第二話

 オーライ、オーライ―――魔法で空高く浮き上がるテント群を眺めながら、ジラソーレは腕をさすった。底が抜けたような寒さが這う秋の昼空、次の目的地に向かうための移動準備にサーカス団は勤しんでいる。貴重品や失くしたくないものの馬車の積み込みは完了していて、あとは自テントに戻るのみであった。

 ジラソーレの宝箱や鏡台もすべて馬車に運び込んでいる。あとはテントに戻るだけだが、何度経験してもジラソーレは慣れなかった。

「どうしたの?戻らないの?」

 背後から抱き着くようにスリジエが、ジラソーレの肩に顎を乗せる。肌寒さに震えていた体には心地よい体温に、ほっと息を吐いた。ジラソーレは後ろに視線を流しながらも『こ わ い』と声を模る。

「ああ―――そうだよねぇ、テントって床がなくて、全部魔法石の力で浮いてるから怖いよねぇ。そんな高くは飛ばないけど」

 不安で視線が揺れる。それを元気づけるようにスリジエは笑いかけた。

「大丈夫だよ、あの魔法石はちゃんと安全装置ついてるから!落ちても僕らが怪我することはないよ!」

 とんとん、と彼はジラソーレの背中を両手で叩く。短い息を吐き出しながら、ジラソーレは改めて上空を眺めた。

 ”魔法石”―――大魔法士かつフィオレニア王国屈指の大罪人と称されるアルクスが発見・開発した、魔力の篭った石。

 遥か昔、魔力は人間のみが持ちうるものだと考えられていた。しかし―――真実は異なる。魔力は母なる海から地へ、そして空へと上昇し、雨や雪となって海に還るとアルクスは考えた。人間が魔力を持っているのは、その過程で、媒体として介されているに過ぎないのだと。地から人間へと伝播すると考えられているものだから、この国では高い建築物を滅多に拝むことができない。そのおかげで空中飛行しながら移動ができるのだけれど。

 魔法石はその考え方をもとに、地から捻出した魔力を特別な鉱石に閉じ込めたものだ。ただ魔力を篭められているだけの石に自動装置オートマチック機能を付属させるのに人類は苦労したようで、開発されたまだ五十年も経っていない。世の中の歴史学者はアルクスが大罪を犯して処刑されなければ、もっと魔法技術は進化していただろうと言ってしまうくらいに、伝説と現実は乖離していた。

「―――あとはお前たちだけだ、早くテントに戻れ」

「ねえ、ユーリさんもああ言ってるから行こうよ」

 思考を遮断するよう飛んだ声に、スリジエはジラソーレの腕を引く。

 その自動装置機能で浮上したテント―――宙に浮いた地面にはきちんと幕が張られている―――に、やはり幾許の不安を覚えながら、ジラソーレは緑色のテントへと足を進めた。

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