第八話

 観客の歓声が響いて高まる熱狂の中、様々な演目が繰り出される。そしてサーカス団の目玉である―――猛獣使い・ダフネと動物たちによる大道芸が始まった。ジラソーレはぼんやりと舞台出入り口付近から眺める。

 ダフネがパフォーマンスかの如く、床に鞭を打ち付ける。するとライオンが緩く口を動かしながら、気だるそうに熱された火の輪を道を幾度となく通り抜けた。

 歓声が上がる。

 ダフネに駆け寄ったライオンは頭を撫でてほしそうに、彼の身体に顔を擦り付けた。ダフネは柔らかく目を細めて、獅子の頭を優しく撫でた―――その手つきはジラソーレのそれと同じだ。

 嫌な気持ち。

 いくつかの、動物たちの大道芸が終わり、舞台奥から姿を見せたアルレノが大きく声を張り上げた。その代わりにダフネが舞台奥へと引っ込む―――照明に炊かれて汗をかいた彼が、ジラソーレの目の前に姿を見せた。

「皆様、これよりが我らがサーカス団『フィエスタ』の大目玉ネ!目をかっぴらいてよく見るといいネ、大目玉だけに!―――ここは笑うところヨ!とはいっても、アルレノ、ちょっと最近出番が少なくて泣いちゃうネ!みんな美丈夫ばっかり見すぎヨ!たまにはアルレノの真っ白くて美しい顔でも見るがいいネ!」

 アルレノの台詞を聞いた観客が、大きくブーイングを起こす。彼は場を持たせる専門家だ―――ケラケラと愉快な笑い方をしながら幕間を埋めた。

 ダフネは盛り上がった舞台の方向に視線を流しながら身に纏っていた衣装を脱ぎ、ジラソーレに投げつける。二人の周りでは準団員が大きい幕をもって囲い、簡易の更衣室を作り出していた。全裸になった彼に、ジラソーレは頬を赤らめながらダフネの身体を見ないように視線を背ける―――筋骨隆々で色香の漂う男の身体は、未だに見慣れない。

 横目でダフネの表情を伺いながらジラソーレは手元に投げ捨てられた服を抱きしめる。彼は真剣そうな面持ちで瞼のカーテンを下ろして、息を吐いた。

「”我らが友に告ぐ、我らが友に告ぐ―――その姿を貸したまえ”」

 淡く白い光が弾けて、ジラソーレの浅黒い肌の上で波打つ。咄嗟に眩しくてジラソーレは瞳を閉じて―――開いた。緩い咆哮が耳の奥で弾ける。眼前には美しい―――白いトラがその猛々しい体を小さく縮こまらせて座っていた。

 ジラソーレは囲んでいた幕を軽く引っ張る。周囲でざわりと雰囲気が騒々しくなって幕が下ろされた。近くで待機していたサクラが近寄り、トラ―――ダフネを一撫でする。

「行けそうかしら?」

 がお、と彼は同意するように小さく鳴いた。彼女は満足そうに口元に弧を描くと、身を屈めたダフネの上に緩慢な動きで騎乗した。布の隙間から覗き見えた彼女の薄ピンクに視線を逸らしながら、アレルノが保温し続けた舞台へと意識を向ける。

「みんな、アレルノの話に飽きちゃったネ!それじゃあ―――皆様、お待ちかねの猛獣使い・ダフネとサクラの巡回が始まるネ!」

 ありとあらゆる絶叫が、テント内の隅を突くように響いた。

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