第十四話
いつの間にかジラソーレの隣に移動していたメディチ侯爵がそっと囁いた。
「彼は昨日会ったリンチェが経営する見世物小屋で”美人すぎる少年”として置かれていたのを、私が賭けで買い取った。ジラソーレが彼の誘いを断ってくれたおかげだ、ありがとう」
瞠目しながらメディチ侯爵を見つめると、彼はにやりとしたり顔をする。どうやらジラソーレは賭博の商品になりかけていたらしい。唇を尖らせながら、再び、スリジエに視線を戻した。
「…!」
「ふふ、やっと会えて嬉しい」
妖しく照明を吸い込んだ緑色の瞳が、這うようにジラソーレの肌を撫ぜる。スリジエはそのまま肌に吸い付くようにジラソーレを抱きしめて、そして―――唇に吸い付いた。
「っ!っ!」
その場が騒然と混沌に満ちる。ばたばたと手足を動かして、逃げようと試みるも力は強いらしくびくともしない。ジラソーレは羞恥心で頭がどうにかなってしまいそうになりながら、横目で好意を抱いている―――彼を見つめた。
愕然。
ダフネは一点を見つめて硬直していた。その視線の先を辿ると、ジラソーレにキスしている真っ最中のスリジエがいた。心臓が、ばくばくして、痛い。
「止めなさい」
「いたっ」
メディチ侯爵がスリジエの金髪頭を杖で小突く。やっと離された口からたくさんの空気を吸い込んで、肺をいっぱいに満たした。口元で溢れた唾液を拭いながらジラソーレは、そっと視線をダフネに向ける。
彼は考え込むように顎に手を当てて、視線を下げて―――そしてまた上げて、スリジエを注視した。明らかに見惚れている。ほのかに赤く染まる、ダフネの頬。
そんな愕然とした思考回路に満ちたジラソーレを咎めるように、下から杖が生えて、スリジエと同じように頭を小突かれた。何事かとおどおどと視線を彷徨わせると、メディチ侯爵が混乱を落ち着かせるように言葉を連ねる。
「落ち着け―――ジラソーレは今日からスリジエと同じテントで暮らしてもらう。次の公演の地、ビチエに移動するまでに仲良くなるように」
「っ!っ!?」
「やったー!ジラソーレさん、仲良くしようね!」
混沌がテント内に充満した。驚愕したジラソーレを捕らえるように、スリジエは力強く抱き着く。動物を可愛がるように頬をすりすりとされながら、腰を這う指先が妙にくすぐったい。
助けを求めるようにダフネに視線をやるも、彼は苦笑を浮かべて『頑張れ』と音もなく漏らした。この混乱した状況と移り変わっていく人間関係についていけず、ジラソーレは目に感情の宝石を浮かべた。
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