第七話
頑ななジラソーレの態度に、アルレノは肩をすくめて栗色の頭を縁取るように優しく撫ぜた。まだ手の中にある薔薇をぎゅっと握りしめると、不意に痛みが走る。ジラソーレは顔を顰めながら手を見ると、薔薇の茎の棘が処理されていなかったらしく手のひらに刺さっていた。
「ワァ!大変ネ!救護の先生に診てもらうといいネ!」
いつもの調子に戻ったアルレノが甲高く声を上げて、ジラソーレの手を引く。
「必要ない」
胸が、高鳴る。鼓膜を揺らした声のする方向へと視線をやると、ダフネが無表情のままアルレノとジラソーレの様子を伺っていた。そして手を取られていたジラソーレに近づき身を寄せると、そっと囁くように唱えた。
「”傷よ、癒えよ”」
途端、淡い光が放たれる―――目を細めると、いつの間にか刺さっていた棘が消滅して傷がなくなっていた。
「…相変わらず、魔法ってやつはすごいネ!憧れるネ!」
「この程度の傷なら魔法さえ使えれば誰でもできる。それよりもうそろそろ出番じゃないのか?」
「―――ワァ!ありがとネ!じゃあネ!」
気まずくなったのかアルレノは、腕を直角にしながら駆けて行った。あまり道化師らしくない走り方にジラソーレが唖然としていると「そういう笑いだから笑ってあげな」とダフネは呆れ笑いを零す。
傷が癒えた手を眺めながら、不思議な気持ちになった―――本来ならばジラソーレも使えるはずだった魔法の、活用方法。
魔法というものは”詠唱”があって、初めて成立する。詠唱がなければ魔法として機能しない―――要するにジラソーレは魔力を持っていながら”詠唱”ができないため魔法が使えないという、大変残念で稀有な人間なのだ。
『あ り が と う』
「んーん、どういたしまして―――なぁ、髪直して。ちょっと崩れた」
ジラソーレは静かに頷く。ほんの少しだけ羨ましいと思った―――もし言葉を発せたら奴隷じゃなかったかもしれない。もし言葉を発せたら奴隷じゃなくても一人で生きることができたかもしれない。もし言葉を発せたら、ダフネに会うことができなかったかもしれない。
脳裏を過る”たられば”を無視しながら、緩く崩れたダフネのライオンのような長い髪に触れた。
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