第三話

 随分とすっきりとしたテントの中に入ると、ジラソーレはベッドに腰かける。スリジエも同じく隣に腰かけた。シーツを撫でながら、昨晩の彼の言葉を思い出す。


『君にかけられている魔法はひどく古くて強力な魔法だよ。昨今の魔法士弱体化に伴った技術力の低下の中じゃ、それを不治の病だと思ってしまうのも無理はない―――僕だって、その刻印を見ていなかったら気付かなかったし』


 スリジエは薄暗いテント内で、肌に橙色を灯しながら朗らかに笑った。ジラソーレが眉根を寄せながら怪訝そうに首を傾げると、彼は顎に指を添えながら言葉を連ねる。

「その刻印はあの大魔法士”アルクス”が開発した魔法につけられるものだよ。君の周囲にそういうのに詳しい人はいなかった?」

 否定。

「ふぅん、なるほどね。こんな高度な技術を使える人間、僕も会ってみたいなぁ」

 再度、首を傾げる。

「―――この魔法はね、かけた人間の魔力を少しずつ奪っていくものなんだ。だから”呪い”をかけた人間は、今もずっと魔力を奪われ続けている。そもそも僕みたいに魔力の少ない人間…いや、多分、相当ベテランの老魔法士くらいじゃないと実現さえ不可能な魔法なんだ」

 僅かに息が漏れた。ジラソーレは目を見開きながら、蜂蜜色の視線でゆらゆらりと空中に絵を描く。

 この症状を発症したのは齢十歳のことだった。情報と人間との関わりを遮断された屋敷の中、魔力を持った人間は弟であるジャッジョーロとジラソーレもといイリスだけ。

 可能なのは―――弟だけだ。だけれども、あまりにもスリジエの言う人物像と異なり、そっと走り出した思考を否定するように首を横に振る。頭がどうにかなってしまいそうだ。双子だったのだから、弟も同じく十歳のはずだ。

「誰か心当たりあるの?」

 ジラソーレの様子に、スリジエは疑問を重ねる。ジラソーレは顔を顰めながら、協力してくれると言われた手前、情報は開示しなければならないだろうと口を開いた。

『お と う と』

「おと、と?―――ああ、弟か」

 合点したように呟くスリジエをよそに、頭を抱えるように額を手で支える。ふわりと彷徨わせるように視線を隣に向けると、彼はジラソーレに真っ直ぐエメラルドの瞳を向けていた。

「その弟さんとは生き別れに?」

 こくりと頷く。

「ふうん。まあ、生きてはいるんだろうね。未だにジラソーレさんが喋ることができないということは―――ほら魔法の原則として、強力な対価を支払わない限り、亡くなった後は魔法を維持することはできない、ってあるでしょう?」

 聞いたことがなく曖昧に頷くと、スリジエは苦笑いを零しながら「知らないかぁ」と言った。

「だから少なくとも生きているはず。ユーリさんから聞いたんだけど、ジラソーレさんは弟さんを探してるんだよね?」

 首肯する。

「僕も弟さんに会ってみたいし、その”呪い”の研究もできるし協力するよ。退屈な旅の目的が出来たね」


 がたんっ、


 突如訪れる衝撃、昨晩に飛ばしていた思考が戻ってくる。緊張の息を吐きながらシーツを力強く握りしめると、隣に座っていたスリジエがそれを覆うように手のひらを乗せた。

「大丈夫だよ」

 彼の安心させるような声がジラソーレの身体を巡って、そっと柔らかい息を吐く。そして唐突に揺蕩う浮遊感に唇を引き結び、力強く目を瞑り、縋るようにスリジエの肩に額を乗せた。

「大丈夫」

 耳を擽る甘い声はどこかに行ってしまいそうなくらい儚くて、くらくらしてしまいそうで―――美しかった。

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