きを匿うわけがなかろう」
「…アポロとはそういう関係じゃない。魔法学校で同級生だったというだけだ」
「だがお前は幻影を求めている―――どこか似た容姿を持つジラソーレに入れ込むくらいには、求めている。傍から見るとひどく滑稽だ、全く関係ない彼に第二王子の面影を求めるなんて」
ユーリは鼻で笑い、ずりずりと席から足を下ろした。そして再び腰を掛けると、妙に大人びた面持ちでダフネを見やる。
一体、彼は何歳なのだろうか―――ダフネがユーリに拾われてから、一切容姿は変わっていない。いつまでも齢十五にも満たない少年の姿だ。突き止めたいと考えるが、なぜかいつもその先は思考がぼやけてしまう―――何を考えていただろうか。
「ジラソーレを監視するように命令したのはアンタだろ―――俺の目なら、どこにいても彼を一発で視認することができるから」
「お前の目は非常に便利で、だからこそ”アレ”が不可解なのだろうけれど、今はそう見えないかもしれないが”アレ”も相当の使い手だ―――ジラソーレに変わりは?」
「ないです―――今日も魔力に揺らぎなどなく、いつも通りでした。いつも通り―――魔力許容量百パーセントです。そもそもの魔力の器が大きいのに、なおかつ常に溢れんばかりに供給されて続けている。国家を覆す、化け物級の魔法士ですよ、ジラソーレは」
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