第十一話
穏やかな日差しが、パラソルの下で食事を嗜んでいるジラソーレとダフネのもとにも届いた。柔らかくて甘ったるいパンを、苦みの混じった甘いカプチーノで流し込む。このマノの地で、最近流行りだした朝食らしくバールは人で賑わっていた。肉体労働を主とする南部とは違い、やはり穏やかで花が咲き誇る芸術の北部では少量の食事で足りるそうだ。
甘いものの重ね付けに多少辟易しながらも、おまけだと店主に渡されたチェリーをジラソーレは口に含む。
「―――お前は相変わらずチェリーが好きだな」
ジラソーレの爛々と輝いた表情に、眼前に向かい合う形で座っていたダフネが慈愛の満ちた視線を投げた。今日の髪型はシンプルに一つ結びだ。彼の前にもきちんとカプチーノのパンが鎮座している。ジラソーレは嚥下をしながら、こくりと頷いた。
「北出身だから、こういう雰囲気は懐かしいのか?」
ジラソーレは首を横に傾げて、考える。
家族はどちらかと言えば、地元の有力者からは嫌煙されるような存在で、必要がなければ屋敷の外に出ることもなかった。年月が経つにつれて、むしろその不気味さが嫌煙される原因にもなったのではと思うようになった。ただずっと屋敷に幽閉されているわけでもなかったため、答えづらい質問だ。懐郷に浸るほどの馴染みはなかったが、知らないわけでもない。
『ふ つ う』
うんうん、と考えてひねり出した答えに、ダフネは「なんだそれ」と呆れたように笑った。
「食べ終わったら出るか」
カプチーノの入ったカップの縁を撫ぜながら、ダフネは優しく言い放つ。ジラソーレは舌先で赤いチェリーを掬うように食べて、噛み砕きながら彼の言葉に頷いた。
バールを発つと、近くの広場にある市場へと足を踏み入れる。貴婦人らは布や服、装飾品を手に取りながら、近くにいる旦那らしき人物らに強請っていた。時たま男娼らしき人物らも、同じくパトロンに高価なものを要求しているようだ。
この国は男娼が多い―――理由は言うまでもないだろう。妊娠しないからだ。貴族や名門一家のほとんどには男娼がいる。彼らは必ず妻を娶って子孫を残すため、国王も多めに見ているらしい。中には庶民を相手に商売をする男娼もいるようだが、治安の悪いこの国ではあまり褒められた行為ではない。
そんな彼女・彼らを目の片隅に置いておきながら、ジラソーレは気になる商品を手にとっては、目を輝かせながらダフネに意見を求めた。
「それはちょっと露出が過ぎるんじゃないか?」
「それは可愛いな」
「その服は少しジラソーレには大人すぎる」
ダフネに気に入られた服や装飾品を何点か購入して、不意に彼が何も買っていないことに気付く。市場を出たタイミングで、ジラソーレは不安そうに彼の服の裾を掴んだ。
一歩先に出ていたダフネが振り返り、首を傾げる。マルーン色の瞳がジラソーレの真意を探るように身体を這う。
『ふ く』
服が入った紙袋を胸に抱いて、ジラソーレの蜂蜜色の視線を後ろへと流した。彼は察したように「ああ」と声を上げる。
「大丈夫。元々俺は服買う予定なかったから―――それにお前が買ってるの見るだけで楽しいからいいんだ」
ダフネはジラソーレに微笑みかけると、大きな手のひらを伸ばして栗色の頭を撫でた。ジラソーレは頬が熱くなるのを覚える―――ひどく恥ずかしくて顔を逸らして、頬を膨らませた。
「拗ねない、拗ねない」
ダフネは面白そうに肩を震わせて―――さらにジラソーレは機嫌を損ねた。
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