第五話

「…そうなのか?」

 頷く代わりに、胴を抱きしめていた力を強めた。

「それはすまなかった。いつもテントにいるものだから、今日もそうなのかと」


「僕がジラソーレさんに行こうって強請ったんだよ」


 背後から甘い声が飛ぶ。そしてダフネからジラソーレを引きはがすように肩を掴まれて、数歩、後退した。

 あう、あうと息が漏れる。すぐに肩を掴んでいた手が胴に回り、抱き留められた。ほんのりと香る蜂蜜と耳を擽るような甘い声。

 顔を横に向けて視線を流すと、美しい鼻尖と高い窓から差し込む日光に細かく照らされた金髪が目に入る。

「いきなりいなくなるからびっくりしちゃった」

 ジラソーレは蜂蜜色の視線を揺らして、すぐに唇を尖らせた。その感情を推し量ったように彼―――スリジエは苦笑を零す。

「ごめんなさい、放置しちゃって。魔法科学の技術を間近で見る機会、なかなか無いから興奮しちゃって」

「魔法科学が好きなのか?」

 眼前にいたダフネが後ろを向いて状況を把握すると、優しく二人に笑いかけた。隣にいたサクラも腕を組みながら、この騒動を眺めている。

「うん、大好き!僕、もっと古い魔法を扱う家に生まれたから新鮮で楽しいんだ。初めてこの魔法石の技術を見た時は、本当に驚いちゃったくらい!」

「古い魔法…古代魔法か。むしろ俺からすると、そっちの方に興味あるが?」

「えー、普通の魔法だよ。きっとあなたもでしょう。古臭くて嫌になっちゃう―――僕はスリジエ、あなたのお名前を教えて?」

 ゆるりと背後から握手を求めるように、スリジエの腕が伸びた。ダフネは視線をその美しくきめ細かい肌を纏った手に向け、そして妖しく目を細めて、にこりと口元に笑みを浮かべる。

「俺はダフネ―――よろしくな」

 握手する二人に、ジラソーレの機嫌が地に落ちた。

 ジラソーレには向けたことのない、特別な笑顔。目元も柔らかく弧を描いている。声もいつもより低く這っているような気がした。

「お前たち、邪魔だぞ。今から点検するんだから場所を譲れ」

 威厳のある声が、またしても後ろから飛んでくる。

 その場にいた皆が多種多様の視線を投げかける。ガラス製の筒を両手で抱えたメディチ侯爵と柔和な笑みを浮かべるソッフィオーネがいた。

「あら、ユーリさん、ごめんなさい。邪魔なら私は部屋に戻るわ」

 サクラは驚いて、赤を纏った唇が鮮明に言葉を刻む。そして周囲に返事を促すよう視線を送った。


「僕、点検見たい!興味ある!」とスリジエ。あわせてジラソーレも頷く。

「俺は部屋に戻る。ジラソーレはまた後でな」とダフネ。

「魔法科学、見たいネ!」といつの間にか現れたアルレノ。どうやら話に入るために様子を遠くから伺っていたらしい。


 ダフネとサクラは肩を並べながら立ち去る―――もやり、胸が痛い。

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