第十二話
その後、市場にはない店舗型の店に足を踏み入れては、値段と相談しながら心を奪われたものを購入した。からんころんと店を出ると、空にオレンジ色と薄青色の濃淡が出来上がっており、夕暮れを告げている。
店前には川が流れていて、柔らかく光を放っていた街路灯が水面に映り込んでいた。川を挟んだ向こう側の街の灯りも爛々と反射しており、非常に美しい。ジラソーレは花を綻ばせたかのように顔を明るくして、川の境界である鉄柵に飛びついた。
「おい、危ないぞ―――ったく」
背後からダフネの注意の声が飛ぶ。しかしジラソーレの表情を見るや否や、口元に弧を描いて腰に手を当てた。
どこからともなく緩やかな音楽が空気を漂うように流れてくる―――きっとどこかの家が蓄音機の針を置いたのだろう。雰囲気良く、優美に流れるきらきらとした音楽。ゆったりとしたピアノの音が心の隙間に滑り込むように奏でられる。
ジラソーレは気分が良くなって、背後に立っていたダフネの手を取った。手首に引っかかった服の入った紙袋が、ぶらんぶらんと揺れている。
「うおっ」
驚愕した彼は様子を伺うようにジラソーレを見つめる。驚愕と困惑に満ちた彼の瞳が心地よくて、ジラソーレはますます気分がよくなった。もう片方のダフネの手を取って、緩くステップを踏んだ。左足を宙に伸ばして一拍、伸ばした左足を地面につけて一拍、右足の甲を地面に軽くつけて一拍。逆の足でまた繰り返す三拍子―――どこかで見たステップを見よう見まねでやっているものだから不格好だけれど、心の奥から楽しいが溢れてくる。
ダフネは呆気にとられながらもジラソーレが危なくないように、小刻みに足を動かした。身体を動かす度に視線の端で橙色の線が走る。肌寒い季節の中、男二人が楽しそうに舞踏している姿をこの街の住民たちは微笑ましそうに見守っていた。どうやらこういう光景はこの街では日常茶飯事らしい。
ゆったりとした曲が、ついに終焉を迎える。緩くステップを踏んだだけなのに、心臓はばくばくとうるさく鼓動を奏でていた。すっかりと空のオレンジ色が消え失せて、深い青色に浸食されている。
なんだか急に恥ずかしくなって、ジラソーレは紅潮した両頬を隠すように手のひらを当てた。
「…流石、サーカス団・フィエスタ自慢の蝶の踊り子だな。ついていくのがやっとだったよ」
揶揄うようにダフネはジラソーレの汗で湿った髪に触れる。ジラソーレは目に不服の涙を溜めながら、彼の手を振り払った。すっかり振り回されてしまった紙袋の持ち手は千切れてしまいそう。
「怒らないでくれよな―――すっごく可愛かったよ」
ああ、もう。とジラソーレは憤慨する。この気軽な誉め言葉はきっと誰にでも吐かれているもので、こんな容易い言葉に気分が浮上してしまう自分に、憤慨した。
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